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Bruen, Ken / ケン・ブルーウン、※ケン・ブルーエンの表記あり

アメリカン・スキンビュイックAMERICAN SKIN (C)2006鈴木恵訳 早川 2008

『おれはビュイックを買った。アメリカに敬意を表し。おれのオーラのようなダークブルー。ほぼ新車。
店員が「ボンネットをあけてみてください、エンジンはびんびんですから」と言う。
おれはその言葉を信じ、あまり真剣に値切らず、表示価格から500ドルだけ引かせた。
店員はにやりとし、「やりますね、お客さん」と心にもないことを言い、おれがその車で走り出そうとすると、 「満タンにしてありますから、安心してどうぞ」と付け加えた。
 まさにアメリカン・ドリームだ。自分の車に乗り、屋根をあけ、ハイウェイ66号線を突っ走る。ときどきおれはひどくこの国の皮膚をまといたくなることがあるが、そんなときはいつもおれの中のアイルランド人が、「マルボロの広告に出ていた男は癌で死んだんだぞ!」と囁く。
ラジオが鳴っている。カントリー局、キミー・ローズとウィリー・ネルソンの歌うトム・ウェイツの"Picture In a Frame"…いい歌だ。ただでさえ暗い心がますます暗くなる。』
--COMMENT--
 ゴルウェイ生まれという生粋のアイルランド作家ということにひかれて初めて手にしたもの。無理に誘われた銀行強盗をして、アメリカに逃亡した主人公が犯罪者たちに追われる…といったシンプルな構成だが、アメリカ人になりすまそうとするが、どこでも「あんたアイルランド人だろ」と見破られてしまうのが滑稽だ。酒好き、音楽好き、アイリッシュ同士の絆の堅さ、回りは詩人ばかり、思ったことをそのまま言えないナイーブなキャラクター…というアイリッシュらしさがページの随所にでてきて楽しめる。
   全米に4,000万人いるといわれるアイルランド系アメリカ人の多さもさることながら、彼らが代々、警官・消防士など危険な仕事の分野に多く従事していたために、ミステリの分野ではアイリッシュ系の登場者がすこぶる活躍する。ミステリとアイリッシュは切っても切れぬ仲ですね。
 引用はタイトル「アメリカン・スキン」に繋がる心情について語られるシーン。他には根っからの犯罪者がラスベガスからトゥーソンに向かうときに乗るピックアップ・トラック…始終カントリー歌手のタミー・ウィネットをかけて悦にいっている。(2010.4.30 #631)

酔いどれに悪人なしハーレー・ソフテイル・カスタムTHE GUARDS (C)2001東野さやか訳 早川 2005

『「いまもプレイするのか?」
「まさか。当時だってプレイしちゃいなかった。歌詞を書いていたんだよ。言っとくが、頭をがんがん振るような音楽にとっちゃ、歌詞なんか二の次だ。おれが情熱を傾けているものはふたつある。詩とバイクだ」
「複雑なりに筋は通っていると思う」
「バイクならなんだっていいわけじゃないぜ。ハーレー一筋だ。愛車はソフテイル・カスタムだ」
おれは、それはすごいと言うようにうなずいた。実際にはすごいともなんとも思わなかったが。
「困ったことに、そのモデルはパーツを集めるのにえらく苦労する。それにサラブレッドとおんなじで、しょっちゅう故障する」
さらにうなずく。もう癖になりかけていた。
いまや彼は立ち上がっていた。正直言って、おれはその熱意がうらやましかった。それだけ熱くなれることがうらやましかった。
「詩の話に移ろう。こいつは故障しない。二階に巨匠たちをコレクションしている…誰だかわかるか?」
「リルケ、ローウェル、ボードレール、マクニース」
そこで彼はおれをまっすぐ見つめて言った。
「すべての詩には主張があり、おれは神にかけていつかはそれを理解してみせる」』
--COMMENT--
 酔いどれ探偵ジャック・テイラー・シリーズの第一作は、自殺したとされる娘の真相を調べてほしいと頼まれる。主人公は自らは捜査に熱心ではないが、仲間の画家や元警官の警備員などのからの情報でなんとか決着をつける。音楽やあらゆる作家作品の引用がふんだん(その半分も知らないが(^^;)に出てくることや、素っ気無いながらなんとなく惹きこまれるような文章には味わいがある。
 引用は、新しく行きつけになったパブのオーナー・バーテンダーとの会話で、アメリカンバイクの真骨頂ともいえるソフテイル(…それまでのリジッド「ハード・テイル」に対して、リア・サスペンションのあるモデル)。他には、画家のぽんこつボルボとオンボロ黄色のVWゴルフがでてくる。
 作中で、主人公が十歳のときから足しげく通った図書館とか司書との交流に触れる部分もある(169頁〜)。ゴールウェイで<石の壁での"例の儀式"…日本人観光客までもそれを真似る>というくだり(258頁)があったものの、皆目検討がつかなかた。訳者もたいへんでしょうね。(2010.5.17 #633)

