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Deaver, Jeffery /ジェフリー・ディーヴァー

エンプティ・チェアクライスラー・グランド・ロールXThe Empty Chair, (c) 2000池田真紀子訳 、文藝春秋 2001

『ライムはコルヴェットのボディを連想させる真紅のストーム・アローの電動車椅子を操り、彼と介護士、それにアメリア・サックスの三人をはるばる500マイル−マンハッタンからノースカロライナ州エイヴリーまで−運んできたバンからスロープを伝って降りた。完璧な弧を描く唇にくわえたストロー形の呼吸器スイッチを使って手馴れた様子で車椅子の向きを変えると、歩道を加速し、ノースカロライナ州立大学付属医療センター神経医学研究所の入り口へ向かう。
 トムがボタンを押すと、鮮やかな黒のクライスラー・グランド・ロールXに搭載された車椅子用スロープは車内に畳み込まれた。
「せっかくだから身体障害者用の駐車スペースに停めておけよ」ライムの大声が聞こえた。くっくという一人笑いがそれに続く。
 アメリア・サックスがトムに眉を吊り上げて見せた。トムはいった。「ずいぶんご機嫌らしい。頼み事があるならいまですよ。どうせすぐふてくされるんですから」
「おい、聞こえているぞ」ライムが怒鳴った。』
--COMMENT--
 元ニューヨーク市警科学捜査部長のリンカーン・ライムのシリーズ第3作。機能回復手術のため訪れたノースカロライナの病院に到着したシーンで、急きょ、地元でおきた誘拐事件の捜査を頼まれライムと、助手のアメリア・サックスが協力することになる。  科学捜査についてと、事件の容疑者の少年の昆虫についての博識ぶりが存分に物語を際立たせているし、パケノーク郡の大湿原を舞台にした逃避行と追跡の様子が半端じゃなくて冒険性があって、サスペンスとアドヴェンチャーを両立させたエンターテイメントとして大いに楽しめた。
 クルマもたくさん登場する。クライスラーのカタログを調べたけど、グランド・ロールXはどんなミニバンが不明でした。二人目に誘拐された看護婦のホンダ・アコード、地元の与太者のフォードF-250(これも??)、地元の女性保安官補のフォード・クラウン・ヴィクトリア、原野に放置されていた「マクファーソン・デラックス・モービルハウス社製のトレーラー・ハウス」、薬品会社の社長のレクサス4WD(Lexus RX 300、日本名ハリアー、でしょうね)・・(2002/08/08)

ボーン・コレクターシボレー・カマロThe Bone Collector, (C) 1997池田真紀子訳 、文藝春秋 1999

『「昔はどこへでも歩いていった」ライムは言った。「車で行くことはめったになかった。もう20年も車なしの生活をしている。きみはどんな車を持っているんだね?」
「あなたみたいなマンハッタンの住人が好みそうな高級車じゃないわ。シボレーよ。カマロ。父の車だったの」
「ボール盤もお父さんがくれたものか。車いじりに使うんだろうね?」
サックスはうなずいた。「トルクレンチをくれたのも父。それからタイミングライトも。それから、初の私専用のラチェットのソケットもそう。13歳のときの誕生日プレゼントだった」サックスは優しい笑い声をあげた。
「あのカマロはね、"ふにゃちん"なの。どういう意味かわかる? いかにもアメリカ車ってこと。ラジオや空調、ライトのスイッチ類がどれも大きくて操作感がふにゃふにゃしてるわけ。だけど、サスペンションは岩みたいに硬くて、車重は卵のパックなみ。BMWなんかには絶対負けないわ」』
--COMMENT--
 マンハッタンで発生した殺人と次の犯行予告にニューヨーク市警はライムに科学捜査を依頼する。シリーズでその仲が発展するアメリア・サックスとも初めて出会うライム・シリーズ初作品。スピーディーで息をもつかせないサスペンスが存分に楽しめる。
 引用した部分も含めて、車好きのアメリアがぶっ飛ばすシーンがたくさん。現場鑑識車両のRRV(Rapid Research Vhiecleかしら?)、犯行に使われたイエロー・キャブ、トーラスのレンタカーなども登場する。(2002/08/08)

