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DUNNING, JOHN /ジョン・ダニング

幻の特装本ナッシュThe Bookman's Wake (c)1995宮脇孝雄訳 早川書房 1997

『希望に添う車は、二十分ほどの距離にある下宿屋の裏の寂れた修理工場で見つかった。車種は50年代に製造されたナッシュ。こんな古い車を買うのは初めてだった。車体は錆びているが、エンジンは軽快な音をたてていた。売り手の若い男によれば、三、四年前にエンジンを付け替えたのだという。高く売りつけるつもりらしく、クラシック・カーなので四百ドルはほしい、と男は言った。近頃の車は一年たてばクラシックになる。私は三百ドルに値切った。
「だって、女の子をなんぱするのにはちょうどいいんだぜ」と男はいった。
「シートは、ほら、こんなふうに倒れてベッドになるし、五段階に傾斜がつけられるんだ」
私は冷たい目で相手を見つめ、おれが五段階に傾斜するベッドを必要としているように見えるか、と反論した。男はにやりと笑った。
「早い話が、老人病院まで行ければいいてことか」私達は、それ以上何も言わず、三百五十ドルで手を打った。』

--COMMENT--
前作『死の蔵書』の続編で、元警官だったデンバーの古書店主クリフが、この世には存在しないとされた特装本にまつわる事件に巻き込まれていく。古書コレクター、版元、著者などのマニアックな世界が語られるので、本好きにはたまらなく面白い。「このミス 98」で10位にランクインしたのもうなずける。登場する車も、かなり古いものだった。(1998/07/12)

名もなき墓標プリマスのワゴンDEADLINE (c)1981三川基好訳 早川書房 1999

『ジョアン・セイヤーズは彼を無視した。拳銃を無造作に膝の上におくと、布のバッグの口を開いて、分厚い札束をいくつか取り出した。金をビリーに渡すと、彼女はウォーカーに車のキーを出せと言った。「さ、手早く、きれいにすませましょう。簡単なことだから。ビリーが町に行って車を買ってくるわ。
ビリーはキーを受け取り、金をポケットにつっこんだ。
「いい車をみつくろってよ」ジョアンは言った。「ステーションワゴンか何か、十分スペースがある車。ステーションワゴンはお好き、ウォーカーさん? それから、スノータイヤを買ってきて。今頃の中西部を走るのは楽じゃないは」・・
ふたたび車の旅が始まった。車は薄いブルーのプリマスのワゴンで、走行距離は1200マイルだった。』

--COMMENT--
『死の蔵書』『幻の特装本』よりも以前に書かれたものだが、小さな事件からつぎつぎに拡がる謎を追うストリーテラーとしてのダニングの面白さに引き込まれました。トリビューン紙記者ウォーカーとアーミッシュの娘が元過激派運動家の女性セイヤーズに捕らわれ、FBIに追撃されるシーンなど、まさに手に汗の迫真! 私が好きな、楽しい会話、地元への愛着、主人公のこだわり、の条件を満たすミステリーではないが、純粋に着想・ストーリーで読ませる部類だ。上記は、ニュージャージーからシカゴへ、車を乗り換えながら逃避行するシーン。セイヤーズがもっていた車は、"1950年代の緑の古いフォード"としてでてきていた。それにしても、ジャック・ヒギンスばりの邦訳タイトル「名もなき墓標」って、あまりぴんとこないなぁ。(2000.1.23)

災いの古書GMCトラックThe Sign of The Book (C)2005横山啓明訳 早川書房 2007

『私も走った。足を滑らせ、道路まで滑り落ちる。なんとか間に合い、走り去っていくトラックを見ることができた。二人乗りの最新型のGMCで色は緑と黒、荷台は防水布で覆われ、オクラホマ州のナンバープレートをつけていた。エンジン音を轟かせながら、トラックは雪を激しく巻き上げて走り去る。私は道路脇の溝の中にかがみこみ、ナンバープレートを読み取ろうとしたが、最後の3文字しか見えず悪態をついた。私も彼らのあとについて山を下る。…中略…
 5時だと。あっという間に暗くなる。長年コロラドに住んでいるので分別はある。冬場に人里は慣れた山の中をトラックで走るのは無謀というものだ。四輪駆動とはいえ、この道を一人進むのはきわめて危険だ。自殺するのなら、もっと楽な方法はいくつでもある。ガソリンの残量を確認する――まだ四分の三は残っている──私は背後に残してきた古書に手を振ると、南へ向かった。これが人生さ。』

--COMMENT--
 古書店主クリフ・シリーズ第四作は、恋人の弁護士エリンに頼まれてコロラド・ロッキー山中の町で起きた稀覯本コレクターの謀殺事件を調査する。怪しげな本を扱う3人組を追って出かけたバーバンクの古書フェアの雰囲気などが詳しく書かれていて楽しい。主人公が好きな本にまつわる事件とはいえ、自分の店を長期間任せっぱなしでもよい元警官って、ずいぶんと都合の良すぎるプロフィールではある。
 上記引用のGMCは不審な古書業者のトラック。クリフ自身の車については、本書では車名は出てこなかったようだ。舞台となったコロラドの小さな村パラダイスへは、デンバーから西南のフェアプレイ〜ポンチャ・スプリング〜ガニソン(以上は実在地名)を経由してさらに南下した処となっているが、GoogleMapを調べても見つけられないので架空らしい。ロバート・B・パーカーの「パラダイス警察署長ジェッシー・シリーズ」の"パラダイス"はマサチューセッツの設定だし、スティーブ・ハミルトン『ウルフ・ムーンの夜』と『氷の闇を越えて』ではミシガン北岸の片田舎"パラダイス"が登場する。ミステリ作家ご愛用の地名ではある。(2007.10.8 #515)

