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ELKINS, AARON /アーロン・エルキンズ

暗い森VWラビットTHE DARK PLACES, (c)1983早川,1991

『ここで一日中勉強し、早めにベットに入って、明朝四時頃出かけた方がいい。そうすれば、まだ日の高いうちにフィンリー・クリークに着ける。うん、その方がずっといい。ギデオンは地図をたたんで、冷えたトーストをもう一口かじって、ヤヒ語の辞書を持ってきた。
 夕方近くなって彼の頭は奇妙な単語ではちきれそうになった。あと一語でも詰め込んだら大爆発を起こしてしまいそうだった。ぐったりしたギデオンは本を閉じ、伸びをしてから、ハムとチーズでサンドイッチを作った。それを流しの前に立ったままかぶりつき、脳味噌を空っぽにして、牛乳で流し込んだ。
 そのあと頭からポンチョをかぶり、雨の中をフォルクスワーゲン・ラビットまで走り、十マイル離れたシーキムまで濡れて黒く光る道をドライブした。探検用の備品の調達だ。
 雨蔭の神々のお出ましだった。シーキムの真上で厚い雲に丸い青い穴がぽっかりと大きく開き、そこから陽光が筋になって差し込むのが見えて、通りは黄褐色の光で溢れていた。ティエボロのフレスコ画の世界だ。穴からバラ色の胸の羊飼いの娘が顔をのぞかせ、イースト・ワシントンとシーキムの街灯のてっぺんで丸まるとした天使が二人ばかり飛んでいれば、完璧だった。』
--COMMENT--
最近手にして、とても面白いのでこの“スケルトン探偵”シリーズ(6作が翻訳発行)を読みあさっている最中。
古い人骨から事件の謎ときをするという変わったアプローチながら、正統的なミステリーの構成をとっており、かつ冒険小説のタッチがとられている。
 人類学教授の車としては、ラビットはもっともな選択。ワシントン州の国立公園奥ふかくにキャリフォルニア・インディアンが残っている兆候があり、探しにいく前のシーン。(93/06)

一瞬の光ポルシェA GLANCING LIGHT, (c)1991早川,1993

『わたしは部屋に施錠し、カルヴィンと歩いてフォー・シーズンズの屋根つきの駐車場まで行った。カルヴィンは自分の車を断固としてここに置いていた。ほかの職員はみな美術館の駐車場を使っている。カルヴィンはいかにもポルシェを乗りまわしそうなタイプで、事実、ポルシェに乗っていた。もっとも彼は、この方が安上がりだから、と真顔で言い張る。これで四台目になるが、前の三台はそれぞれ買ったときより高い値段で売ったのだからと。私たちは五番街に乗りだし、遅い車の流れに混じってのろのろとマディソン街まで行き、そこで右折してアラスカン・ウェイへの急坂をがたがた揺れながら小刻みに下って行った。
 「まったく」カルヴィンはいった。「渋滞が日増しにひどくなるな。これもみな、きみらみたいなよそ者が増えたせいだぜ。こういう走りは、ぼくのポルシェにはすごくこたえるんだ」カルヴィンにとって、ぼくの車、あるいは、ぼくの自動車、なるものは存在しない。ただ、ぼくのポルシェ、あるのみだ。
 「ぼくはサンフランシスコから来たんだが」わたしはいった。「ぼくからみれば、日曜日に田舎をドライブしてるって感じだけどね。ねえ、カルヴィン、あれはどういう意味だい、その男がイタリアから古い絵画を輸入しているというのは?法律で禁じられているのに。古い絵画は、政府の特別な許可がない限りイタリア国外には持ち出せない」』
--COMMENT--
「偽りの名画」につづく美術館学芸員ノーグレン・シリーズ第二作。
エルキンズはスケルトン探偵ギデオン・オリヴァー教授の方がより知られているが、こちらのノーグレン・シリーズもルネサンスおよびバロック部門の絵画学芸員として存分にその専門知識でイタリア・ボローニャでの大がかりな名画盗難事件を追うことになり、その博識ぶりには驚くばかり。
 上記のシーンはその事件のきっかけになる絵を鑑定しにいく同僚カルヴィンのポルシェぐるいについてふれた部分。(94/05)