コフィン・ダンサーユーコンThe Coffin Dancer, (C) 1998池田真紀子訳 、文藝春秋 2000

『「車、見えたかい?」ジョーディがおずおずと訊く。
「ああ、見えた。いま通り過ぎていった。こっちも出発だ。」
「日本車を盗んだって? トヨタかなにか?」
 この見下げた裏切り者めが、腹立たしかった。予期していたことではあったが、こうして実際に裏切られてみると、やはり憤りをおぼえた。ユーコンに乗ったのは偽者に決まっている。・・
 灰色の遠隔起爆装置を目の高さに持ち上げた。一見、無線機のようだが、スピーカーもマイクロフォンも備わってはいない。周波数をジョーディの電話の爆弾にあわせ、安全装置を解除した。
「そのまま待機していてくれ」彼はジョーディ-に言った。
「了解」ジョーディーの笑い声。「アイアイ、サー」』
--COMMENT--
 リンカーン・ライム・シリーズ2作目。犯罪を目撃した航空チャーター会社の経営者を証言台に立たせまいとして、送り込まれた殺し屋"コフィン・ダンサー"と、ライムのチームとの壮絶な戦い。現場の遺留品だけからそんなに犯人に迫れるのか、ちょっとやり過ぎというか、うまくいき過ぎと感じられるプロットも多いが、よくもこう次々と、見せ場をこしらえていけるものか感心してしまう、まさにスーパー・エンターテイメントだ。さらに、今回は、リアジェットを飛ばすシーンも多く、おまけに機体に仕掛けられた爆弾の爆破からいかに逃れるか、迫力満点。
 上の引用は、車(バン型の警察車両:GMCのYUKON)で移動させる証人を狙う殺し屋と、仲間の偵察者との会話。"日本車"は、ニッサン、スバル、アコード…という車名になって登場する。
 ディヴァーのミステリーの特徴の一つに、スト-リーの始まりから終結までの日時が短いことが挙げられる。本書の場合だと、金曜の朝9時から月曜の朝までの実質2日間の物語となっていて、とても密度が濃い。よほどディテールが揃っていないと、500ページ近くの本にはならない。(2002/08/19)

監禁ダットサンSpeaking in Tongues, (C) 1995大倉貴子訳 、早川 1998

『ふたりのバイク乗りがその男の消えた方向を教えてくれた。精一杯礼儀正しい言葉づかいで。
「車の種類は?」テイトがたずねた。
「くそみていなおんぼろダットサンだ。おっと、失礼、奥さん」
「赤だよ」と彼の友人が口を出した。「まちがいねえ」
「オレンジだろ」
「赤だろうが、オレンジだろうが、そういう色なのはまちがいねえ」
「ふたりはテイトのメルセデスに乗り、あわてて出発した。
大きなドイツ製の車はおよそ2キロ先でその小型車−オレンジ色だった−に追いついたが、テイトはすぐに速度を落として、15メートルほどうしろにつけた。
「運転している人が見える?」ベットがきいた。「だれなの?」
テイトは肩をすくめた。「タグをメモするんだ」
「タグ?」
「ナンバー・プレートのことだ」
ダットサンは古い道路をかなりの速度で走っていた。運転手はハンドルのほうにかがみこんでいる。尾行に気づいた様子ははない。運転は荒く、車は穴だらけのアスファルトの上を跳ねるようにように進んでいた。』
--COMMENT--
 ノンシリーズもの。弁護士のテイトと別れた妻とのあいだの娘が失踪し、テイトの友人の州警察刑事、娘の恋人などと娘の行方を追う。このミステリも、水曜日から金曜日までのストーリーとなっていて、ディーヴァーらしい凝縮された短時間のサスペンスとしてまとめられているし、さらにライム・シリーズの人物構成となる”チーム・プレイによる追跡”のスタイルになっている。
 引用部分にある弁護士のベンツ、失踪した娘のテンポ、刑事のトーラス・・が登場する。(2002/08/20)

眠れぬイヴのためにキャディラックPRAYING FOR SLEEP, (C) 1994飛田野裕子訳 、早川 1998

『クロヴァトンの殺人現場となた家の周囲を丹念に調べるうちに、オーエンは、家屋のそばにある小さな納屋のうち、二つがクラシック・カーの倉庫に使われていることを発見した。
 中に忍び込んで、ウルフ社製の青い車カバーをめくってみると、その下から50年型のポンティアック・チーフやハドソン、紫色のステュードベイカーが現れた。片方の納屋の仕切りに一ヶ所だけ空いているところがあり、そこにはくしゃくしゃに丸められた車のカバーが落ちていた−整然とした納屋の中で、そこだけが唯一浮き立って見えた。まさかこれほど目立つ車をルーベックが逃走用に盗み出したとは、にわかには信じがたい。だが、自転車の件を思い出し、オーエンは自分の直感を信じることにした。
 地面の上をざっと調べると、大型車のごく新しいタイヤの跡が、納屋からドライブウェイへと続き、さらには236号線を西に向かっていた。オーエンはクロヴァトンの警察になにも告げずに、事件現場の家を離れ、ボイルストンには向かわずクラシックカーの追跡に乗り出した。』
--COMMENT--
 これも初期のノンシリーズものだが、殺人容疑の精神分裂者についての分析とか、逃走者を追う警察犬の詳しい表現など、専門的なディテールがすごい。
 引用部分の盗んだ車はキャディラック・クーペ・ド・ヴィル、警察犬を扱う元警官の79年型シヴォレー・トラック、精神病医師の"製造後15年たったBMW"、弁護士の"黒いチェロキー"、弁護士の知人の"深緑色のジャガー、メルセデス"、弁護士の妻のアキュラ、犯人が別なところで盗んだ"ベージュのスバルのワゴン"・・などたっぷりとそれらしい車が出てきて楽しめる。(2002/09/02)

