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TERENCE, FAHERTY/テレンス・ファハティ

輝ける日々へデソートのファイアフライトCOME BACK DEAD, (c)1997三川基好訳 早川,1999

『「おまえさんのこの宇宙船なら、ライターもついているだろうと思ってな」パディは言った。「なにしろ自制心以外のものはなんだって付いているんだから。ローマ法王の日曜日用の法衣のほうが地味なぐらいさ」
私がその車、デソートのファイアフライトを買ったのは最近のことなので、パディはそれをネタに私をからかう楽しみをまだ十分に味わっていなかった。彼は人の弱点を見逃さない男だ。そして車は明らかに私の弱点だった。この国全体が戦中戦後の暗い控えめな態度をかなぐり捨てていた。私もその風潮にならって、デソートを買ったのだ。二百馬力のV8エンジン搭載、ひし形模様の革製シート、そして馬鹿みたいなガルウィング・ダッシュボード。その美しく曲線を描く金属製のダッシュボードには、停車中でさえコーヒーカップ一個もあぶなくて載せられないのだ。実用性という点では、外側も同様だった。フロントグリルは、クローム製の歯列矯正器をつけた吸血鬼の下の前歯という感じ。青緑と白のツートンカラーだが、白が使われているのは屋根と、両サイドの"ほうき槍"つまりリアの白線入りのタイヤのところから、突き出したヘッドランプのすぐ後ろまで延びているサイドモールの部分だけだった。
「何度言ったらわかるんだい」いかにもうんざりしたという口調でパディが説教を始めた。
「警備保障の仕事をする人間は、誰も振り返って見たりしないような車に乗っていまければいけないんだ」 』

--COMMENT--
 早稲田大学文学部三川基好先生が訳された1998年アメリカ私立探偵作家クラブ賞最優秀長編賞作品。ハリウッドの警備会社探偵が元俳優という設定で興味がひかれたが、インディアナ州のいなか町を舞台にしゃれた会話と早い展開のプロットなど私の好みのテイストぴったしの面白さ。まさに一気に読めるクライムミステリーは、久しぶりかしら。
 1955年頃の設定なので、なつかしい車がたくさん登場するし、事件の舞台となる旧家が以前、自動車会社を経営したりして、その家族がそれぞれこだわった車に乗っている。実在するのかどうか分かりませんが、製造していたという"フェイトン・シックス"、女性会長のスチュードベイカー"プレジデント・スピードスター"など、車名が素敵です。引用部分のデソート・ファイアフライトは、その当時の表現だったらもっと違ったものだったんじゃないかなと残念な気もします。 (1999/8/2)

折られた翼カルマン・ギアDEADSTICK, (c)1991安部昭至訳 早川,1993

『どこか見知らぬ場所へさまよい逃れてしまうのもよい−。だからわたしは古いフォルクスワーゲンである愛車、65年型カルマン・ギアの姿を求めて駐車場を歩いた。
愛車ギアは停めたときと同じ場所にあった。マニイの駐車場の奥で、二台のおんぼろ国産車にはさまれていた。二台の国産車に比べるとギアはなかなか立派に見えた。機械構造的にはビートルと同じなのだが、ギアのボディラインはより低くて丸みがある。五十年代のラインだ。[貧乏人のポルシェ]、ギアをわたしに売った男はそう形容した。わたしの[ポルシェ]はヘッドライトの周囲に腐食がある。ロッカーパネルには小さな穴がひとつ、ふたつ。赤いペイントはわずかだが白っぽくなり、クロームには乾きはじめた漆のように見える。だが、だからどうということもない。キイを回すと、エンジンからキュキュキュとかすかな音が聞こえた。もう一度ゆっくりと。三度目でエンジンがかかった。ギアはブルーの煙を吹き上げて走りだした。
わたしは南へむかってベルト・パークウェイにのり、ヴェラツァノ・ブリッジまで走った。』

--COMMENT--
 『輝ける日々へ』を読んで惹かれて入手したファハティの処女作。法律事務所のしがない調査員をしているオーエン・キーンが担当する40年前の自家用機墜落事故の解明で、富豪ファミリーの秘密が暴かれていく。前半はニューヨーク公立図書館(図書館のシーンが多くて興味深かった)での調査と推理なので抑えたトーンで進行し、後半に唯一、ニュージャージーの僻地で主人公が危機に陥る場面がある。 上記は、これも唯一でてくる車のシーンだが、けっこうインテリ好みのカルマン・ギアは、ミステリに登場車としては珍しい。 (1999/8/30)

