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Chabon,Michael/マイケル・シェイボン

ユダヤ警官同盟シヴォレー・シェヴェルThe Yiddish Pokicemen's Union (C)2007黒原敏行訳 新潮 2009

『ランツマンが転がしているのは1971年製シヴォレー・シェヴェル・スーパースポーツで、十年前に郷愁に唆されて楽観的な気分になり、大枚をはたいて購入した車だった。以来ずっと乗り続けて、その隠れた欠点の数々もランツマン自身の欠点と区別できないほどだった。
 シェヴェルは71年型からヘッドライトが四つから二つに変った。今はその一つがきれているので、ランツマンは一つ目巨人のように手探り状態で道路を走っていた。前方には<黒海>の高層ビル群が見えている。<黒海>はシトカ海峡の真ん中に浮かぶ人工島で、闇の中では縛られた囚人たちのように見えていた。』

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 米国生まれのユダヤ移民3世の著者の歴史改変ミステリ作品…あとがきを読んで初めて知りました。物語の場所がユダヤ難民を受け入れたアラスカの地の果ての特別区ということで、読んでいる間は、へーそんな地区があったのか??なんてそのまま間に受けちゃったほど。殺人課刑事ランツマンが、ある殺人事件現場に残されたチェス盤に興味をおぼえ犯人を追う。そんなユニークな地域設定、登場人物、ユダヤ人問題、加えてたっぷりとアクションも楽しめる。
 上記のランツマンのシェヴェルは随所に登場。いかがわしい薬物中毒者更正施設の三輪電動カート("ズムズム"という商品名だが作者の創作かも)、フォード・カウディーリョ、1961年型ロイヤルエンフィールド・クルセイダー、GMC大型ピックアップ・トラック、またビュイック・ロードマスターなど。
 なお舞台となるシトカは実在の都市で、アラスカ州最南東端のアレキサンダー諸島バラノフ島西岸に位置する市及び郡。2005年の推定人口は8,986人で、元アラスカの州都。Ref.ウィキペディア (2009.9.17 #606)

ワンダー・ボーイズフォード・ギャラクシーWONDER BOYS (C)1995菊地よしみ訳 早川 1997

『私はフロントガラスに顔を向けなおし、車の屋根をうつ雨の言葉に聞き入った。この66年型、ハエの胴のような緑色のフォード・ギャラクシー・コンヴァーティブルは、乗り始めてまだひと月とたっていなかった。《ポスト・ガゼット》にスポーツ記事を書いていた古い飲み友達、ハッピー・ブラックモアに愚かにも貸してしまった、かなりの金額のかたとして受け取らざるを得なかった車であり、その前のオーナーは、現在、メリーランド州ブルー・リッジのどこかにある、強迫神経症の不幸な連中のための更生施設にいて、壮大な情緒的・経済的破綻劇の最終章を演じているはずである。
 この車はスマートだが古めかしいクルーザーで、トランスミッションはいかれているし、電気系統の接続も悪かったが、後部座席の広さはほとんどあらゆることのできる可能性を秘めていた。とはいえ、いまそこで何が行われていたのか知りたくなかった。
「多分、あれはすべて自分の想像にすぎない、そう考えていたんだ」私は言った。長年マリファナを常用してきた人間のつねとして、私は、この上なく恐ろしい現象も、よくよく考えてみれば、結局はおのれの偏執的な空想の産物にすぎないというのをよく経験していた。』

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 長編2作目の作品は、ピッツバーグのカレッジ文学教授グラディ・トリップが完成から程遠い同名長編小説を抱えながら妻に出て行かれるなか、友人で編集者のクラブツリーと創作クラスの教え子とで滑稽無分別なドタバタを演ずる。この手のコンテンポラリー作品はなかなか楽しむというところまで行けないなぁ。
 引用は、編集者がピッツバーグに着いて出迎えるシーン。このギャラクシー(後のほうでは、エメラルド・グリーンと書かれている)がどういう訳か、最後までちょくちょく登場することになる。学生時代の教師のジャガーEタイプ、不倫関係にある女性学長の赤褐色のシトロエンDS23コンヴァーティブル、著作中の人物の55年型ランブラー・アメリカン、妻の古いビートルなど登場車も支離滅裂といった感。(2009.10.2 #609)

シャーロック・ホームズ最後の解決1927年型インペリアTHE FINAL SOLUTION (C)2004黒原敏行訳 新潮 2010

『「おはよう、司祭さん」と老人はいった。
パニッカー司祭は、車を発進させてロンドンに向かうことを期待されていると悟った。約束していたかのように、この濡れたウールと煙草の匂いをさせている老人を乗せていくのだ。司祭は気乗りがしなかった。
1927年型インペリアと自分を心の奥深くで無意識のうちに同一視しているので、この老人に自分のおんぼろ自動車のような頭のなかへ無遠慮に踏み込まれたように感じていた。陰鬱ではあるがいちおう神聖な頭のなかへ。
 エンジンはため息混じりに声をおとして辛抱強いアイドリング状態に静まった。司祭が車を出さずに黙っているのを、老人は説明の要求と解釈したようだが、その解釈はあたっていた。』

-- COMMENT --
 ジャンル横断小説に気を吐くシェイボンのホームズ物のパスティーシュ作品。難民となった少年のまわりでおきた殺人と少年のオウム(何故か数列をしゃべる…)の失踪事件を、老養蜂家が追う。この老人が探偵ホームズのその後の姿であるが、もちろん作品中には一切ホームズとは出てこず、<正統にして典雅、オマージュに満ちた企み>と評されるゆえんだ。本文150ページほどと、一気読みにぴったり。
 引用は、老人が司祭にたのんでロンドンへ向かうシーン。二次世界大戦の爆撃で変わり果てたロンドン市街の様子が生々しい。他に司祭館の下宿人の"1933年型MGミジェット"などが登場する。(2010.7.7 #640)


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