汚れた街のシンデレラぽんこつのダッジManhattan is My Beat, (C) 1989飛田野裕子訳 早川 1994

『「オハイオの出身だって? オハイオ生まれの人間と会ったのはこれが初めてだな」
ルーンはリチャードにいった。「だからどうだっていうの? 州のテーマソングでも歌ってあげようか? "両端が丸くて、真ん中が高いのなーんだ? 答、オハイオ!(O-Hi-O)、"ってなわけ。ロジャースとハマースタインのコンビによるミュージカルにしては、子音が少ないけど」
 土曜の夜、二人は見晴らし抜群のルーンの展望台に座っていた。バッヘルベルの「カノン」を聴いている。ルーンはその曲の8通りのヴァージョンをもっている。』<中略>
『「アイスクリームを買ってもいい?」
「ああいいとも」
リチャードは車をスタートさせた。ルーンはシートに深々と身を沈めた。「まいったな」そうつぶやいた。それからリチャードの顔を見て、いたずらっぽいにっこりと笑った。
「さては、なにか企んでいるな。なにがそんなにおかしいんだい」
「赤いメンドリの話、知ってるでしょう?」
「いいや、知らないね。どんな話だい」車は縁石を離れ、しだいにスピードをあげていく。ぽんこつのダッジはハイウェイに乗って、小塔と胸壁に囲まれた町を目指して進んでいく。空は頂上をきわめつつある太陽に照らされて、まるで魔法使いの魔法にかけられでもしたように、しだいにブルーに染まりだしていた。』
--COMMENT--
 これもディーヴァーの初期の夢見る女の子"ルーン・シリーズ"。ルーンが店員をしていたマンハッタンの貸しビデオ屋(予想通り途中でクビになってしまう)を舞台に、ある警察もの映画ビデオにまつわる事件の渦中に飛び込んでしまう。リチャードと出会ったときの上記の引用のような会話など、もうとっても楽しいし、ニューヨークの情景が生き生きと描かれ、私のすきなタイプのミステリーだ。この女の子は、アン・タイラーの描く、夢多い自由な発想のタイプとよく似ていますね。
後段は、物語のフィナーレの部分だったが、ちょうど“ダッジ”がでてきたので引用させてもらいました。雰囲気がよく伝わります。ルーンのシリーズとしては、Death of a Blue Movie Star(1990), Hard News(1991)があるようだが、翻訳があるのか探すのが楽しみ。(2002/10/02)

 

石の猿シェヴィ・カマロTHE STONE MONKEY, (C) 2001池田真紀子訳 文藝春秋 2003

『長身の女は車に寄りかかった。目に痛いほどのコントラストだった。強い風になびく髪の赤、旧型のシェヴィ・カマロの黄色のボディ、女の腰にまかれた拳銃を収めたユーティリティベルトの黒。
 背中に、"ニューヨーク市警鑑識課"の文字のはいったフードつきのウィンドブレーカーにジーンズといういでたちのアメリア・サックスは、ロング・アイランド北岸の小さい村ポート・ジェファソンの埠頭の向こうで荒れる波を見つめた。海岸べりの駐車場には、移民帰化局、FBI、サフォーク郡警察、それにサックスが所属するNYPDの車がずらりと並んでいた。8月の平均的な日であれば、いまごろは日光浴を目当てに家族連れや十代の若者の車がびっしりと停まっているころだろう。しかし台風で大荒れの今朝は、行楽客の姿はない。』
--COMMENT--
 リンカーン・ライム・シリーズ第四作は、中国の不法移民をのせた貨物船を待ちかまえる上記の引用部分から始まる。事件の発生から終結まで2日間ほどと、いつもの"短期決戦もの"だが、500ページもの大作に仕上がっていて、読者をあざ笑うがごとくの逆転…はちょっとばかり、やりすぎじゃない!!と思わせる。
ライムの右腕となったアメリアに加えて、移民に化けて潜入した中国公安局刑事の活躍が面白かった。アメリアが相変らずぶっとばすカマロ、蛇頭の支援者のBMW四輪駆動車、逃走の途中で盗むダットサン、レクサスなどが登場する。(2003/12/11)