楽園の骨シビック、インフィニティTWENTY BLUE DEVILS (c)1997早川,1997

『ニックは石目模様のダッシュボードに手を走らせた。「で、これは何だ、ホンダか」6フィート2インチのジョンより半インチ低いニックだが、手足が長く、ぶらぶらしているために、助手席に乗り込むのに、心持ち身体を折り畳むようにしなければならない。マギーとネルソンは、ルディを間にはさんで後ろの席に座っている。 「そうですよ」ジョンはそう答えながら、小さな駐車場を出て、長い蛇のような形のホイッドビー島を縦断するハイウェイ525号線めざして、南に進路をとった。霧と雨が半々の典型的な11月の天気だったから、ワイパーのスイッチをいれた。「89年型シビックです」
「次に買う車は何がいいか教えよう。インフィニティJ30だ」
「どうして、インフィニティなんですか、伯父さん」
「どうしてかって。文明世界で最も優れたコーヒー・ホルダーをつけているからさ。普段は見えないにに、ボタンを押すと、コンソールのちょうどてに届くところから出てくるんだな。私はそのインフィニティに乗っているよ。大きなカップが二つ置ける。」
 いかにもニックだ。新しい車を買うとき、タイヤを蹴らずに、コーヒー・ホルダーをチェックする。根っからのコーヒー好きなのだ。「値段のほうはどうなんだろう」
「アメリカでか? 4万ドルぐらいじゃないかな。タヒチよりはるかに高いよ」
 ジョンは笑った。「ダッシュボードにくっつける2ドル95セントのホールダーを買って、あと2年このホンダで我慢しときます。おれは政府から給料をもらっているんです。パラダイス・コーヒーの従業員じゃない」』
--COMMENT--
 同じみ、スケルトン探偵シリーズ邦訳8作目で、舞台をタヒチに移してコーヒー農園での事件に挑む。いつもの如く、しゃれた会話と鮮やかな推理と謎ときに加えて、楽園ハイチの風土もよく描かれていて、あきさせない。日産インフィニティに、そんなすごいカップホルダーがついているんですかね? 農園では、トヨタの四駆ワゴンなんかも登場してきます。(98/03)

骨の島ランチアGOOD BLOOD (C)2003青木久恵訳 早川 2005

『「それから」と、ドメニコは滑らかに言葉を継いだ。「フランコ、おまえのランチアもだいぶ古くなってきたようだな。そろそろ新車に替えるのもわるくないんじゃないか。もっと大きなモデルなんかどうだ」ランチアも結婚祝いとしてドメニコがプレゼントしたものだった。<中略>
 フランコは肩をすくめた。彼は動物的な直感で力のバランスの変化を感じ取っていた。「ランチアですか。そうだな〜」彼は伸ばした自分の左足をしげしげと見た。「確かにいい車ですけどね。でもフェラーリのほうがねぇ……あれこそ、車の中の車ですよ」
 ドメニコは怒りを抑えた。けだものめが、自分の女房の身体を使わせる料金をつり上げようとしている。フランコにとっては道義的な信念、あるいは“イエス、ノー”の問題ではなくて、値段の問題なのだ。』
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 スケルトン探偵ギデオン・オリヴァーの翻訳10点目。どっかで読んだような感じだなぁと思っていたら『古い骨』のリメイクらしいが、それぞれ面白い登場人物と会話、食べ物・飲み物、北イタリアの風光明媚なマッジョーレ湖の景色に加えて、発見された白骨からの謎解きが毎度ながらとてもうまく出来ていてまさに上質なエンターテイメントだ。いわゆる暴力とか襲撃の場面が、名家の少年の誘拐シーンと、ギデオンが公園で襲われるシーンの二つだけと少ないことも上品さにプラスになっていそう。
 引用は、名家の当主が世継ぎの子どもを作ってもらおうと姪夫婦に頼むシーン。誘拐犯が警察を混乱させるために暴走させる"青いホンダ"、襲われる"グレーの1978年型ダイムラー"、憲兵隊大佐の"黒のフィアット"など。それと<ギデオンが走っているのを見たらタクシーと思って手をあげてしまうような>グリーンのラインが粋な白のフィアット・ミニハッチバックのパトカーが登場する。
 ギデオンが北イタリアを訪ねるのは、友人が企画引率する<カヤックと自転車でマッジョーレ湖とオータ湖をめぐる一週間のツアー>がきっかけになるのだが、こんなツアーも楽しそうですね。(2006.1.24 #397)

