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GRUBER, FRANK /フランク・グルーバー

バッファロー・ボックスクーペTHE BUFFALO BOX, (C)1942中桐雅夫訳 早川 1961

『彼がタバコ屋に入り棚の雑誌を見ていると、外で耳慣れた警笛が鳴った。店を出て、エディ・スローカムが歩道のそばへ寄せていたクーペに乗り込んだ。
「どこへやります?」
「サンタ・モニカだ」
ラッシュは革のシートにからだをもたらせると、エリザベス・ダンラップから受け取った本を開いた。
スローカムは角を右に曲がり、ガソリン・ペダルに足をふれるかふれないくらいにして、サンセット大通りの方へ車を走らせた。エンジンは強化されたもので、使用後四年の小型車だった。時速108マイルまで出せた。
<中略>
 サンタ・モニカ大通りを走るクーペは、車の波のなかに飛び込んだり、飛び出したりした。ビヴァリー・ヒルズで彼はウィルシャー大通りに入り、制限速度を毎時きっかり5マイル超過というスピードですっとばした。
 ウェストウッドの真西のセブルヴィーダを過ぎながら、彼は我慢しきれずにまた話しかけた。「サンタ・モニカのどこに行くんです?」』

--COMMENT--
 西部史を題材にしたミステリーで名高い往年の作家だ。やはり西部史マニアのハリウッドの私立探偵サイモン・ラッシュが、悲劇のダナー隊の末裔から調査を依頼される…
なかなかとぼけた感じのラッシュと、助手のエディ(上記引用で車のドライバーを務める)とのかけあいなど楽しい。
 ロスからネバダ州境を北上し、Bishop、Yosemite、LakeTahoe、冬場のRenoへいたる長距離のドライブの模様なども出てきて興味深い。(2005.10.5 #375)

走れ、盗人黄色いコンヴァーチブルRUN,THIFE,RUN (C)1948庫田謙一訳 早川 1962

『ローンはかれの手に、小さな伝票をわたして、「車のキーの仕事があるんだ。いま、電話がかかってきたとろでね。黄色いコンヴァーチブルだ。キャディラックでナンバーは、6S5207だ。サンセットの南、ラス・パーマスにとまっているそうだ」
彼女の車だ。
かれは伝票をうけとると、道具箱をもって、自分の車へ向かった。車をラス・パーマスまで飛ばして、コンヴァーティブルのうしろへつけた。かれは歩みよって、舗道へむいたドアをあけた。彼女は運転台についたまま、キーもスイッチにさしこんである。
彼女はいった。
「いかが、トミー・ダンサー?おどろいて?」
「おどろくものか。きみの自動車番号は忘れないもの」』

--COMMENT--
 錠前職人トミーはその腕がみこまれて、銀行の貸金庫を襲う仲間に引き込まれる…
ハードボイルドタッチのクライムノベルだが、ほんのちょっとした出来事が結末を変えてしまうサスペンスが印象的。
 物語の発端になるのが"黄色いコンヴァーチブル"で、上記は二度目の出会いのシーン。主人公トミーの"オンボロ車"(としかでてこない)、トミーを見張る探偵の"ベージュ色のクーペ"、トミーと折り合いの悪いプレイボーイの"コンヴァーティブルのロードスター"、逃走用に中古車店から買う"ビュイックのクラブ・クーペ"(セールストークが笑わせる)、などが、サンセット・ブールバード、マルホランド・ドライブ、ビヴァリー・ヒル、コールドウォーター・キャニオンなどロサンゼルスを縦横にドライブするシーンも多く楽しめる。
 43年前の翻訳にもかかわらず、コンバーティブルではなくて、コンヴァーティブル…と表記されてけっこう新鮮だ。(2005.10.7 #376)

フランス鍵の秘密旧型の小型フォードTHE FRENCH KEY (C)1940仁賀克雄訳 早川 2005

『「明日にはおれたちは探鉱者になる。砂漠のネズミだ。いまのうちに装備一式を揃えておいたほうがいい」
「それはいつも映画でみる小さなロバのことか」
「ああ…小型のロバだ。ただわれわれはもっと現代的だ。手に入れられるところがちょうどそこにある」
クラッグはフレッチャーの指すほうを見た。「なあんだ! 中古車展示場じゃないか」
「その通り。現代の探鉱者が使うロバだ。旧型の小型フォード、高車軸で充分軽い、それで砂にもぐりこまない」
「かなり乱暴に使うだろうけどな」
「まちがいない。しかし快適に過ごせる。ロバで行くには、おれもいささか歳をとりすぎた」
かれらは中古車展示場に入り、フレッチャーはそこで最高の車を選び出した。「これはいくらだ?」彼はセールスマンに尋ねた。
「この町で最高の車です」セールスマンは断言した。「最近のモデルで、お得意の銀行家が新車を買われるんで下取りしたものです。まだほんの5千マイルしか走っていません。見てください…距離計を」
「わかった。いくらだ?」
セールスマンは咳払いをした。「875ドルの値段をつけていますが、そう ― ボスがちょうどいま不在なので ― 825ドルに致しましょう。これはお買い得ですよ、旦那」』