シャロウ・グレイブスウィネベーゴのチーフテン43SHALLOW GRAVES, (C) 1992飛田野裕子訳 早川 2003

『ペラムはまっすぐ前を向いたままだった。ウィネベーゴのチーフテン43を運転して町に帰るところだ。二人はつい先ほど、一マイルほど北に古ぼけた農家をみつ、驚き顔のその家の持ち主に、1300ドル払うから、二、三日のあいだその錆付いたオレンジ色のニッサンをドライブウェイからどけて、代わりにコンバインを置かせてもらって、玄関先のポーチで二シーンばかり撮影させてもらえないだろうかと話をもちかけた。そんな大金がもらえるなら、いっそあんな車、おれが食っちまおうか、農家の親父はそう言った。
そこまでする必要はない、ペラムは答えた。
「あんた、昔はスタントマンをたってたんだろう?」マーティは訊いた。声は甲高く、中西部の訛りがある。
「まあな、ほんの一年かそこらだったが」
ペラムは1950年代に流行ったヒュー・ヘフナーばりの黒いサングラスを取り出した。氷のような透明感のあるブルーに染まっていた秋の空は、30分前ほど前からにわかに曇り始めた。まだ午後も早い時間だというのに、あたりは冬の夕暮れどきのように薄暗い。』
--COMMENT--
 ウィリアム・ジェフリーズ名義"SHALLOW GRAVES"(C)1992年 邦題「死を誘うロケ地」を改稿した作品であり、苦い過去をもった今はしがないロケーション・スカウトのペラムが、中西部の片田舎の町に立ち寄って引き起こされる事件に巻き込まれていく。『シェーン』をもじっていると解説にあったが、『マディソン郡の橋』のほうが近いような感じだ。
引用したのは作品の冒頭部分であり、ディーヴァーの味がよくでている。この大型キャンパーが終始物語に登場する。地元の薬品会社経営者夫妻の"赤いマーキュリー・クーガー、グレーのトヨタ"、ハイスクールのフットボール選手の"安っぽい白のニッサン"、若者の"ポンティアックGT"など、たくさんの車が登場する。(2004.1.27)

ブラディ・リバー・ブルースヤマハBloody River Blues, (C) 1993藤田桂澄訳 早川 2003

『そこは切手サイズの芝生の庭がついたバンガロー風の住宅が何軒か集まった地域で、マドックスのダウンタウンから5分ほどのところにあった。暗色のレンガ造りの家は手入れが行き届き、芝生もきちんと刈り込まれていた。感じのいい住宅街だ。ぺラムはトニー・スローンの要望にぴったりの住宅を探していたときに、たしかこの通りを走ったはずだ。近くにある高速道路はいつもいらだつほど渋滞していて、辺りには排気ガスが充満していた。そして、半ダースのレンガ造りの煙突から出る黄色い煙が庭にたれこめていた。
ペラムはヤマハを降りた。家の前で立ち止まり、住所を確認した。ドライブウェイには前に白いニッサン、後ろにイリノイ州のナンバーをつけた、茶色いマーキュリーのワゴンが停めてあった。
正面の小さな庭には、花の咲く植物の残骸があった。大半が茎ばかりでわびしい感じがした。ペラムはガーデニングのことは何も知らなかったが、もしここが自分の庭だったら、いくらか、常緑樹を植えていただろう。もう一つ気づいたことがあった。ほかの家の庭には三輪車やおもちゃがあったが、この家の庭にだけそれがなかった。』
--COMMENT--
 ロケーションスカウトのジョン・ペラム・シリーズの第二作であり、ミズーリ州のさびれた街マッドクスが舞台となる。ポーカーの集まりのためビールを買って店から出たところで、何者かにぶつかり、そこから犯罪者につけねらわれる。引用した部分は、そのとき狙撃さたれ警官の家を訪ねるシーンで、なにやらまっとうではない?!雰囲気が漂ってくる。
 そのヤマハは後段でこんな風に説明されていた。<銀色のバーで、黄色いフェンダーが高く、マッドガードとくぼみや走りにくい街のりを楽に走行できるロング・ショックを兼ねていた>〜なにやら訳がわかりにくい。(2004.2.23)

