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Doiron, Paul /ポール・ドイロン

森へ消えた男プリマスThe Poacher's Son (c)2010山中朝晶訳 早川 2010

『十分後、チャーリーがH・Bフリント自動車整備場の薄暗い車庫から、鍵束を鳴らして出てきた。彼に続いて建物に入ると、雑草の生えた敷地に壊れた車ばかりが現代美術の野外展示か何かのように並んでいる。ここにある車の残骸はどれも動くとは思えず、とりわけチャーリーが指さした古いプリマスは最も見込みがなさそうだった。車体はかって赤か栗色だったのだろうが、今はもう錆と接合材に覆われてわからない。
「フリントが言うには、シマリスが排気管に巣を作っていたそうだ」チャーリーが言った。
「エンジンを点火させたら後ろから飛び出してこないか、気をつけて見ていてくれ」
「リスが木の実を集めに出ていることを祈りましょう」シートベルトを締めようとしたが、留め金の下でベルトが切れてしまった。ぼくは仕方なく自分で結んだ。
 チャーリーがキーをひねると、プリマスは咳き込むような音を立てて車体を震わせたものの、それきりで止まってしまった。もう一度試したら少し排気ガスが出たが、やはり動かなかった。三度目でようやく車は目を覚まし動き出した。』
--COMMENT--
 C.J.ボックスのワイオミング州猟区管理官ジョー・ピケット・シリーズに対抗するかのように、今度はメイン州の猟区管理官マイクが登場。米国では森林監視員レンジャーとならんで、この手の主人公が活躍するストーリーが人気ありそう。殺人容疑者となった密猟者の父の無実を信じ懸命にその容疑を晴らそうとする新人管理官。筆者自身もメイン州のガイドを務めるとあって、自然とのふれあいや、描写はなかなかのもの。ただし、主人公の真面目すぎる性格を反映してか、物語の展開も実直一方で硬い印象。まぁ、デビュー作なので仕方ないかなぁ。
 引用は、今は退職した猟区管理官チャーリーと出かけるシーン。この先輩は湖水地帯をパイパー・スーパーカブで飛びまわるパイロットでもあって魅力的な人物として描かれている。親子の釣り人のシボレー・サバーバン、上級管理官が熊用の罠を運ぶGMC、別居する妻の赤いスバルなど。ほかに、保安官事務所の女性職員の口紅について《メアリーケイのキャディラックと同じ色》という記述もある。注がついていて…同化粧品会社が優秀な販売員に贈呈するピンク色の車だそう、アメリカ人なら常識なのかしらね。(2010.11.14 #662)


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