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Abbott, Jeff ジェフ・アボット

図書館の死体ブレイザー,ミアタDo Unto Others (c)1994佐藤耕士訳 早川書房 1997

『ぼくは車のところまで彼女を送っていった。彼女の車は、赤いミアタだった。
「いかした車だね」ルースは車をぽんとたたいた。
「これが私の悪徳よ。ただの道楽なのはわかっているけど、看護婦は自分を甘やかす機会があんまりないの。コーパス・クリスティにいる叔母から遺産をもらったから、ちょっと財布のひもをゆるめることにしたのよ」そしてドアを開け、滑り込むようにして乗り込んだ。優雅な身ごなしだ。突然脳裏に,検診のために入院し、ルースにスポンジタオルで全身くまなく拭いてもらう自分の姿が浮かんできた。ぼくはあわててその光景を頭から振り払った。
 ルースは意味ありげな笑みを浮かべると、エンジンをかけた。ぼくはあとで電話するよと約束して、去っていく車を見送った。それから自分のブレイザーまで歩いていきながら、なんてバカなんだろうと思った。せっかくすこぶるつきのいい女が向こうから接近してきたというのに、疲れて神経が張りつめているあまり、すっかり疑心暗鬼になって、一夜の相手をすることもできない。
 ぼくはブレイザーのシガレットライターのボタンを押し、グラブ・コンパートメントからたばこの箱を取り出した。先週禁煙を誓ったときに、そこにしまっておいたのだ。ルースにとってミアタが悪徳ならば、ぼくにとってはこれが悪徳だろう。 それにしても、ルース・ウィルズのベッドで一服していたかもしれない自分の姿を思い浮かべると、ブレイザーの車内での一服は、なんとわびしいことか。』
--COMMENT--
夏の休暇に読む本を探しに家のそばの中野区本町図書館をぶらぶらして見つけたミステリー。著者の処女作で、1995年アガサ賞、マカヴィティ賞の最優秀処女長編賞をとったそうで、読んでみると、とにかくユーモア大サービスの超面白エンターテイメントミステリーだった。もっとまめに書店・図書館を見回っておかなければ・・。
ボストンから、テキサスの片田舎に戻ってきて地元の図書館長になった"ぼく"にふりかかる殺人容疑。登場人物も個性的で新鮮で、いきいき描かれているが、なんと言っても、止まるところ知らず繰り出されてくる抱腹絶倒のユーモア表現が魅力たっぷり。
上記は、すこぶる美人の看護婦ルースからモーションをかけられるが、なんとか言い逃れるシーンで、彼女の車が日本名マツダ・ロードスター。なんかぴったしの選択ですね。(1998/08)

図書館の美女キャディラック・セヴィルThe Only Good Yankee (c)1995佐藤耕士訳 早川書房 1998

『遠くから車の音が聞こえてきて、スティールグレイのキャディラック・セヴィルが、墓地の道を走ってくるのが見えた。
「まさか−あいつとんでもない地獄耳ね」
キャディラックはぼくのブレイザーの後ろに停まった。なかからボブ・ドンが降りてきて、手に大きな花束を捧げ持ち、髪をきちんと撫で付けている。
「あの男がパパの命日を覚えていて、あなたのほうが忘れてたなんて」姉さんは呆れたようにいうと、父さんの墓にためらいがちに歩いてくるボブ・ドンに近づいていった。「こんにちは、ボブ・ドン。息子と水入らずになりたいんでしょう?」
ボブ・ドンは、姉さんの刺々しい口調にこう答えた。「すまない。アーリーン。せっかくの墓参りを邪魔するつもりはなかったんだが」
「ジョーディを図書館まで送ってくれる? あたしはママを家まで送っていかなくちゃいけないから」姉さんはそういうと、返事を待たずにすたすた歩いていった。
ボブ・ドンが墓前に花束を供えるあいだ、ぼくはじっと黙っていた。聞こえるのは、姉さんがぼくの車に乗って猛スピードで墓地の道を走り去っていく音だけだった。』
--COMMENT--
アボットの第2作で、田舎の町に地上げにやってきたヤンキーをめぐっておきる事件に巻き込まれる。前作と同じく、各ページ毎に軽妙で洒落た会話が楽しめるエンターテイメント性100%。"機知あふれすぎ"の作者がプロットもひねりすぎているような感じもしますがね。
車もたくさん出てくるが、それほどのこだわりはない。主人公のシボレー・ブレイザーは、東部から戻ってきた半ヤンキーにぴったり。いずれにせよ、ぼくの気に入り本の条件である、会話の楽しさ、住むところへの愛着、登場人物キャラクターとディテールへのこだわり、が満足されるミステリーです。(1998/08)

