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CHURCHILL, JILL /ジル・チャーチル

豚たちの沈黙灰色の軍艦みたいなリンカーンSILENCE OF THE HAMS (c)1996浅羽莢子訳 創元 1999

『「で、マイクの卒業祝い、何にするか決めたの?」しばらく後にシェリイが尋ねた。
 シェリイとジェーンは、試練を経てきた以上、コーヒーとドーナツにありつく権利があると判断し、ジェーンの台所テーブルを囲んでたらふく食べていた。ジェーンの黄色い大型犬のウィラードがドーナツ屑を期待し、二人の口元からも目を離さずにいる。
 ジェーンは後ろにのぞけり、居間を覗いているマイクがいないことを確認した。「車にした。だってほかにどうしようもないんだもん。夏のバイトは配達なのに、コンラッドは専用の車を買う余裕がないのよ。かといって、あたしの車を持ち出されたら動きがとれなくなるし・・どっちみち、大学じゃ車が必要になる。マイクったら、州内の大学に進んで、しょっちゅう帰省するってきかないんだ。あたしが近くにいないと、やっていけないと思っているみたい。」
「車だったら、お姑さんが買ってやるって言ってくれたんでしょう」
「言ってくれたのとは違うの。自分が新車買って、マイクにはあの古い灰色の軍艦みたいなリンカーンをくれる気だったのよ。あんなお婆さんじみたのを運転するぐらいなら、マイクは死んだ方がましでしょうよ。無理ない。で、車はあたしが買うつもりだって納得させたんで、かわりにコンピュータ買ってやってくれることになった。」』
--COMMENT--
二人の仲の良い主婦探偵シリーズの第7作で、肩の張らないユーモア・ミステリーとして会話や表現が十分楽しめる。高校を卒業する息子のバイト先のデリカテッセンの開店パーティの最中に、評判のよくなかった弁護士が死んでいたところから物語が始まる。
 引用したところが、息子のマイクに買ってやるためディーラーに出かける前の会話。小型の黒のピックアップ・トラックを値切って買うシーンとか、黙って買った車をマイクに見せて驚かすシーンなど、もほほえましい。ばついちジェーンの彼氏、警官だが、の車は赤いMGだった。文中に何ヶ所か図書館を訪ねる場面もある。アメリカの公共図書館のしくみなんかも伝わってきて興味深かった。
このシーリーズの原題は、すべて著名作品をもじってある。ちなみに当作品はトマス・ハリス『羊たちの沈黙』THE SILENCE OF THE LAMBS から由来している。 (2004.4.19)

地上より賭場にレンタカーのバンFROM HERE TO PATERNITY (C)1995浅羽莢子訳 創元 1997

『シェリイ、ジェーン、そしてメルは、日曜の残りを過ごす最適な方法は、リゾート以外の場所へ行くことだと判断した。子ども達は反対だったが、ましな提案ができなかったので、否応なしに長いドライヴにつきあうこととなった。シェリイ夫婦が大きくてゆったりしたバンをレンタルしてあったのを、家族が使えるようポールが置いていってくれていた。だがジェーンはシェリイに運転させる気は毛頭なかった。
「世界で一番大事な友達だけどね、メル、ハンドル握ると頭がどうかしちゃうの。何か狂暴なくらい競争意識の強いものが頭に入りこんで、ハイウェイのヒットラーになっちゃうのよ。歩道から歩道まで、全部自分のものにしたがる。お願い、正気でいたかったらシェリイには運転させないで!」
駐車場に全員集合すると、メルは言った。「シェリイ、あんたにとっても休暇なんだから、くつろいで景色でも見てたらいい。運転は俺がするよ」
シェリイはメルを見た。それからジェーンを。「あたしの陰口きいてたね。ジェーン」
「そんなことないわ。運転のことだったら、あんた本人にも言ったことしか話してない」
「あの陸軍のコンボイのこと話したでしょ」
「ひとことも」思い出して身震いした。
「ちっぽけな坂で追い越されたぐらいで、――こっちにはちゃんと道の先が見えていたのに――びびって路肩に乗り上げるような兵隊どもが、戦争でどんな役に立つのか聞いてみたいもんだわ!」シェリイは憤然と言い放った。
運転はメルがした。』
--COMMENT--
 主婦探偵シリーズの6作目、家族で出かけたコロラドの奥地のスキー・リゾートで起きた殺人事件に、いつものように首をつっこんでしまう。
 上記の引用のような、車に乗ると人格が変わってしまう人の話はよく使われるねただけど、楽しい雰囲気がよく伝わってくる。(2004.5.6)