失われし書庫ポンティアックThe Bookman's Promise (C)2004宮脇孝雄訳 早川 2004

『この国は数字が支配する憂鬱な管理国家になってしまったらしい。番号がわかればその人間のすべてがわかる。サリヴァン島のアーチャーの住所と電話番号とがわかった。社会保障番号や自動車のナンバーもわかった。
 彼が乗っている車は青いツートンカラーのポンティアックで、ピュリッツアー賞をとったときに新車で買ったらしい。だが、信用調査では、意外な結果が出た。その車は85年に代金未払いで回収されそうになって、去年、また回収屋のお世話になっている。ピュリッツアー賞で羽振りがよくなったとしても、長くは続かなかったらしい。アーチャーはもう一冊本を出さなければならない。それも、売れる本を。』

--COMMENT--
 古書店主クリフ・シリーズ第三作は、イギリスの探検家リチャード・バートンがアメリカ南部を訪ねたときの幻の手記を巡っておきた事件を追う。史実を元にした歴史フィクションとしてはよく出来ているものの、登場人物が平板というか面白みがなく読み進めるに忍耐が必要だったね。
 そんなことから引用も短めm(__)m 他には、クリフのところに尋ねてくる老婦人が乗る"60年代中期の名車フォード・フェアレーン"が他に登場するぐらい。(2007.10.25 #517)

深夜特別放送エセックスTwo O'clock Eastern Wartime (C)2001三川基好訳 早川 2001

『ケンダルとふたりで金をため、75ドルで車を買った。12年前の型の真っ赤なエセックスだ。ちゃんと聞こえるラジオがついている。暖かい日曜日の夜、彼らは仕事を探しに車で北に向かった。道中、薄汚い恋愛ドラマを聞き、次にはるかかなたシンシナティから送られてくる女性だけのオーケストラの演奏を聞いた。それはWLWの放送だった。
 ケンダルは言った。「全宇宙で最高のラジオ局だ。デイトンじゃ、クソをしてトイレの水を流したら、WLWが聞こえてくるんだぜ」
 デュラニーが驚嘆したのは、その多様性、その幅の広さだった。すばらしい番組があると思うと、次には聴いて耳が痛くなるようなくだらないものが放送される。いいものも悪いものも、とにかく途切れなく流れてくる。ラジオはまるで山火事のように素材を食い尽くしている。言葉を薪のようにどんどん燃やしている。』

--COMMENT--
 第二次大戦のさなか、怪我で徴兵を免れたデュラニーがアメリカ各地を放浪しながら作家を目指しラジオのシナリオライターとして名を挙げていく。その間に、心の恋人ホリーの身辺の事件にまきこまれていく。放浪中にケンカがもとで逮捕・収監されてしう下りはジョー・ゴアス『路上の事件』を思わせる。
 訳者三川基好さん(2007年ご逝去)のファンながら、なんとも話の向きがつかめず残念ながら途中でギブアップm(__)m (2007.11.25 #522)

愛書家の死スポーツカーThe BOOKWOMAN'S LAST FLING (C)2006横山啓明訳 早川 2010

『日が暮れようとするころ、キャロルはやってきた。庭に車が停まった。レンタルのスポーツカーはフロントガラスの下に、特別あつらえの図書館ナンバープレートが立てかけられていた。"ブレイクリー4" しゃれたグレーのスーツに、やはりグレーのスナップブリムをかぶっている。ダンディな外見に私は驚いた。どういうわけか、いつもキャロルのことをわたしと同じやさぐれ男だと思っていたからだ。だから、電話でも気楽に話ができたのだろう。ブレイクリー図書館の建設にはそうとの金がかかっているはずなのだが、わたしたちは対等な言葉使いで話をした。
 さあ、いよいよご対面だ。キャロルは急ぎ足で玄関へ歩いてきて、バルコニーの張り出しの下に姿が見えなくなった。わずかな間のあと、ノックの音が響いた。』

--COMMENT--
 古書店主クリフ・シリーズ第五作は、20年前に亡くなった馬主の妻の蔵書から盗まれた稀覯本の調査を頼まれ、競馬場で働きながら、その不審な死を追う。元警官で今は古書の鑑定家、はたまた競馬好きで馬丁の仕事もばっちり…とちょいと出来すぎの主人公のわりに、ピント外れの捜査ばかりで最後にポロリとかなり無理のある犯人が登場と粗いストーリー。前半は稀覯本ミステリ、後半はD.フランシスばりの競馬ミステリと、両方楽しめますが…。意味がつながらがらない訳出箇所が多いのも気になるところ。
 引用は結末近くの部分。レンタカーに<図書用ナンバー>をなぜ掲示するんでしょうかね? 牧場主の息子キャメロンのビュイック8(スティーヴン・キングの『回想のビュイック8』2002を思い出しますね。Google画像検索)、クリフが乗るレンタカーのシボレーなどがでてくる。(2011.1.4 #670)


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