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Bond, Michael/マイケル・ボンド

パンプルムース氏の秘密任務シトロエン2CVMonsieur Pamplemousse and the Secret mission (c)1984木村博江訳 東京創元社 1999

『家路はとても快いと言えるものにはならなかった。もっと大型で速い車なら文句はなかっただろうが、2CVには荷が重すぎた。シトロエン2CVを製造するにあたって、ブーランジェ社長が設計チームにあたえた指示は、季節をとわず、どんな道でも走れるというもので、風格やスピードは二の次にされた。もっと大事なのは、土曜日に農夫が卵のはいった篭をのせて、耕したばかりのでこぼこした畑を横切り、商品をひとつも割らずに市場まで到着できること。その翌日は家族全員を乗せて教会まで行くために、帽子をかぶり一張羅をきた状態で運転できるほど、ゆとりがあること。そしてなにより優先されたのが、経済性と安全性だった。つまり価格も燃費も安く、保守点検に気を使わずにすむことである。
 設計チームのだれひとひ計算に入れていなかったのは、自分たちの作り出したものが、靴を片方しかはいてない男に運転され、後部座席に卵の篭ではなく、図体の大きいブラッドハンドがどっかと座るということだった。しかもそのブラッドハンドは、いささか気分を害していた。車が道を曲がる度に、たいていの乗客がするように車の動きに合わせて体を傾けるのではなく、頑固に逆方向へその重い体を傾けた。おかげで、運転はこのうえなくやりにくかった。』
--COMMENT--
 『くまのパディントン』を世に送り出したボンドが、大人向けに書いた軽妙でコミカルな元パリ警視庁刑事パンプルムース・シリーズ。シトロエンといい、コンビの元警察犬といい、もうとことんおかしく、しゃれた探偵物に仕上がっていて、全般にでてくるグルメ・シーンも十分楽しめる。たまには、こんな笑えるミステリーもいいですね。(1999/06/19)

パンプルムース氏の晩餐会シトロエン2CVMonsieur Pamplemousse Rests His Case (C)1991木村博江訳 東京創元社 2005

『パンプルムース氏は編集長の言葉を無視し、別の手を試すことにした。「じつは車に本格的な修理が必要で、鍛冶屋に頼むつもりでした。」
「鍛冶屋にだと、パンプルムース?」
「片方のドアが壊れましてね。蝶番の部分を直さないと。初期の2CVなもので、部品が手に入りにくいんですよ。家内に運転を教えていたんですが、これが一苦労で。マルカデ通りでトラックに出くわしたんです。ご存知のとおり、あそこは一方通行になっています。あいにく、私たちの車は逆走してまして……」
「なあ、パンプルムース、君がどこかに行きたくない時、いつも車が故障するのは何故なんだ? まさか言い訳に使っているわけじゃあるまいね。そろそろ車を買い換えるか、ほかの社員と同じように会社の車を使うかしたらどうだ。とにかく、修理は先に延ばすんだな」
「でも妻のドゥーセットに、休暇にそなえて今週もう一度、運転のレッスンを割り込ませてあげると約束したんです。編集長」
編集長は彼に疑わしげな目を向けて、デスクに戻った。』
--COMMENT--
 グルメ・ガイドブック『ル・ギード』の覆面調査員シリーズの翻訳7作目も、もう読み出したら停まれない!! ユーモ絶好調の楽しいミステリーだ。イギリスでは同シリーズが14点刊行されているそうで、まだまだ楽しみ(^0_0^)
 今回は、アメリカ人ミステリ作家6人組がパリ南部のヴィシーにグルメ・イベントで来るのを取材しろと編集長から言われて、行きたくないパンプルムースがあれこれ言い訳しているところが冒頭の引用部分。ドゥ・シュヴォーのドアは本当に壊れていて、このあと、編集長を乗せてホテルに着いた時、ドアマンがドアをあけると見事に編集長が歩道に転げ落ちる…というシーンもある。さらに、この小さな車に、イベントに同行するアメリカのグルメ雑誌の女性発行人と、彼女の大荷物そしてブラッドハウンド犬のポムフリットをのせてヴィシーに向かったり、ドゥ・シュヴォーも大活躍だ。(2005.7.14)

パンプルムース氏のダイエット各車Monsieur Pamplemousse Takes the Cure (C)1987木村博江訳 東京創元社 2002

『あれやこれやを観察し、あたりの地形を頭に入れたかったが、そんなゆとりは与えられなかった。車は速度も落とさず急カーブを曲がり、らせん形の斜面を下りて広い地下駐車場へと突進した。
 車はエレベーターのドアが並ぶ脇で停まった。パンプルムース氏はすでに駐車中のほかの車に目を走らせた。どのバンパーからも金の匂いがぷんぷんした。メルセデス500SECが五台、イギリスナンバーのダイムラーが二台にロールスロイスが一台、とっさには車種が判じがたい馬鹿馬鹿しく大きなアメリカ車が一台、BMW735がちらほら ― うち二台は外交官ナンバー ― 、イタリア・ナンバーのフェラーリが三台、そしてドイツ・ナンバーのポルシェが一台。いささか場違いな小型のルノーのヴァン ― 《シャトー・モルグ》と書かれ、横腹に肉加工食品とある ― が、隅に駐車している。』
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 入所者が何人か亡くなっているあやしい著名ヘルスクラブに潜入することになったパンプルムースとポムフリットがお城のようなクラブ施設に到着したときのシーン。今回は、助けを借りた色っぽいマニュキュア美容師と熱々の仲になったりする…あたりが楽しい。
 ヨーロッパ中の富裕層向けのクラブなので、駐車場に並んでいる車も、それらしいクルマばかりだ。フランスなのに、ルノー、プジョーがでてこない?? (2005.8.3 #361)

