『11時30分、ミラノはパシフィカの前金から2千ドルを抜いてポケットに押し込み、メルセデスを出すべく階下のガレージに向かった。愛車メルセデスはロイヤル・ブルーの450SLCはマキシー・ロヴィンスキーの配慮で、グレイシー・マクファドンのロールスロイスなどの数台の高級車と一緒にガレージの特別エリアに置かれている。ミラノの第2の愛車である営業用のトヨタの指定席は薄暗いガレージ奥だ。メルセデスに乗り込んでから少し考えて、ミラノはメルセデスからトヨタに乗り換えた。いまの時間に高級車でクリスティーンを迎えにいくとファッションショーになってしまうような気がして不安を覚えたからである。孔雀の誇示歩き。持ち物自慢。関心が私立探偵にではなく容疑者にむけられなくてはならないときに、そんなことが許されるだろうか?すくなくともクリスティーンはそう考えるだろう。
車に乗り込むとき、今度はクリスティーンは車について何も感想を述べなかった。体内の寒気と戦いながら自分の思考に閉じ込もろうとするかのように、ただ無言で背を丸めて乗り込んだ。ミラノはトヨタを車の流れになじませるまで黙っていた。それからぽつりとつぶやいた。
「終着駅まで2駅」』
--COMMENT--
盗難にあったブーダンの絵画を調査する探偵ジョン・ミラノの動きの一方で、末期癌にに冒された老人がブルックリンの古いアパート爆破をもくろむ。退廃化のすすむブルックリンの情景がしっかりと描かれており、アンドリュー・ヴァクスのタッチを思わせる。
メルセデスに乗る私立探偵はとても珍しい。トヨタの車はクレシーダあたりか?(94/11)