酔いどれ故郷にかえるフォード・トランジットTHE KILLING OF THE TINKERS (C)2002東野さやか訳 早川 2005

『「これ復活のお祝い」
包み堤をあけると、ヴァン・モリソントリンダ・ルイスが共演した『ユー・ウィン・アゲイン』のCDだった。おれはありったけの熱意をかき集めて、ぼそぼそと言った。
「すげえや」
キャッシーは機嫌を直して一気にまくしたてた。
「きっと喜んでくれると思ってたよ。あんたが出て行く前、あたしにこの女の人のほうのアルバムをくれたの憶えてる?」
憶えていなかったが言った。「あたりまえだろう」
表からスィーパーが声をかけた。
「わたしのワゴン車で行くぞ」「おれも行く」
車はポンコツ寸前のフォード・トランジットだった。おれが不満そうな顔をしたのを見て、彼は言った。 [エンジンはパワーアップしてある」
おれはドアをスライドしてあけ、荷物を放り込んだ。』
--COMMENT--
 酔いどれ探偵ジャック・テイラー・シリーズの第二作は、ゴールウェイに戻ってきたジャックがジプシー連続殺人の犯人探しを頼まれ相変わらず酒・恋人・音楽・犯罪小説にとことん浸りつつ真犯人に迫り、どの作品にも共通する”正義の裁き”を断行する。本作でも昔から通った書店と店主とのかかわりなど本に関するちょっといい話がちりばめられていた。酔いどれで、手のつけようのないいい加減さなど目に余る性格の主人公だが、仲間を大事にするのがアイリッシュが理想とする最も大切な生き方なのだろう。
 引用は、帰郷した歓迎のパーティから依頼人が用意してくれた住まいに行くシーン。(2010.5.21 #634)

ロンドン・ブールヴァードシルバーゴーストLondon Boulevard (C)2001鈴木恵訳 新潮 2009

『「奥様の仕度ができました」
ジョーダンは車を正面に回していた。まもなくリリアンが現れた。白い麻のスーツにソフト帽という装い。その姿はいかにも…老いて見えた。おれはドアをあけてやり、それから運転席に回った。
シルバーゴーストを運転する連中が傲慢な訳がわかった。こいつに乗っていると、偉くなった気になれるのだ。
 リリアンは道中一言も口をきかなかった。おれは気にしなかった。車に心を奪われていたのだ。問題は、もうほかの車を運転できないということだ。これに乗ったあとで、ポンコツのボルボの運転席"うん、いいね"なんて思えるか?
 この車は確実に注目を集める。賞賛から驚きや軽蔑まで。若いやつらがやたらと前に割り込もうとしてくるが、日本製の乗用車ぐらいじゃ無理だろう。そのうちおれは本気で、ショットガンを持った助手が要るなと思い始めた。
オールドヴィック劇場に着くと、おれは横手に車を止めた。』
--COMMENT--
 刑期を終えた気のいいギャング、というより与太者ミッチェルが往年の大女優の雑用・運転手におさまったものの、恋人が事故死したりおかしなことが身の回りに起きる。下敷きになっているというビリー・ワイルダー《サンセット大通り》を思わせる洒落た多くのシーンと鮮やかなエンディングが見事。
 登場車は、ミステリには珍しいロールスロイス・シルバーゴースト。ギャングのボスにその車を盗めと脅されるが、シルバーゴーストのミニチュアモデルを届けるところがおしゃれ。ほかに、女性ジャーナリストのアストン・マーチン、ギャングの仲間のBMW、ミッチェルが購入する中古のボルボなど。もちろん、ジェイムズ・エルロイ、ローレンス・ブロックなどノワール作品の引用も楽しめる。(2010.5.26 #635)


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