Christpher Brookmyre ／クリストファー・ブルックマイア

『「後生だから、ジェニー、スピードを落としてくれ」マグレガー警部があえぐようにいった。赤信号を無視して交差点で右折した車は、左に大きくふくらんだ。そして、車が態勢を立て直すと同時に、ジェニー・ディエル刑事はギアをおとし、アクセルを目一杯踏み込んだ。サイレンをがんがん鳴らし、その目は意地悪い喜びで輝いていた。
「すみません、警部。でも、わかっていただきたいですね。あたしはいま、男ばかりの職場にいる女性として感じている劣等感を、こうして伝統的に男っぽいとされる挙動に積極的に参加することで、過剰に補おうとしてるんです」
ディエルは対向車線にはみだすと、三台の車を追い抜いてから急ハンドルを切り、巨大なトラックのぎらぎら光るライトと衝突する直前に、もとの車線に戻った。
「おまえが今やっているのは、俺を死ぬほどびびらせることだ」警部が叫んだ。ふたたびシートベルトを確認して、左手でドアの取っ手をさらにきつく握りしめる。
「ええ、それもありますね。先日問題になったこの髪型についての論議を再開するのに、今がちょうどいい機会じゃないかと思って」
「調子に乗るなよ」警部がうなるようにいうと、ふたたび数台の車を追い抜こうとしている凄まじいエンジン音が返ってきた。前方のヘッドライトが、ぐんぐんこちらに迫ってくる。「おい、気をつけろ、まえから……ああ、ちきしょう」
間一髪で左車線に戻ったディエルは、汚れたバックミラーに目をやり、車列の先頭でいく手を塞いでいたのろまなミニ･メトロ――失礼、ローバー100（まあ、どっちも・どっちのイギリス車だが）をにらみつけた。
「まったく、イングランド製の車ときたら。四速ギアがついていないのかしら？」ディエルはつぶやいた。』

--COMMENT--
　スコットランド生まれのブルックマイアの"スラップスティック・ユーモア、奇想天外、奇人変人、駄洒落コメディ…"な犯罪小説処女作。なぜか最近読む本は、この手の＜はちゃめちゃ・ドギツイ＞ものがインパクトがあって面白い。
　主人公…一見するとやさしそうな実は凄腕のリサーチ・ジャーナリストのパーラペインが、ふと出合った殺人事件の犯人と首謀者を追いつめる…とまっとうなストーリーではるが、登場人物が奇人ばかり。引用は、エディンバラ警察の女性刑事が、警部をのせてパトカーをぶっ飛ばしながら日ごろのうっぷんを晴らしているシーン。スコットランド人がイングランド車をくさしている言い方などもユーモアたっぷり。(2007.9.25 #512)

『レンタカーはセールスマン御用達といった感じのモンデオだったが、A9号線を走る分にはなんの支障もなさそうだった。それに、CDプレーヤーが搭載されていた。マットはミラーを調節したりバックのやり方を確認する前に、まずステレオの使い方を調べた。どうしてもCDが入らず、もう少しで車の鍵をカウンターへ返しにいきそうになったが、そのとき、すでにCDが入っていることに気がついた。最後に車を運転したどこかの間抜けが忘れていったのだ。CDを取り出し、曲目に目を通す。
　マライア・キャリー、セリーヌ・ディオン、マイケル・ボルトン、シンプリー・レッド、Mピープル……《きわめつけ！この世で一番味気ない産業バラードのヒット曲》だ。本当の音楽ファンではない連中のためのミュージック。マットは考え直した。もしかすると、前の客が忘れていったのではないのかもしれない。どういう人間がこの手の車を借りるかを人口統計的に調べて、レンタカー会社がわざわざ用意したものかも。
　車を出して一般道に乗り入れたところで、マットはプレーヤーがランダム機能にセットされているのを発見した。電子機器産業の罰当たりな発明品のひとつだ。ソングライターが何時間もかけてミュージシャンやレコード会社と論議してアルバムの曲順を決め、もう手直しのきかない段階になってからも、それで正しかったのか思い悩むのを、マットは知っていた。だが、ここにある機械は、彼らの代わりにそれをやることができた。しかも、一回ごとに曲順を変えて！』

--COMMENT--
　オープン前の海上石油基地リゾートで行われた同窓会になぜか武装グループが侵入する一日の顛末…またまた奇想天外なストーリーで、ユーモア、皮肉、アクション、ロマンス、ノスタルジー?!たっぷりと抱腹絶倒保証付きミステリでした。
　引用は、人気コメディアンになったマットが同窓会にむけてレンタカーに乗るシーンで、こんなきわどく粋な文章が続々と披露される。リゾート開発者のレクサス、地元で警察をリタイアしたばかりのプリメーラなども登場する。(2007.10.11 #516)

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