悪魔の涙フォード・エクスプローラーTHE DEVIL'S TEARDROP, (C) 1993土屋晃訳 文芸春秋 2000

『グレイヴズエンド。
パーカーとケイジをのせた車は窪みにタイヤをとられて弾むと、ゴミの散乱する通りの縁石に寄って止まった。燃やされたトヨタのボディが、皮肉にも、消火栓にもたたれるよう に放置されている。
二人は車を降りた。ルーカスは自分の赤いフォード・エクスプローラーを運転して、すでに指定した空き地に到着していた。両手を形のいい腰にあて、あたりに目を配っている。糞尿と燃えた木、そしてゴミの臭いが強烈にただよっていた。
パーカーの両親は、父が歴史の教授を退いてから世界を旅するようになり、あるときトルコはアンカラのスラムに迷い込んでいた。筆まめな母から、その様子を伝える手紙が届いたはいまも忘れずにいる。両親が世を去るまえにもらった最後の手紙だった。パーカーはそれを額に入れ飾っていた。
 ここの人たちは貧しいのです。そして人種の違い、文化、政治、宗教といったことよりも、その貧しさこそが彼らの心を石に変えてしまうのです。
パーカーは荒廃した風景を見ながら、そんな母の言葉をかみしめた。』
--COMMENT--
『コフィン・ダンサー』の次の作品であるが、リンカーン・ライム・シリーズではなく、元FBIの科学捜査(文書検査士)官パーカー・キンケイドが、連続無差別殺人予告の犯人に迫る。定番の、大晦日の9時から1月1日の10時まで時間を追うシナリオに加え、次から次へ繰り出される逆転"ローラーコースター・ストーリー・テリング"の真骨頂が味わえる。
 上記以外にも犯人がトヨタに乗るシーンがあり、《毎日、みんなのトヨタ》という多分米国で流れるCMが引用されていた。ディーヴァーは、トヨタ好きなのかな?? (2004.3.3)

魔術師カマロThe Vanished Man, (C) 2003池田真紀子訳 文芸春秋 2004

『市警本部からセンター・ストリートに出て、カマロの周囲をぐるりと歩きながら車のわき腹と前部をながめ、ハーレムでレッサーの車と衝突したときに食らったダメージの度合いを確かめた。
 哀れな愛車をもとの姿に戻してやるには、どうやら大掛かりな修理が要りそうだ。
 むろん、車をいじるのはお手のものだった。どのネジやボルトの位置も頭の形も長さもトルクも、すべて頭のなかに入っている。ブルックリンの自宅ガレージには、自分でだいたいの修理をするのに必要な板金用プラーや丸頭ハンマー、グラインダーといった工具がおそらく全部揃っている。
 とはいえ、板金作業にはあまり気が乗らなかった。退屈に思えた――ファッションモデルの仕事が退屈だったのと同じように、あるいは、ハンサムで自惚れ屋の"バンバン"巡査とのデートがきっと退屈なのと同じように。精神科医の真似事をする気は無いが、たぶん、彼女の心のどこかに、表面を飾ること、体裁を繕うことに対する嫌悪がひそんでいるのだろう。アメリア・サックスにとっての車の本質とは、その心臓と熱い魂だった――ロッドやピストンが刻むたぎるようなリズム、ベルトが回転する軽やかな音、重量一トン超の金属と革とプラスティックの塊を純粋なスピードに昇華させるギアの正確なキス。』
--COMMENT--
 待望のリンカーン・ライム & アメリア・シリーズ第5作、イルージョンの世界を題材にした壮大な連続殺人犯を追いつめる全500ページもの迫真のストーリー。マジック、サーカス、トリックなど本当によく調べ上げてミステリーに織り込んでいく力技は敬服ものだし、細部のプロット間に破綻がないのも、さすがディーヴァーの円熟ぶりがうかがえる。
 "黄色のシボレー・カマロ"は、シリーズ第1作の『ボーン・コレクター』からずっと登場していてお馴染みで、物語のエンディング部分から引用した。事件を解決し、刑事へなんとか昇任して、警察業務への意欲を一段と固めるアメリアが、自分と自分の分身でもあるカマロについて想いをはせるシーンである。次作では"赤のカマロ"になって登場するようだ。  その他、アメリアの車にぶつけて逃走する殺人犯の"タン色の2001年型マツダ626" が何回かでてくる。(2005.6.30)