水底の骨ホンダのATVWhere There's a Will (C)2005嵯峨静江訳 早川 2007

『「ウィリー、おれたちはアクセルを捜しているんだ。彼は家にいるかい?」
「いいや、彼ならほかの連中と一緒に4番パドックにいる」
「牛に焼印をおしているのかい?」
「焼印、去勢、予防接種といろいろさ。春はなにかち忙しいんだ。そうだ、ここの床の補修はもうほとんど済んだから、パドックの様子を見てこよう。これから日本製のクォーターホースをとってくるから、それで一緒に行こう」
「日本製のクォーターホース?」ジョンがきょとんとした顔をした。「なんだいそれは?」
するといウィリーがにやりとした。「時代は変わったんだよ。クォーターホース―おれたちはホンダのATVのことをそう呼んでるんだ」
「ATVだって?じゃああんたたちカウボーイはもう馬には乗らないのか?」
「おれたちは毎日乗ってるさ。でもあんたの友だちのことを考えてね。彼は馬が苦手なんじゃないか?」
ギデオンは笑ってこたえた。「ええ、実はそうなんです」数年前にオレゴンで、彼は山道で馬から振り落とされ、暴れた馬に危うく踏み潰されそうになった。』
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 スケルトン探偵ギデオン・オリヴァーの第12作。10年前にハワイ島から飛び立ったまま行方不明だった軽飛行機が発見され、ちょうど島に来ていたギデオンが鑑定を頼まれる。そこから過去の事件が浮かび上がってくる。2001年に訪ねたことのあるハワイ島各所の風景が描かれていて懐かしかった。
 クルマといっても、北コハラの牧場で馬代わりに乗るホンダATVぐらいしか登場しない。ホンダATVは一人乗りのはずなのでどうやって3人も乗るのか不思議だった。引用より後の文章で、<実際には、6輪駆動の黄色のアルゴ…6人乗りのビーチバギーとトップレスのミニタンクの中間のようなユーティリティ>となっていて疑問が解けた。(2007.7.13 #488)

骨の城ランドローヴァーUnnatural Selection (C)2006嵯峨静江訳 早川 2008

『「これはあいつが初めてあつかう殺人事件になるかもしれない」クラッパーが子どもを見守る親のような口調で、ギデオンに言った。「それであんなに張り切っているんだ」彼の次の言葉はギデオンを驚かせた。「まあ、それはおれも同じ気持ちだがね」
 二人は埠頭の近くに停めてある、シリー諸島でただ一台の公用車である、派手なブルーの市松模様が描かれた白のランドローヴァーのところに行った。車体の横腹には、幅6インチの明るい黄緑色の蛍光塗料が帯のように塗られ、その上に大きなブロック体で"POLICE"という文字が書かれていた。
「これなら目につきやすいだろう?」と、クラッパーは満足げに言った。「あんたたちはロブ巡査がこの車で運ぶ。おれは自分の車で後ろからついていく」』
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 シリーズ第13作は、イングランド最南部の果ての小島で開かれたあるコンソーシアムのミーティングに招かれたジュリーに同行したギデオンが、浜辺で拾われた一片の人骨を鑑定するところから物語がはじまる。展開はいつものパターンながら、魅力的な島の巡査部長や巡査との出会い、ネタがいつまでもつきない専門的な骨の鑑定分析、特殊な訓練を受けた犬による探索など、やはり上質でよくできたミステリだとつくづく思う。
 引用は、一行が島に一台しかないパトカーで海岸を調べにいくシーン。クラッパーの"埃だらけでおんぼろのヴォクスホール・アストラ"はこの巡査部長のキャラクターぴったり。それにしても著者は、シリー諸島のような地の果てをよく見つけてきて物語の舞台に選びますね!! 島の風物も克明に描かれていて観光ガイドにもなるほど。(2008.5.11 #544)

