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CRICHTON, MICHREL /マイクル・クライトン

ライジング・サンレクサスRISING SUN, (c)1992早川,1992

『目的の屋敷は、サンセット・ブールバードの上の丘の、曲がりくねった道沿いにあった。この高さからだと、いつもなら街全体の夜景がよく見渡せるはずなのに、今夜は霧がかかっていてよく見えない。近づくにつれて、通りの左右に高級車が並び始めた。たいていはレクサスのセダンだが、ベンツのコンヴァーティブルやロールスロイス・ベントレーも何台か混じっている。駐車係りたちは驚き顔で、眼の前を通って屋敷に近づいていく、わたしの貧弱なシヴォレー・セダンを見送った。
・・・・・・・
サンダースはかぶりをふり、先を続けた。
「アメリカの人口は世界総人口の4パーセント。経済関係者の割合は18パーセントだ。なのに、弁護士の数となると50パーセントにものぼる。しかも毎年3万5千人が、ロー・スクールから続々と世に送り出されている。法曹関係だけが極端に生産性が高い。アメリカという国の焦点はそこにある。テレビ・ショーの半分は弁護士ものになってしまった。アメリカは今や、弁護士の国なんだ。だれもかれもが訴訟を起こす。誰も彼もが係争中。なんと言っても、アメリカの75万人の弁護士には仕事があるんだからね。そのひとりひとりが、年に最低30万ドルは稼ぎだそうと躍起になっている。他の国からみたら、およそ尋常じゃない」』

--COMMENT--
これまで科学技術ミステリー的な作品が多かったクライトンであるが、この本は日本の米国経済侵略を批判する、まさにジャパンバッシング・ミステリーといえる。アメリカでも批判と反省とで大変話題になった。
当然「ライジング・サン」とは日本海軍の旭日旗をしめしている。92年1月発売と最近書き上げられているので、上記にあるように車も『レクサス』と最新でかつ米国への影響力の大きかったモデルが登場している。(93/05)

プレイ-獲物-フォード、トヨタPREY, (C)2002酒井昭伸 訳、早川 2003

『ぼくらはいっせいに向きを変え、駐車場へ駆け出した。
一番近い車はブルーのフォード・セダンだった。ぼくが運転席のドアをあけ、メイが助手席のドアを開ける。スウォームはもうすぐそこだ。低音でささやく鼓動のような音を聞きながら、ぼくは叩きつけるようにドアを閉めた。メイもだ。チャーリーはなおもウィンデックスのスプレーを手にしたまま、助手席側のリアドアを開けようとしたが、ロックがかかっていた。メイが身をひねり、ロックを外そうとしたが、チャーリーは次の車に向かっていた。トヨタのランドクルーザーだ。急いで車に乗り込み勢いよくドアを閉める。
「げっ!」チャーリーの叫び声が無線を通して聞こえた。「めちゃくちゃ暑い!」
車内はまるでオーブンのなかのようだった。メイも僕も、だらだら汗をかきだした。すざましいほどの速さで迫ってきたスウォームは、フロントガラスの上に浮かび、脈動的に渦をまきながら、左右にいったりきたりしはじめた。
スウォームの黒雲が、ぼくらのフォードからとなりのトヨタへと移動した。ひとつひとつの窓で停止しているのは、侵入できないかどうかをたしかめているんだろう、チャーリーがガラス越しににやりと笑って見せた。』
--COMMENT--
 制御不能となるナノテクノロジーをテーマにしたクライトンは、さすがだ!! 軍事偵察用カメラとして開発されたナノマシンにプログラミングされた生物の捕食=被食モデルが暴走し人工生物として人間を襲うようになる。うーん、将来これに近いものが実現するかもしれないと思わせるような迫真のハイテク・パニック・サスペンスだった。(2004.2.13)