獣たちの庭園アウト・ウニオンGarden of Beasts, (C) 2004土屋晃訳 文芸春秋 2005

『白まがいの麻の三つ揃いを着て、口ひげをたくわえた中年男が助手席から降りると、かなりの目方を逃れた車が数センチ浮き上がった。男は薄いごま塩の髪を後ろになでつけた頭にパナマ帽をのせ、海泡石のパイプから燻る煙草を落とした。
 つかえて咳き込むように回っていたエンジンが止まった。黄色くなったパイプをポケットに入れたヴィリ・コール警視は、乗ってきたその車を腹立ちまぎれに見返した。SSやゲシュタポの捜査陣はメルツェデスやBMWを使っている。ところが刑事警察のクリポには、コールのような古参でもアウト・ウニオンの車があてがわれた。しかも四連の環がアウディ、ホルヒ、ヴァンダラー、DKWという四社を表すこの共同企業体の生産で、コールのところにまわってきたのは、なにより質素な二年落ちの車種だった。…彼の車はむろんガソリンを燃料に走るのだが、DKWとは蒸気自動車の略なのである。
 コンラート・ヤンセンは警視を志す近ごろの若者らしく、ひげもなく無帽で、運転席から降りると緑色の絹を縫製した両前の上着のボタンを留めた。トランクから書類鞄とライカのはいった箱を取り出した。』
--COMMENT--
 1936年のベルリンを舞台にした、ディーヴァーとしては珍しいノンシリーズ歴史フィクション。ナチス高官暗殺のため送りこまれるアメリカ人殺人請負者と、その姿を追うベルリンの警視の二人が主人公となるが、ディーヴァーものの緻密なストーリーの組み立てというよりは、歴史ものゆえにやけに本で調べたようなもっともらしい解説(上記引用の“四連の環”のような)ばかり目について興ざめ。
 本書カバーには、ワルサーP38が描かれているのだが、本文には、拳銃としてはルガーだけが何度も登場する。まぁ目くじらをたてるほどのことでもないけど…(2005.12.21 #389)

死の開幕スチュードベイカーDeath Of A Blue Movie Star, (C)1990越前俊弥訳 講談社 2006

『21丁目通りにある<L&Rプロダクション>のオフィスで、ルーンは冷蔵庫からビールを取り出した。ケンモアの古い冷蔵庫は、ルーンが以前から大好きなものの一つだ。扉には、1950年型スチュードベイカーのラジエーター・グリルに似た格子型の細工がされ、潜水艦のハッチを思わせる銀色の大きな取っ手がついている。
 受付の机の向こうにかかっている古びた鏡に目をやると、オフィスの蛍光灯に照らされた自分の姿がくすんだ深緑色に見えた。恐竜のシルエットがプリントされた赤いミニスカートをはき、白と濃紺のノースリーブのTシャツを重ね着している。栗色の髪をポニーテールにまとめ、そのお陰で丸顔がいくぶんか細く見える。腕時計のほか、アクセサリーを三つ身につけている−胸元には両剣水晶のペンダント、片耳にはエッフェル塔の形をした金メッキのイヤリング、腕にはふたつの手が握り合った形の銀のブレスレット。ブレスレットは、一度壊れてハンダで修理したものだ。けさ簡単にすませた化粧は、8月の午後に汗だくになって、31丁目通りの給水栓から吹き出る水に顔をつけたせいですかり落ちている。なんにせよ、化粧はあまり好きじゃない。たいして気を遣わなくても、なんとかなっていると思う。入念に顔を作ったりしたら、かっこよさが野暮ったさに、上品さがいやらしさに化けてしまう。』
--COMMENT--
 待ちに待ったJ.ディーヴァーの初期のルーン・シリーズの訳出2作目。夢見るマンハッタンの不恰好そうでくじけないルーンが、突然遭遇した爆破事件からヒントをえてドキュメンタリー・フィルム制作を思い立ってしまう。彼女のキャラクターがとっても素晴らしいし、初期作品でも、ディーヴァーものはとことんストリーに引き込ませるパワーが溢れているなぁ。
 車はあまり登場しないが、唯一出てきたスチュードベイカーのところ引用しました。ルーン・シリーズ最後のHard News(1991)もぜひ翻訳版をだしてほしい!!  (2007.2.3 #459)

12番目のカードカマロThe Twelfth Card (C) 2005池田真紀子訳 文芸春秋 2006

『荒ぶるエンジンの鼓動を感じながら―それは両手両脚、それに背中まで震わせていた―アメリア・サックスはスパニッシュ・ハーレムに向けて車の速度を上げた。ギアが3速に入る前に、スピードメーターの針は時速100キロを指そうとしていた。
 プラスキーが襲われ、殺し屋はローランド・ベルの車に何らかの装置を仕掛けたという無線連絡が入ったとき、サックスはライムのタウンハウスにいた。すぐさま階段を駆け下りて1969年型のカマロのエンジンをかけ、イースト・ハーレムの襲撃現場へと急いだ。
 青信号はうなりをあげて走りぬけ、赤信号では時速50キロ程度に減速した―左を見て右を見てシフトダウン、アクセルを踏み込め!
 10分後、カマロは尻をふりながら、一方通行の出口から東123丁目に飛び込んだ。』
--COMMENT--
 リンカーン・ライム & アメリア・シリーズ第6作は、ハーレムの女子高校生が博物館で何者かに狙われ、その犯人を追っていくと140年前の公民権運動にまつわる秘密に遡っていく。  ちょっとした未遂事件なのに早々に大御所リンカーン・ライムが登場するのはいかにも不自然だったり、執拗に狙われる割には当該の少女があっけらかんとしていたり…いまいちジェットコースター風ではなかった。
 引用のとおりアメリアはカマロで大活躍?大暴走―なお、前作予告の通りカマロは赤のものに変った。他にはビュイックなど警察車両と、犯人のしゃべる話に、久方ぶりに耳にするトヨタ・スープラが登場。(2007.3.1 #461)