キル・ミー・アゲインラサールKILL ME AGAIN (c)1996三川基好訳 早川,2000

『私は歩いて正面ゲートを出て、有料駐車場に車をとりにいった。駐車場の係りの、オーバーオールを着たやせた小僧は、キーを渡しながら私の愛車をプロの目で鑑定した。
「ラサールか」幅の狭いラジエーターグリルを飾る筆記体の文字を読んで、彼は言った。「最近はあまり見ないね」
「おまえさんの生まれる前の車だよ」言いながら、私は自分がパトリック・J・マグワイアになったような気がした。
「39年?」小僧は尋ねた。
「40年」私は言った。孤立主義とロンドンの地価にとっては最悪の年だったが、ラサールにとっては最良の年だった。実は最後の年でもあったのだが。
詳しく言うと、私の車はラサールの<シリーズ52・スペシャルクーペ>だ。クリーム色のボディに、ショウルームいっぱいのシボレーを合わせたほどのクロームが使われている。もっとも1947年の今、車でいっぱいのショウルームなどないが。戦前のスタイルの最後のものだ。ヘッドライトは丸みをおびたフェンダーとほとんど一体となり、フェンダーはフェンダーでしなやかなボディとほとんど一体となっている。<パラマウント>で派手にやっていた頃に買った車だ。ゲーリー・クーパーのデューセンバーグの足下にも及ばないし、ラサールの姉妹モデルであるキャディラックの豪華さもないが、これに乗って家に帰った時には、まさにわが人生の極みという思いだった。』

--COMMENT--
 アメリカのミステリー書評サイト"Mystery Guide"で"Very Good"と四つ星作品だったので期待していた通りの面白さ。ハリウッドの警備員シリーズとも言える『輝ける日々へ』の前年に出版されていて、時代設定がWWII終戦後の40年代に遡るが、同じく映画製作の内幕を背景として、しゃれた会話、映画そしてハリウッドへの愛着、男達の哀愁・・がとてもよく描かれていました。また、主人公の車が作品ごとに異なった、それもかなり拘ったクルマになっていますね。当時のアメリカの俳優とかボードビリアンの名前とか、彼らに関してのユーモアがたくさんでてくるのですが、いまいちピン!とはわからず残念。洋画ファンならさらに面白く読めそう。また、ストーリーそのものも、当時の実存するシネマをネタにしているそうなのですが、あとがきでも伏せられていてどんな映画だったか知りたくなります。
 とても気に入ったやりとりを、おまけで紹介しましょう(主人公スコットが一目で惚れてしまったピジンとの会話)
『ピジンの車の横にラサールを停めると、私は車から降りようとした。ピジンが私の腕をとって止めた。
「一人で大丈夫」彼女は言った。彼女は私を引き寄せキスした。さりげないキスだが効果は満点だった。この頃には私は完全に彼女に参っていたのだ。
「上手だね」私は言った。
「エングハート家の家訓よ。キスの上手な相手が見つからなかったら、自分が上達しろって」
まさに別れの台詞という感じだった。』・・さて、いかがでしょう?(2000/7/18)

若き聖者の罪カルマン・ギアThe Lost Keats (C)1993安倍昭至訳 早川 1995

『ミセス・クロズリイに宛てたジェローム神父の手紙をポケットに入れ、車を停めてある、昔の酪農場の裏手の駐車場に向かって丘を下った。
 聖エイルリッドの多くの学生がこの広い砂利の駐車場に車を停めているが、わたしの車は一目で見分けがつく。ニュージャージーのプレートをつけた65年型の赤いカルマン・ギアは一台だけだからだ。"赤い"といったが、"赤とグレー"といいなおすべきだろう。わたしは暇をみつけてはこつこつとロッカーパネルとヘッドライト周辺の穴をファイバーグラスの充填材で埋めてきた。さらにその部分にやすりをかけ、グレーの下塗りを塗ったところだった。だが、その結果生じた斑模様はわたしの目をたのしませた。フォルクスワーゲンはどこか荒々しい装いを身に着け、スポーツカーたらんとしていたもとの姿より、もっと本物らしく見えた。
 この小さな車の内部はブラザー・デニスの窯と同じぐらい暑かった。わたしはひとつだけ無傷のウィンドー・クランクを使って−これは家宝ものでもあるので、いつもグラヴコンパートメントにしまっている−ウィンドーをおろした。インテリアは注文仕様で、太いクルミ材の変速レヴァー、同じクルミ材のラジオ・ノブ、それにステアリングは黒い模造皮革のカヴァーをつけた太いレーシング仕様だ。シートは縫い目のところがほころんでいたので、絶縁テープで補修してあった。そのシートに体をなじませただけで、なんだか故郷へ帰るような気分になる。わたしは変速レヴァーがニュートラルであることとたしかめ、エンジンをスタートさせた。<中略>
 インディアナ州に初めて来たときに州境で買ったロードマップを見ながら、わたしは曲がりくねった州道62号線を10マイルほど東へ進み、それからハイウェイ37号線にのって北へ進路をとり、シートに背中をあずけて窓の外を流れる風景を楽しんだ。』

--COMMENT--
 前作『折られた翼』に登場する調査員オーエン・キーンのより若い時代のと神学生だった1970年代の時代設定だ。突然失踪した学生についての調査を課題として与えられ、以前の恋人メアリーの助けを借りながら事件を解き明かしていく。
 よほどワーゲンのカルマン・ギアがお好みらしく、あまりストーリーに関係がないのに、やけに詳しくボディーの錆補修について触れていて、『折られた翼』にも同じ車が受け継がれ再登場するほど。他には、失踪学生が最後に借りて乗っていた"71年型のブルーのシェビー・ノヴァ"、神学校の寮監ブラザー・デニスの"白いランブラー・セダン"など。(2006.6.23 #421)


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