風の向くままデューセンバーグ・モデルJAnything Goes (C)1999戸田早紀訳 創元 2002

『リリーは玄関ホールでロバートと鉢合わせした。
「車があるんだ! とびきりいかしたデューセンバーグだよ」
「今、何て?」
ロバートはその場で小躍りした。
デューセンバーグ・モデルJ。デラム・ツアスター。ほとんど新品同様だ。道路を占領してしまいそうな、馬鹿でかい車の化け物。まさにこの家にぴったりだ」歓声を上げた。
「ほったらかしにされてて、バッテリーも上がってるし、ガソリンも入っていないけどね。でも動くようになって、それでヴォールブルグの町を乗り回すところを想像してごらん」』

--COMMENT--
 ジェーン・ジェフリー・シリーズから一転して、1930年代のニューヨーク州のとある小さな町にやってきた兄妹、もちろん、妹のリリーが素人探偵の主役を務める新シリーズ第一作だ。
 株式大暴落後、貧しい生活をしていた二人に大伯父の邸宅が譲られることになって引越してデューセンバーグがガレージにあることに気づく場面。歴史ものを得意とするらしい作者が時代設定にあわせて選んだぴったりの名車だ。兄ロバートが、その車を大事に扱うシーンが随所にでてきて微笑ましい。また、後段で何回か"デューシー"と呼んでいる表記があって、アメリカでよく使われるデューセンバーグの愛称名らしい。
 それと、これまで読んだ3冊すべてで、そのエンディングが共通するスタイルだった。最後に関係者全員を集めて、その場で犯人を割り出す、まさにホームズものの形式をしっかり踏襲している。うーん、クラシックな雰囲気がいっぱい!!(2004.5.7)

忘れじの包丁調子の悪いステーション・ワゴンA KNIFE TO REMEMBER (C)1994浅羽莢子訳 創元 1997

『ジェーン・ジェフリイは、我が家のある通りに停められたたくさんの車の間をぬい、自宅の車路に乗り入れた。車路をそっくり呑み尽くしてしまいそうな穴にはまらないよう、ゆっくり慎重に運転する必要があった。
「うわあ!」大型トラックが自宅と隣のシェリイの家の間にそろそろと入っていくのを、目を丸くして見つめながらひとりごちた。
シェリイ本人も勝手口の小さなウッドデッキに立ち、この見慣れぬ有様を観察していたが、家をかすりでもしたらいつでも、運転手を吊るし首にする用意と能力がありそうに見えた。ジェーンは古びて調子の悪いステーション・ワゴンをガレージに入れると、シェリイのところへ行った。
ジェーンはぶるりと体を震わせた。十月の第一火曜になのに、空気は肌寒く、ステーションワゴンのヒーターも、学校への送迎当番に出ている間じゅう、ちゃんと機能することを拒んでいた。また一つ、倹約する理由が増えた! 「中に入って、うちの裏窓から見てみようよ。あちゃあ」とつけ加えたのは、二人の後ろの車路に、大きな軍艦色のリンカーンがのっそり入ってきたからだった。
がりがりといやな音がして、リンカーンが穴にはまった。
ジェーンは身を縮めながら、「いらっしゃい、セルマ」と、車から怖い顔で姿を見せた姑に声をかけた。
「ジェーン!! いったい何が起きてるの?」
「いちぬーけた」シェリイがつぶやく。
友達の袖を掴んで「見捨てたら承知しないよ」と厳しく囁き、シェリイを引きずりながら家の中へ向かった。』

--COMMENT--
 シリーズ第5作は、ジェーンの家の裏の原っぱで始まった映画の撮影現場に顔をだすうちに、そこで起きた道具係と主演女優の殺人事件の解明に必死になる。実は、ジェーンの彼の警官メルとNYに出かけるお楽しみの予定が潰されそうになったからだ。(2004.5.11)