ウォッチメイカーベージュ色のSUVThe Cold Moon (C) 2006池田真紀子訳 文芸春秋 2007

『「やつら、死ぬのにどのくらいかかった?」
そう尋ねられた男は、その言葉が聞こえていないかのような顔をしていた。またしてもリアビューミラーを確かめながら、運転に全神経を注いでいる。時刻は真夜中を回ったところ、ロウワー・マンハッタンの通りは滑りやすくなっていた。寒冷前線が空の雲をさらって去り、少し前まで降っていた雪はアスファルトを覆う氷の薄膜に変った。
 二人の男はがたのきた<バンドエイド・モービル>を走らせている。それはベージュ色のSUVに"口達者のヴィンセント"がつけたニックネームだ。車は数年落ちのモデルだった。ブレーキは調整したほうがよさそうだし、タイヤも交換が必要だろう。とはいえ、盗んだ車を修理工場に持ち込むのは、あまり賢明なことではない。とりわけ、ごく最近その車に乗った二人がいまや殺人の被害者になっていることを思えばなおさらだ。』
--COMMENT--
 リンカーン・ライム・シリーズ第7作の本書は、ご存知『このミステリーがすごい!2008年』海外第一位、『週刊文春ミステリベスト10−2007』海外第一位…と大評判というだけあって、ちょっとサービスしすぎじゃないの?!と思えるほどの逆転また逆転と最後まで気が抜けない。また、ライムよりも、サックスと、ロスからちょうどNYに来ていた女性尋問専門家が活躍している。このキネシクスという尋問科学がとても新鮮でうまくストーリーの展開に役立っている。
 引用は、連続殺人犯と仲間が本書の冒頭に登場する車のシーン。サックスが捜査チームの若手に貸す、ご自慢"真っ赤なカマロ"(心配なので、マニュアル車がドライブできるか事前に訊いたり…)、犯人グループが次に盗んで使うビュイック・ルセーブラ("ルセーブル"のほうが一般的表記か)など。(2008.2.18 #534)

スリーピング・ドールトーラスThe Sleepig Doll (C) 2007池田真紀子訳 文芸春秋 2008

『モンテレーからサンノゼに行くルートは二つある。曲がりくねる海岸線をひたすら忠実にたどるハイウェイ1号線でサンタクルスをぬけ、めまいを起こしそうな17号線に入って芸術家の街ロスガトスを経由してサンノゼへ…ロスガトスでは、民芸品やクリスタルやお香や、ジャニス・ジョプリン風の絞り染めのワンピースなどが買える。
 または、ハイウェイ156号という近道を使って101号に入り、公用車なのをいいことに、ガソリンを盛大に浪費してかっ飛ばせば一時間とかからずサンノゼへ到着だ。
 キャサリンは二つ目のルートを選択した。…中略… トーラスは時速150キロで世界のニンニクの首都ギルロイを一瞬のうちに通り抜けた。アーティチョークの首都カストロヴィルもこの近くだ。ウィンドウの外を、まるでどしゃ降りの雨のように見えるトマト畑とマッシュルーム農園ばかりが流れていくワトソンヴィルもすぐだ。ダンスはそういった町を愛していた。』
--COMMENT--
 前作『ウォッチメイカー』で登場したカリフォルニア州捜査局の「キネシクス」分析の第一人者キャサリン・ダンス捜査官が主役。容疑者や尋問対象の表情・動作、言葉遣いから、かくされた嘘を見抜く捜査手法が全編に渡って駆使されており、これまでの、とことん物証にこだわるリンカーン・ライムと鮮やかな主題変わりだ。舞台がカリフォルニアのモンテレーとこれまでの東海岸の暗いイメージから一転して、引用のような明るく観光案内にもなりそうな!!シーンがたくさんある。もちろん、ハイスピードなストーリー展開と、やりすぎとも思える<読者サービスの>どんでん返しに次ぐどんでん返しがたっぷり用意されて500ページもあっというまでした。
 書き抜きは主人公が捜査局のトーラスで移動するシーン…「アメリカの公用車=トーラス」はポピュラーしぎて、トーラスってマイカーでは使ってはいけないぐらいのイメージがあるなぁ。郡留置場から脱走した犯人と同行者が盗む車がたくさん…"5年落ち赤のホンダ・シビック"、青紫色のサンダーバード、"バンパーに地球温暖化を食い止めようってステッカーを貼った紺色のフォード・フォーカス"、黒のトヨタ・カムリ、新型レクサス、インフィニティなど。主人公の自家用車はパスファインダー(ニッサンでしょうね)、主人公と親しい保安官代理のボルボ、スリーピング・ドールの家の白のSUVエスカレード、ノンフィクションライターのビュイック、主人公の母(病院看護士)のプリウス、犯人の昔のファミリーの一人の紺色のアキュラなどなど…向こうの読者は全部登場車がわかるんですかね??と思えるほど多様なクルマがごまんと!出てくる。 p.s.植物好きのダンスが見た花で何度も登場したのはガーデニア(くちなし)。ちょっと気づいた本書2箇所の些細なミス:p.412一行目の「リンダ」は「レベッカ」のはず…翻訳ミスかしら、p.515下段中ごろ「…ルビーがオズワルドを殺しても、どこからも不満の声はあがらなかっった」…校正ミスでしょう。(2009.2.3 #581)