恐怖の存在フェラーリ、ポルシェSTATE OF FEAR (C)2004酒井昭伸訳、早川 2005

『ふたりはオープン・ガレージに歩いていった。ガレージにはずらりとフェラーリがならび、陽光を受けて車体をきらめかせている。モートンはぜんぶで9台のヴィンテージ・フェラーリを所有しており、あちこちのガレージに分散して収容していた。ここにとめてあるのは、1947年型スパイダーコルサ、1956年型テスタロッサ、1959年型カリフォルニア・スパイダーの3台だ。値段はそれぞれ百万ドルではきかかない。なぜエヴァンスが値段を知っているのかというと、モートンが新たに一台購入するたびに、保険書類のチェックをさせられるからである。
 列のいちばん向こうには、サラのもつ黒いポルシェ・コンヴァーティブルが停めてあった。サラがバックでガレージから車を出すのを待って、エヴァンスは助手席にのりこんだ。
 ロスアンジェルスの女性は水準は高いが、その高い水準に照らしてみても、サラはとても美しかった。背が高くて、肌は蜂蜜色にほどよく陽灼けしている。ブロンドの髪を肩まで伸ばし、瞳の色はブルー。顔立ちは完璧そのもで、笑うと歯がまぶしいほどに白い。』
--COMMENT--
 地球温暖化への科学的裏づけのない過度な扇動に警鐘をならすクライトンの思想的立場をかなりはっきりと打ち出した作品。温暖化について肯定的・否定的両論の議論と、多数の数表(世界各地の平均気温推移グラフ)には多少、食傷気味にはなるが、環境テロリストが人為的に引起そうとする異常気象の仕掛けなど、クライトンらしい壮大なサスペンスの盛り上げがうまい。
 引用は、環境運動を支援する富豪モートンのガレージでのシーン。ここに登場する秘書サラとモートンを補佐する法律事務所の弁護士エヴァンスが主人公だ。そうそう、この富豪が新たに購入する二台目の1972年型フェラーリ365GTSデイトナ・スパイダーが富豪の失踪事件の秘密となっていて最後にそれが明かされる。
 マレーの奥地やアイスランドの場面に登場するランドクルーザー、MIT危機分析センター所長の"ダークグレイの政府公用車のナンバープレートのついたセダン"、ヴァンナイズ空港で待機する"十数台の黒塗りのSUVタイプのリムジン"、南チリのアルソデルマール飛行場やソロモン諸島で使われるランドロヴァー、アメリカ環境資源基金NERFの広報部長の"シルバーのポルシェ・コンヴァーティブル"など登場車は多様。
 それと、エヴァンスは"愛用のハイブリッド、プリウス"に乗っている。ミステリーにプリウスが登場する時代になったんですね。サンディエゴ・フリーウェイを走らせながら、<…12車線のフリーウェイは、フットボール・コートの全長の半分ほども幅があり、ロスアンゼルスの土地のうち、自動車用に使われている面積が65%と、人間のほうが窮屈に住まなくてはならない非人間的な構造…>とも言わせている。
 細かい点だけど、マッキンリー州立公園で人為的な鉄砲水災害がひきおこされる場面に<ハイウェイ・パトロールのトゥルーパー>という記述がでてくる。trouper(団員、隊員)だと思うけど訳出が不全なようで気になった。(2005.2.1 #399)

NEXT―ネクストポルシェ・カレラSCNEXT (C)2006酒井昭伸訳、早川 2007

『日没どき、BioGenリサーチの本社を擁するチタン・キューブは、夕陽の照り返しで燦然たる赤い輝きに包まれ、隣接する駐車場は豊かだが暗いオレンジに染まる。キューブの外に出たBioGenの社長、リック・ディールは、いったん足をとめてサングラスをかけると、真新しいシルバーのポルシェ・カレラSCを停めてある区画に向かって歩き出した。この車は大のお気に入りだ。買ったのは一週間前。もうじき成立する離婚を祝って―
「なんだと!」自分の目が見えているものが信じられなかった。
「ちくしょう! やりやがったな! ちくしょう!」
駐車区画は空っぽだった。ポルシェがなくなっている。…あのスベタ!!
どうやって持っていったのかは分からない。だが、愛車を持ち去ったのが妻であることは確かだ。おおかたボーイフレンドにでも手配させたんだろう。なにしろ、こんどの男は車のディーラーだからな。プロテニスプレーヤーからさっさと乗り換えやがって。あのクソアマ!
 足どりも荒く、リックは社屋にとって返した。セキュリティ部門のチーフ、ブラッドリー・ゴードンが、ロビーの受付の前に立ち、カウンターにもたれかかって、受付係りのリーサと話をしていた。リーサはなかなかの美人だ。リックが採用したのもそのためだった。
「やられた、ブラッド」リックは声をかけた。「駐車場のセキュリティテープを見せてくれ」
ブラッドが振り返った。「テープを?どうしました?」
「おれのポルシェが盗まれた」
「それはたいへんだ。いつのことです?」…ばかな質問に、リックは思った。こいつ、およそセキュリティ向きの男じゃないな…そう思うのは、こんどが初めてじゃない。
「いいから、テープをチェックさせろ」
「ああ、そうですね、はい、すぐに」
ブラッドはリーサにウィンクし、キーカード式のドアを通り抜けて、部外者立ち入り禁止区画に入っていった。頭から湯気を立ち昇らせながら、リックも彼のあとにつづく。』
--COMMENT--
 クライトンが遺伝子テクノロジーへの過度の期待や報道、加熱するバイオテク産業への警鐘をこめて書いたサイエンティフィック・エンターテイメント。なにしろ主役が、トランスジェニックされたオームとチンプ(人になりきって言葉を自由にしゃべれる!!)で、もうぶっ飛ぶ可笑しさ…だけど、オビ曰く<これは決して絵空事ではない>のとおりと思わせるところが著者の力量、面目躍如といったところ。
 引用のちょっと軽いバイオ企業社長のポルシェ(このあとのドタバタもチョー面白い)、特定の遺伝子をもつ細胞株採取で付けねらわれる母のBMW、行方をくらますために知人から借りた"キズだらけの白のトヨタ・ハイランダー"、逃亡者追跡エージェントの"黒いハマー"などが登場する。(2008.1.4 #527)


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