エンドウと平和<エンジン付きの屑篭>ステーション・ワゴンWar and Peas (C)1996浅羽莢子訳 創元 2001

『我ながらよく働いたと思いながら、メルが会議室を使っているのでコンピュータに戻れなくなったため、ジェーンは早めに帰宅した。珍しく涼しく暗い午後で、不吉な感じの雨雲が出ている。翌日がゴミの日であることを思い出し、ステーション・ワゴンの分解掃除でもするかと考えた。例によって、エンジン付きの屑篭の様相を呈している。「お手伝いしてくれる子」を探しに家へ入ったが、台所の掲示板にメモが3通見つかった。
<ジェニーとジェニーのママと買い物に行きます―ケイティ>
<エリオットさんち行ってる―トッド>
<フランス外人部隊に入った―マイク>
掃除道具をかき集め、猫どもに手伝えと呼びかけ、また車路に出ると、使えそうなもの重要そうに見えるものを一つ残らず取り出すことにかかった。持ち主別に地面の上に積み上げる。3ヶ月近く前の終業式の日から車に置きっぱなしのケイティのノート類、透明プラスチックの箱に入ったトッドの緊急事態用の呼びのレゴ、マイクが自分の車をもって以来、埃だらけのカセットテープ。一ヶ月前の新聞の映画欄はゴミと判断した。まさにぞっとするとしか言いようのがない数の、ファーストフードの空き袋やコップも同様。
 戸惑う品もいくつか、車の中から見つかった。『園芸家の最良の友 ユリ』と題された、とっくに貸出期限切れの図書館の本。いったい何を思ってこんなものを借出したのだろう? 借出しておきながら、なぜ家の中で読まなかったのか? ジェーンの庭には間違いなく、最良の友が必要なのに。本は掃除が済んだあと、で車に戻すものの山に加えられた。』

--COMMENT--
 ジェーンとシェリイがボランティアを始めていた「えんどう豆博物館」で殺人事件がたてつづけにおきてしまい、またまた二人がの件に首をつっこむ…というこれまでのシリーズと組み立て方は同じだ。子供3人を抱えるシングルマザーのユーモアいっぱいの生活ぶりが窺えて楽しい。(2004.5.29)

夜の静寂にジョーダン・ロードスターIN THE STILL OF NIGHT (C)2000戸田早紀訳 創元 2004

『アディー・ジョンソンは、自分好みのサンドイッチでも求めようと、フィッシュキルの町に立ち寄った。乗ってきたジョーダン・ロードスターは裏通りに停めた。それはずっと、前から欲しかった車だが、とても手が出なかった代物だった。もとの持ち主である、勤務先の学校の女校長が軽い交通事故に遭って、二度と運転はすまいと誓うまでは。女校長はアディーが抗しきれない値段を提示して車を売り、アディーはこの小さな車とそれが与えてくれる自由を愛した。
 運転技術はなかなかのものだったが、恐ろしく慎重なために、狭い道路で後ろに連なった何台もの車の運転手たちを怒らせてしまうこともしばしばだった。
 アディーは、ヴォールブルグ・オン・ハドソンを訪ねてリリーと再会し、ジュリアン・ウェストに会えることにわくわくしていた。しかし、あまりに早く出発しすぎてしまい、リリーに予定外の余計な食事の支度をさせるのは気が引けた。』

--COMMENT--
 グレイス&フェイヴァー・シリーズの2作目。いよいよ生活費を稼ぐためにお屋敷での有名人をかこんだ会費制パーティを開くが、一人の客が殺されてしまい、リリーと兄ロバートが素人探偵をつとめる。
上記は、ゲストの老婦人が館を訪ねる途中のシーン。GMのデザイン担当副社長だったチャック・ジョーダンは知っていたが、<ジョーダン・ロードスター>は初耳。小説の設定が1930年代なので、さらにクラシックな車だろう。ほかには、へんてこな発明狂<借り物のトラック>、他の来訪者の<スタッツ・コンチネンタル・クーペ>などが登場する。(2004.5.30)

