lagoon symbol
GOSLING, PAULA /ポーラ・ゴズリング

逃げるアヒルフォードファルコン
ギャラクシー
A RUNNING DUCK, (c)1978早川,1990

『 101号線へ曲がる交差点では車が渋滞しており、ターソンはファルコンを黄色のギャラクシーにぴったりとつけてとめた.クレアは湿気で曇った前の車のガラス越しにマイクの姿を前よりはっきりと見ることができた.マイクはこちらを振り向いてにっこりした.
 101号線に出たのはきっかり五時三十分だったが、かなり暗くなっていた.嵐による異常な暗さの中で街灯や店の明かりがふだんより早くともり、妙に平面的な印象ですべてのものを描き出していた.暗灰色に垂れ込めた空の下で、すべての色がマンガの色彩のように鮮明に見えていた.
 勤めを終えて疲れた人々がテレビを囲むほかない金曜の夜のわが家に帰っていく.コマーシャルのたびに人々は顔を上げて言うだろう.「まあ、すごい嵐!」 テレビのガラスのなかで銃声が響き、タイヤがきしむ.そして一人の俳優が入念に汚したセットの横丁を走っていくもう一人の俳優に、「そこを動くな」と叫ぶ.しかし、本当の警官はあんなものではない、とクレアは今にして思う.
 警官というのは、ここにいるターソンやガンビーニのように、銃を手元に置き、周囲の道路や車をじっとにらむ、そして言葉使いもやわらかで、つねに不安にさいなまれ、細かいことにやたらに神経を使い、ひげそりあとのクリームの匂いをさせている』

--COMMENT--
広告会社に勤めるクレアが巻き込まれた事件の犯人から追われ、警官達に保護されながら2台の車で逃避行しているシーン.
 この後、一転して犯人グループが待ち伏せし、夜の樹海のなかで必死の戦いが始まる.
 ゴズリングの処女作ながら英国推理作家協会賞を授賞した作品だけに、女流作家ながらの木目の細かいつくりと結構迫力のあるプロットが楽しめる. (94/05)

負け犬のブルーススピットファイアーLOSER'S BLUSE, (c)1980早川,1993

スピットファイアーはいつものように交通違反カードをもらっていた.そして、いつものようにバズは、そのしゃくにさわる紙片を他の同類と一緒にダッシュボードの小物入れにおしこんだ.晴れ渡った寒い朝だった.雨に洗われた空気はまだ塵や悪臭によって汚染されてはおらず、濡れた舗道もまだ手つかずだった.ジョニーは助手席にすべりこみ、エンジンをかけているバズのとなりでヒーターのスイッチに手をのばした.「しまった、手袋をしてくるんだったな」彼はひとりでぶつぶつ呟いた.バズはギアを切り換えるのをためらった.
「とってくるか?」
ジョニーは首を振った.「いや・・・行こう、いいから、いってくれ」
 バズは口の中でうなって車を出した.そしてギアを四速にしたとき、機械的にカセット・プレイヤーのスイッチを入れた.スポーツカーの小さな運転席はすぐ温まり、ブランデンブルク協奏曲第三番の張りつめた音が車いっぱいにひろがったとき、ジョニーは両手をこするのをやめた.バズはギアを変えずに角を曲がり、間一髪でタクシーをかわした.
 ジョニーはシートの背に頭を押しつけ、メイダ・ベールにあるスタジオに無事たどりつけるよう、いつもながらに祈った.
 彼はふと、自分がライザのことを考えているのに気づいて、なぜだろうと思った.それから、彼女の香水がまだいくらか上着に染み着いているからにちがいないと思い当たった.』

--COMMENT--
ゴズリングのミステリーに登場する様々な人間模様が気に入って、最近たて続けに彼女の作品を読んでいますが、これも軽いタッチながら映画的ないきいきとした場面展開が楽しめます.ゴズリングには珍しく、クラッシクを断念してしがないジャズをひくピアニストという中年の男ジョニーが主人公になっている.
 上の引用部分はバンド仲間のバズのスピットファイアーで出かけるなんでもないシーンであるが、事件の伏線がおりこまれているんですね.(ぼくは後でわかりましたが・・・) (94/05)

ハロウィーンの死体コルベットA Few Dying Words (C)1993山本俊子訳 早川,1996

『道の湾曲部にきたとき、フィネガンがまだ生きていたら奇跡だ、という思いがマットをおそった。道路の端にとめてあるチャーリーのパトロールカーの後ろに車を停めると、ダークグリーンのセダンのわきにおろおろしたした様子で立っているこの土地の高校の化学教師のフレッド・ボイルの姿が見えた。彼の車にはキズはついていない。
 マットは車を停めて駆け出した。事故現場はふしぎな静けさに包まれていた。小鳥が夕暮れの歌を唄い、近くの野原でカラスが争っている。マットが羽織ってきたジャケットを微風がなびかせ、足の下枯れ草がでぱりぱりと音をたてた。
 トム・フィネガンの年代ものの赤いコルベットが、道上に聳え立っている大きなブナの木に張り付いたようになっているのを除けば、おだやかな夕暮れといってよかった。すっかり色づいた葉が金色の光の輪を作っている梢は秋の入り日の最後の光に美しく燃えていたが、下のほうはすっかり暗くなっている。遠くで救急車のサイレンの音が聞こえてきた。』

--COMMENT--
 カナダに接するエリー湖岸の小さな町のハロウィーンの時期におきた自動車事故から、住人たちの過去の事件が暴かれていく。ローカル・ミステリというより、そこに住んでいる人々や風習についてきめこまかく、手馴れたゴズリングのタッチで語られるので、私の好きな<コミュニティ・ミステリ>の範疇にはいるもの。
 車のシーンは多いけど、上記引用の"赤いコルベット"以外は、車名は出てこない。(2006.12.19 #451)


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