さよならの接吻フォード・エクスプローラA Kiss Gone Bad (C)2001吉澤康子訳 早川書房 2004

『夜空のはるか彼方で、稲妻が光る。新たに発生した嵐がメキシコ湾の西側に陣取り、たちまちポートレオ上空に暗雲が垂れ込めた。十月の風が吹き荒れ、一雨きそうな気配だ。
 ホイットは牡蛎殻しきの私道から、フォード・エクスプローラをゆっくり出した。エヴァンジェリン通りをとばして古いヴィクトリア調の家々の前をとおり、大通りに出てから北へ向かい、ダウンタウンをぬけてマリーナを目指す。
 冬をテキサスで過ごす避寒客や観光客をもてなすポートレオの店先は、いずこも真っ暗だった。ホイットはポートレオ公園の前をとおり、草地と浜辺の曲線道路を疾走した。途中、海鳥の糞にまみれた厳しい顔つきの聖レオ大教皇の像がある。嵐を鎮めると言われることから、町の名前の由来となった像だ。町の多くの芸術家の作品を展示するしゃれたギャラリーも並んでいる。ダウンタウンのマリーナに係留した大型のエビ漁船が、上下に揺れる。<海賊の洞窟>と<新たなチャンス>という低俗な名称のナイトクラブがまだ営業中で、店内の閃光が窓から漏れてくるものの、駐車場にはほとんど車がない。
 真っ赤なポルシェ911が、KC&サンシャイン・バンドの《ブギー・マン》をがんがん鳴らしながら、鉄砲玉のように走り去った。バックミラーをみると、テールランプが片方しか点灯していないそのオープンカーが、急ブレーキをかけてわき道に消えた。近いうちに交通裁判所で会おう、とホイットは思った。騒音の分も入れて罰金を二倍にしてやる。』
--COMMENT--
テキサス州ミラボーの図書館長ジョーダン・ポティート・シリーズから一転して、素人治安判事ホイット・モーズリーに転換。サイコ・サスペンス色の濃い作品だ。引用部分は、物語の冒頭で、ヨットで遺体が発見され、ホイットが現場に向かうシーン。上院議員の秘書の"白のBMW"、死亡した男の弟の"マスタングのヴィンテージ・モデル"なども登場する。(2004.6.16)

逃げる悪女もろもろCut and Run (C)2003吉澤康子訳 早川書房 2005

『すでに夜の帳がおりてきて、水銀灯の灯が<クラブ・トパーズ>の駐車場を点々と照らした。ポール・ベリーニはフランク・ポロのオフィスの窓辺に立ち、駐車場係りが車をとめる様子を見守った。息を吸って気分を落ち着かせる。好きな一人遊びは、車を見て、その持ち主がいくら金を落としてくれるかどうかを当てるというものだ。
 ポルシェの所有者は二百ドル落としていく。本人と友人の二人ずれだからだ。レクサス、BMW、ベンツの所有者は四、五人で来ることが多く、軽く千ドルに達する。
 一番ありがたいのは、タクシーやリムジンを何台か連ねてくるグループ客だ。こうしたお客は、独身さよならパーティ、スポーツ・チーム、女に飢えた若者の集団で、大盤振る舞いする覚悟で来る。駐車場の半分が埋まっていた。木曜日にしては早い立ち上がりだが、駐車スペースが空いているのをみると、むしゃくしゃした。』
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 気のいい素人判事ホイット・モーズリー・シリーズ3作目は、ホイットの父親がいよいよ余命いくばくもなくなり、昔家族のもとから蒸発した母親を探しに、ヒューストンのギャング組織の抗争に巻き込まれてしまう。登場するギャングが多く、加えて、すぐ寝返ったりするので、かなりストーリーを追うのがややこしいきらいがある。カー・アクション・シーンも多い。
 上記は、ギャングの経営するクラブのパーキングを眺める場面。母親のベンツ、ギャングの右腕のジャガー、ホイットを助けてくれる地元警官のホンダなどが何回もでてくる。(2005.8.25 #367)

パニック!オンボロのトヨタPANIC (C)2005鎌田三平訳 ヴィレッジブックス 2008

『エヴァンは、めぐらされたフェンスに沿ってピックアップ・トラックを走らせた。そこはヒューストンのアップタウン、ガレリア地区の端で、年配のオイルマネー成金と若いIT成金をあてこんだ高級店やレストラン、ケータリング・サービス業者がひしめいている。フェンスに囲われたこのマンションは、<トスカーナ松>と名づけらえていたが、実際にはこの地方によく見られる背の高い"湾岸のテンダー松"が影を落としていた。
 エヴァンはオフィスの駐車場に車を停めて待った。警察車両が来るだろうか。だが出入りするのはベンツとBMWとレクサスばかりだった。さらに一時間たってから、シェイディがガードマンのブースから歩いて出てきて、オンボロのトヨタに向かった。乗り込むと、がたがたと敷地を出て行った。エヴァンはあとを追った。相手はウェストハイマーから、ヒューストンの中心に位置するリバーオークスへ向かった。
 最初の交差点でシェイディの隣に車をならべた。相手がこちらに気づくのを待ったが、ヒューストンで運転するほかの人々と同様、涸れはとなりのレーンのことなど気にも留めなかった。』

--COMMENT--
 これまでのユーモアたっぷりの図書館長ジョーダン・シリーズや素人判事ホィット・シリーズとはうって代わって、若いドキュメンタリ映画作家が強力な犯罪グループに突如襲われ、今まで知らなかった両親と秘密組織のつながりを追う"超ハイスピード・サスペンス"。ただし、あまりにプロットが込み入りすぎのきらいがある。
 抜き書きは、追われる主人公エヴァンが、昔助けたシェイディに支援を頼みに訪ねるシーン。そう著者の作品は、一貫してテキサスのヒューストンが舞台になっています。元CIA工作員の"古い青のフォード"と彼の自宅にあった"燦然とかがやくドゥカティ"、逃走に使うために盗む"子どもが地元高校の優等生であることを示すステッカーがウィンドウに貼ってあるグレーのシボレー・マリブ"、次に無断借用する"赤いフォードF-150トラック"、ロンドンに飛び使うジャガー、壮絶なカーアクションを展開するCIAのリンカーン・ナビゲーターとタウンカーなど。(2008.9.28 #567)


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