闇を見つめてデューゼンバーグSOMEONE TO WATCH OVER ME (C)2001戸田早紀訳 創元 2006

『ヴァーモント州のナンバープレートをつけた車から身なりのいい婦人が降り立ち、フィービー・トウィンクルの店に入っていった。リリーは、彼女がフィービーの作った最新流行の帽子をいくつか買っていくことを願った。
 膝はまだかすかに震えていたが、ついに立ち上がってロバートを探しに行くことにした。染み一つないクリーム色のデューゼンバーグは、ハワード・ウォーカー署長の現在の住まいとなっている小さな家の前に停まっていた。住まいの一番手前の部屋は彼の事務所になっている。リリーはウォーカーがいまだにここに住んでいることに驚いた。川と線路があまりに近く、列車の轟音と轟音の間に眠るのはとても大変なことだろう。線路よりも少し低い場所に建っているせいで、大雨が降るとよく水か溢れることは言うまでもない。』

--COMMENT--
 グレイス&フェイヴァー・シリーズの3作目、いよいよ地元に溶け込みはじめたが屋敷の古い氷貯蔵庫からかなり以前の死体が発見される。今回は兄のロバートも加わってその謎にいどむ。 この兄妹もいよいよ本格的な探偵業を目指し始める。
 また、いつもロバートに送り迎えを頼むのが心苦しくて、リリーもデューゼンバーグの運転を習いたいと申し出るが兄は、頑としてハンドルを渡さないところなどほほえましい。(2006.8.31 #432)

飛ぶのがフライシェリイのバンFear of Frying (C)1997浅羽莢子訳 創元 2007

『「馬用の遮眼帯」ジェーン・ジェフリイは言った。「あんたが運転してる時、あたしに必要なのはそれよ。前にかぶさる折り返しもついているやつ。自分の膝しか見えないように」
ジェーンの親友のシェリイ・ノワックは、アクセルからゆっくり足を上げた。バンはわずかに速度を落とした。「事故にあったことなんか一度もないんだからね」と言う。「自分のせいじゃない事故だって」
「そんなのちっとも安心できないよ。そのぶん悪運がたまってて、今にものすごい大事故にあうってことじゃん。いくらシェリイのこと好きでも、その時は一緒にはいたくない」
「ならパソコンとでも遊んで、外見ないようにしなさいよ」シェリイは言いながら、十八輪トラックを追い越した。ホンダ程度の障害物にすぎないかのように。』
--COMMENT--
 ジェーン・ジェフリイ・シリーズの9作目。子どもたちのサマーキャンプ地の下見にでかけたところ、案の定、死体に出くわし懸命に犯人を追う羽目に…毎回ながら親友同士の主婦二人のあけすな会話など、コージーミステリとしてとことん楽しめる。
 引用は、ウィスコシン州のキャンプサイトに向かっていくシェリイがハンドルを握るシーンで、『地上より賭場に』でも描かれているのと同じ暴走ぶりだ。(2007.5.8 #476)

愛は売るもの1931年型ピアレスLove for Sale (C)2003戸田早紀訳 創元 2007

『エディスは孤児と車の話を聞くや、その翌日にはさっそくタイラー夫人に会いに出かけていった。まず最初に車の売買交渉に取り掛かり、白地に赤い装飾が施された大きな1931年型ピアレスを、500ドルという破格の値段で牧師のために購入した。
「これで牧師さんも、子どもたちを大勢車に乗せて出かけられるわ」とホワイト夫人は言った。
タイラー夫人は苦笑した。こんな派手な車に乗ろうとする牧師など、死んでもいないだろう。だが500ドルもらえるのだから文句を言うつもりはない。それでもホワイト夫人に、ピアレスの工場はもう操業していないので、修理をしてもらうのは大変だろうと警告せずにはいられなかった。
 ホワイト夫人はこれに対し、車なんて中身はみな同じなので大した問題ではないと自信たっぷりに答えた。タイラー夫人は、これだけ言葉を尽くしてもホワイト夫人の間違いを正せないなら仕方ないとあきらめた。』
--COMMENT--
 グレイス&フェイヴァー・シリーズの4作目は、グレイス邸に泊まりにきた奇妙な4人組の一人が殺され、ウォーカー署長の捜査をリリーが手伝う。最後の最後まで犯人が絞りこまれないので心配しながら読み進むことになるものの、当時の(1932年)時代背景が盛り込まれているところなど楽しみながら読めるコージー・ミステリだ。
 引用のピアレスに加えて、リリーの兄のデューゼンバーグが大統領選挙のキャンペーン・カーとして登場する。(2008.3.2 #534)