ソウル・コレクターシボレー・カマロSSThe Broken Window (C) 2008池田真紀子訳 文芸春秋 2009

『愛する1969年型シボレー・カマロSSはたしかに見つかった。
だが、警察も把握していなかったらしい重大な事実が一つあった。車はスクラップ工場に売り払われていたのだ。ローン支払延滞のペナルティとして没収されただけではすまなかった。サックスとパムがいるそこは、古いオイルとごみ焼却炉から立ち上がる煙の臭いが立ち込める工場だ。スコセッシ監督の映画、あるいはドラマ《ザ・ソプラノズ/哀愁のマフィア》のセットといっても通りそうな場所。やかましくてあさましいカモメが何羽か、近くでホバリングしている。
 長方形につぶされた金属の塊―それが十代のころからサックスが愛してきたカマロのなれの果てだった。父から受け継いだ大切な形見三つのうちの一つ。ほかの二つは、芯の強さと、警察官という仕事への愛だ。』
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 リンカーン・ライム・シリーズ第8作は、すべての個人情報を統合する巨大データベースを悪用する連続殺人犯を追う。一人一人の行動がすべて監視管理される恐ろしい社会システム(身近にも感じられるけど)について、克明な取材がされ迫真・怒涛のドラマになっている。本書の11ページ(p447〜458)わたってリストされる統合された個人情報インデックスは、それこそ現在の情報システムでも収集され得るデータばかりでゾーとしてしまう。
 引用はサックスの愛車カマロが、データ捏造によって回収され遂にスクラップになってしまうシーン。次作にどんなクルマが登場するのか楽しみ…サックスが面倒みている高校生から提案された"クールなプリウス"にはならないことだけははっきりしていそう。(2010.4.22 #630)

ロードサイド・クロスポリス・インターセプターRoadside Crosses (C) 2009池田真紀子訳 文芸春秋 2010

『覆面の大型セダン―フォードのポリス・インターセプターを病院に向けて走らせた。ポリス・インターセプターは、レーシングカーと戦車を足して二で割ったような乗り味の車だ。とはいえ、最高速度まで出してみたことは一度もない。もともと運転が巧いほうではなく、必須とされている高速追跡訓練もサクラメントで受けたものの、ほかの車を追跡してカリフォルニア中部の曲がりくねった道路を飛ばしている自分の姿など、とても想像できなかった。
 そう考えたとき、ブログで見た写真がふと脳裏に蘇った―6月9日にハイウェイ1号線で起きた悲劇、いま進行中の第二幕のきっかけとなった最初の悲劇の現場に捧げられた十字架の写真。』
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『スリーピング・ドール』に続く、キネシクスの第一人者キャサリン・ダンス捜査官シリーズの2作目。交通事故を起こして同じ高校の女子学生二人を死なせた少年が、社会正義を標榜するブログ上でバッシングされた後、その関係者が何人も殺害される。ブログなりゲームに取りつかれる現代人に警告を発している点は興味もあったが、少年によるとされる殺人がいとも簡単に続いたり、危機一髪が3-4回も助けが入って救われる点、これでもか!これでもか!と変わる犯人像など、面白さを削ぐ粗いストーリーにはがっくり。
 引用はダンスが母に預けている二人の子どもを迎えにいくシーン、ダンス自身の車は前作に引き続きニッサン・パスファインダー。女子高校生がトランクに押し込まれ殺されそうになるカムリ、少年が事故を起こしたニッサン・アルティマ、著名ブロッガーのレクサスとニッサン・クエスト、コンピューターに詳しい大学教授のアウディ、ダンスを支援する刑事の妻のレクサスなどが出てくる。何故かニッサン車が多く、トヨタ車はマイナスイメージ・オーナーばかり。米国での大規模リコールが影響しているのか? (2011.4.18 #682)


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