パンプルムース氏と飛行船BMWMonsieur Pamplemousse Aloft (C)1989木村博江訳 東京創元社 2003

『腕時計に目をやると、10時15分前だ。飛行船の到着は11時。サーカスをちらっとのぞく時間はありそうだし、そのあと波止場近くのカフェまで歩いて、ゆっくり朝食をとろう。ドゥーセットに絵葉書を出さないといけない。どこへ旅をしても、着いたらまず葉書を出す。忘れたら彼女が心配し始めるだろう。
 パンプルムース氏は空き地の裏手へ回った。近くで見るとBMWはメンヒルのかたわらで、いかにもちぐはぐだった。メンヒルの反対側に停まっているブルーのヴァンも同じだ。苦労して巨石を立てた古代の人々がもし周囲をみたら、まちがいなくBMWに驚嘆の目を見張るだろう。現在の人びとが巨石に驚嘆するように。』
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 英仏間に就航する飛行船の初フライトの特別メニュー作りのためブルターニュに出かける途中で、愛車2CVを溝におとし助けてもらったのがサーカスの人気空中ぶらんこ乗りの美人。  飛行船とサーカスのまわりには、なにや怪しい連中が…グルメもユーモアもたっぷりたのしめます。
 『ル・ギード』編集長のシトロエンCX25、尼僧がたくさん乗っていたプジョー404なども登場する。 (2005.8.3 #362)

パンプルムース家の犬2CVMonsieur Pamplemousse On the Spot (C)1986木村博江訳 東京創元社 2002

『実際には車は横滑りして壁もショートパンツ姿の娘たちの一群も間一髪で避け、がくんと揺れてから奇跡的にふたたび体勢を立て直し前進したのだ。数々のできごとを彼はほとんど同時に意識した。というより、しかるべきことが起こらなかったのを意識したと言うべきか。
 右足で床までブレーキペダルを踏みこんでいたのに、なんの効き目もなかったのだ。娘たちの悲鳴が聞こえ、目の隅ではポムフリットのシートベルトが限界を試されているのが見えた。そして坂のすこし下の道路標識に猛烈な勢いで衝突し、そこで停止した。
「くそっ!」パンプルムース氏はシートベルトを外し、ポムフリットといっしょに車の外に出ると、前に回って被害の様子を急いで点検した。思ったより軽傷だった。シトロエン2CVの設計者ブーランジェ氏が自分の与えたふたつの最重要課題 ― 耐久性と経済性 ― をしっかり実現しているかどうか、その仕事に目を光らせたのはムダではなかった。フロントバンパーがごくわずかしかへこんでいないのは、かれらの勝利だった。右側の泥除けのへこみは、分解と交換が可能なボディパーツを、というかれらの方針の正しさを証明していた。道路標識のほうがはるかに痛手を受けていた。いまやぐにゃりと曲がり、落石注意の警告を自ら軽視した罰を受けているかのごとくだった。
「ムッシュ!……お怪我は? ずいぶん勇敢で、……大胆な方ですね……正面から標識にためらいもなく突っ込むなんて!」』
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 レマン湖を望む名門レストランの、また名物デザート"スフレ・シュルプリーズ"がなくなってしまったことから奇怪な事件が…
 パンプルムースの2CVのブレーキパイプが誰かに外されて車が暴走してしまうシーンだけど、マイケル・ボンドは、よほどシトロエン好きと見えて、設計者の哲学までしっかりと書き込んでいてほほえましい。ここで出会った女子寄宿学校の女性体操教師と、後段でつやっぽい仲になるのも楽しいトピックだ。 (2005.8.18 #365)

パンプルムース氏とホテルの秘密2CVMONSIEUR PAMPLEMOUSSE STANDS FIRM (C)1992木村博江訳 東京創元社 2007

『メリニャック空港のランデヴー・バーで、カウンターのスツールに腰掛けたパンプルムース氏は、その日3杯目のキールを注文した。一杯目を飲んだのは、パリから車で下る旅の途中、昼食に立ち寄ったツール南部の高速道路わきのカフェだった。2杯目はボルドーに着いたときだった。ひどい暑さと疲れと渇きで、一気に飲み干した。そしていま、ようやく落ちついて味わうゆとりができた3杯目を待ちながら、彼は到着口のドアに注意深い視線をおくった。
 長い旅だった。高速道路を使い続けても、7時間以上かかった。途中の休憩時間を含めれば8時間だ。彼の2CVは、スピードの世界記録を破るようには設計されていない。そしてバーテンも言った。だれもそれほど急ぎの用があるわけじゃありません。夏の大移動が始まったんです―夏休みシーズンの開幕ダッシュ、それ以上は言わなくてもおわかりでしょ、ムッシュー。
 飲み物を出し終えると、バーテンは話し相手ができたので嬉しそうにグラスを磨き始めた。キールは期待以上だった。たぶん、ワインの名産地にいるせいだろう。そのうえ量もとびきり気前がいい。』
--COMMENT--
 アルカション(ボルドーの西、大西洋に面した保養地)のあやしげな《砂丘ホテル》で、『ル・ギード』調査員研修を命ぜられたパンプルムースが、その研修生のイギリス娘を出迎えにいった空港のシーンが上記。ホテルの隠された秘密の事件に巻き込まれる。
 相変わらずの2CVで遠出をするが、愛犬ポムフリットがわざとコーナーを曲がるたびに外側へ移動するので車がひっくり返りそうになったりする。 (2007.7.9 #487)


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