カオスの商人おんぼろステーション・ワゴンMerchant of Menace (C)1998新谷寿美香訳 創元 2009

『翌朝、ジェーンは早起きをして、さらに少し掃除までしてから、トッドとケイティを起こした。雪は消えていて、素晴らしい天気だ。やだ。これじゃ、学校までケイティに運転させなきゃならない。娘はすでに仮免許証をもらっていて、機会さえあればハンドルを握りたがるのであるが、今のところ運転できるのは乾いた道路だけ、というのがルールだった。…中略…
 マイクは歩道に執着するたちで、数々の郵便箱やジョギングをする人たちを跳ね飛ばしそうになりながらやっと車の走るべき位置を知るのだった。ケイティは道路の正しい位置に車を走らせるし、スピードを出したがってもいないようだ。ただし、車そのもについて、手厳しく不満を言い続ける。ジェーンはそんな娘を責められなかった。くたびれた旧いステーション・ワゴンは、確かにみっともないからだ。もう十年ものだし、その間、数限りない送迎当番に引きずりまわされてきた―幼い子どもたちは後部座席ではね回り、大きな子どもたちはマットにポテトチップスやガムを落っことし、ときにはジュースをこぼしてくれる。
 外観だって無事ではすまされない。車路の端にある窪みにはまらないようジェーンはうまくよけたものだが、窪みはしだいに大きな穴ぼことなって、ときおり車台をこすった。車一台より数十本のマフラーを買うほうが高くつくのではと、ジェーンは思う。』
--COMMENT--
 ジェーン・ジェフリイ・シリーズの10作目は、クリスマスの聖歌合唱の集まりやクッキー・パーティでてんやわんやの最中に嫌われ者TVレポーターが隣の家の屋根から落死する事件がおきる。小さなコミュニティの隣人たちしか登場しない著者得意の設定だが、小さな町の人々や暮らしぶりがいきいきと描かれており、安心して楽しめるコージー・ミステリの定番でしょうね。
 ジェーンの車は、第一作からずっとのおんぼろステーション・ワゴン、他に恋人で刑事の"赤いMG"がちょっと登場する。読み終わっても、ぴんとこない原題だし、邦訳タイトルもかなりムリがありそう。(2009.9.6 #605)

君を想いてデューシーIt Had to Be You (C)2004戸田早紀訳 創元 2010

『「もう消えちゃったんだよ。たぶんあの頭のおかしなお婆さんが言っていた共産主義者だと思う。大きなステッキを持って長い茶色の髪をして、何やら赤い帽子をかぶっていたもの。あとをつけて行ってみる。車に残っててくれ。ハワードになんとか知らせる手段があればいいんだけど」
「ロバート、あなたがもしその人に追いつけるなら、私が町まで運転していってハワードに知らせるわ」
 理論的には素晴らしい計画だったが、ロバートはどうしてもデューセンバーグをリリーに運転させたくなかった。リリーはデューシーを運転したことが数回しかなく、カーブがあまり得意ではないのだ。だがぐずぐずしている時間はない。ロバートはしぶしぶこの計画に同意して森の中に入っていくことにし言った。
「とにかくゆっくり気をつけて運転するんだよ」
「ばかばかしい」リリーはひとり呟き、運転席に移った。』
--COMMENT--
 グレイス&フェイヴァー・シリーズの5作目は、養護ホームの手伝いをすることになったリリーとロバート兄妹が入所者の不審な死亡事件に巻きこまれる。フランクリン・ルーズヴェルトの大統領就任宣言(1933年3月)を聞きにロバートがワシントンに出かけるシーンから始まり、その時代考証もなかなかの楽しみ。
 引用は、ロバートの愛車デューシーを嫌々ながらリリーに貸し運転させるシーン。"バターミルク色のボディー"と記されていたり、彼の愛着ぶりが何箇所かに出てくる。"It Had to Be You"という原題がどうしてついたのか読後になっても分かりにくかったなぁ…邦訳タイトルもピントこないし(^^;(2010.7.18 #642)


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