原始の骨ランボルギーニ・ディアブロUneasy Relations (C)2008嵯峨静江訳 早川 2009

『ファウストが運転しているのは、彼の自慢の、黒光りしている、車台の低いスポーツカーで―ランボルギーニ・ディアブロだと言って、彼はギデオンから驚きと感嘆の声があがるのを期待した…が、これは失望に終わった…小柄な彼にはぴったりの車だったが、長身のギデオンは足を床から浮かせて、膝をダッシュボードに押し付けなくては乗り込むことができなかった。またバタフライ・ウィング・ドアから乗り降りするにも、知恵と工夫が必要だった。そして当然ながら、スポーツカー好きのファウストは、古い街の狭い通りや急なカーブを、アクセルペダルをいっぱいに踏んで猛スピードで車を走らせた。ギデオンは二度、もうおしまいだと思ったが、なんとか事故に遭わずにすんだ。
 病院はクリーム色の7階建ての新築の建物で、それを見てもギデオンはなんの感慨もわかなかった。ファウストが車を停めた病院の駐車場は地下で、死体安置所は地下2階だった。』
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 スケルトン探偵シリーズ第14作(原作15作目)は、ネアンデルタールとホモサピエンスの混血という数奇な古代人骨を巡って、ジブラルタル(英国領なんですね)で起きた事件をギデオンが解き明かす。風光明媚なジブラルタルの観光ガイドにもなるおしゃれなミステリ。
 引用文は、ジブラルタル警察の警部と病院へ出かけるシーンで、そのダンディーな警部の車はランボルギーニとふんぱつしている。同車が登場するミステリは私のコレクションでは3作あった。Lagoonサーチ
 他には、ギデオンのトヨタ・カムリ(初の登場だと思う)、ジブラルタルでのレンタルする真っ赤なホンダなど。(2009.12.30 #618)

騙す骨フォード・エクスプローラーSkull Duggery (C)2009青木久惠訳 早川 2010

『ジュリーが代役を務める娘のアニーは、ターミナル外の歩道際に停めてある埃だらけの赤いフォード・エクスプローラーSUVのそばで待っていた。車の横には農場のロゴ、馬に乗った男女が描かれている。アニーはジュリーと同じに30代半ばの、リスを思わせる丸ぽちゃ美人だった。父親がでんと構えて寡黙なのに対して、エネルギッシュでよくしゃべる。ジュリーを抱きしめて両頬をあわせ、口をすぼめて大げさにキスをする間も、おしゃべりはよどみなく続いた。
「ドロテアがおやつ程度の軽い朝食を作ってくれてるわよ」と、車に乗り込みながらもアニーのさえずりは続く。』
--COMMENT--
 スケルトン探偵シリーズ訳書第15作は、夫妻で訪ねたメキシコの片田舎でミイラ化した不審な死体の鑑定を頼まれ、農場を舞台にした事件が徐々に明らかにされる。まぁお決まりのストーリーではあるが、その土地の食べ物・風習、いきいきと描かれる登場人物、毎作変わる一片の骨の鑑定ポイント、結末での鮮やかなサプライズなど十分楽しみながら読める。これだけ長く続くのに飽きの来ない完成度は大したもの。
 引用は、リゾート牧場の車としてぴったりのエクスプローラー。SUVそのものなので、わざわざ"SUV"と書く必要はなそうだが?(2011.1.17 #672)


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