--COMMENT--
 フレッチャーとクラッグは、インチキな本を街頭で売り歩く、そうテキヤだ。その凸凹コンビが殺人の疑いをかけられた希少な金貨にまつわる事件に巻き込まれる。二人組と周りに登場する人物とのやりとりがとてもスラップスティックで楽しめる。
 上記はネバダ砂漠にでかけ中古車セールスをやっつけるシーンで、この後とんとん拍子に話がすすみなんと30ドルの中古車をせしめてしまう。ご丁寧にも、旅を終える時にこの車をまたふっかけて売る場面も書かれている。
 身振りのいい私立探偵の"6千ドルはする、まっ黄色のセダン"、金持ちの屋敷に入り込むために雇った"1942年型のキャディラック・リムジン"なども出てくる。また、"1833年のキャプテン・ボンヌヴィル探検隊"のごとく、西部開拓史を得意とする作者のウンチクも挿入されている。(2005.10.15 #377)

ゴーストタウンの謎ビュイック、パッカードThe silver Tombstone Mystery (C)1945小西宏訳 創元 1965

『車を売らずんば、死すともやまじの意気に燃えたセールスマンが、あちこちをうろうろしながら、あわれな餌食が現われるのを待ちかまえていた。たちまち二人の男がジョニーに襲いかかった。
「こちらのビュイックはいかがでしょうか。まだ5千マイルも走っておりませんから、1295ドルならお買い得と存じますが」
「だめだな。あまり床が低すぎるよ」
「それがビュイックの美しいスタイルを生んでいるんです」ともう一人のセールスマンがいった。「ぴったり路面に密着して……」
「だから砂漠には向かんよ。もっと路面と車体との間隔が大きくないとね。タイヤがパンクした場合を考えるとね。なにしろ砂漠を走るときはむちゃをするからなあ」
「こちらにパッカードがございます。これなら少し車体が高いです。もちろんお値段のほうも少し高くなって、1550ドルですが」
「値段はいくら高くってもかまわんよ。実は古いのを一台もっているんだが、なにしろ砂風がひどくて、ペンキなんかいっぺんではげてしまう。鉱石なんか持っていても、これでだけはどうにもならんよ」
「鉱石ですって!」はじめのセールスマンが叫んだ。「鉱山のかたですか?」
ジョニーはうなずいた。「メンドシノ郡に小さいがとてもいいタングステン鉱をもっているんだ。これから車でそこへ行きたいんだ。もしこっちが望むようなものを売ってもらえればだがね。つまり、その、そら、あそこにある車みたいなやつだ」ジョニーが指したのは、ほかでもない。今しもサムが乗り入れてきた例のオンボロ車だった。「砂漠にはもってこいだぜ。あれはここの売りものか?」』

--COMMENT--
 Johnny & Samシリーズ第8作は、一儲けしようとカリフォルニアにやってきたが、エンコしたポンコツ車を押してもらって助けてくれた男と知り合ったのはいいが、ゴーストタウンになったツゥームストンの銀鉱にまつわる事件にまきまこまれてしまう。
 全編にわたっての口八丁、手八丁のジョニーと、嫌々ながらそれに付き合わされるサムのかけあいが、もう絶妙に面白い。引用したところは、『フランス鍵の秘密』でもでてきた中古車セールスマンを騙すシーンで、さも車を買うと見せかけて、逆に35ドルで仕入れたオンボロ車を200ドルで買わせてしまう。その資金で、まっとうなシボレーを入手してアリゾナ州のタクソン(ツーソン)の銀鉱を調べに出かける。なんとも60年も昔の話なので、その車も途中で故障してしまうのだが、その道中もいろいろハプニングがあって楽しめる。(2005.10.22 #378)

海軍拳銃タクシーなどThe Navy Colt (C)1941中桐雅夫訳 早川 1957

『二人は板塀をのりこえ、長く暗い通路をぬけて、クラーク・ストリートに出た。ジョニィはタクシーをとめ、リンカーン公園へゆくように命じた。
車の中でジョニィが言った。「面白くないね、誰か追いかけてくるやつがいるんだ。前に君がいったように、俺達、町をでようや」
「大賛成だ! 金もいくらかあるし、カリフォルニアへ行こうや ――」
「いや、カリフォルニアは駄目だ。そんなに遠方へゆけるほど金はない。それに、ええと、警察も俺達が暖かい南のほうに逃げ出すと思うだろうからね。連中が思いもつかぬところは北だよ ― ミネソタだよ」
サムはたじろいだ。「ミネソタは好かんね。憶えているかい。あそこで一度放り込まれたじゃないないか?」
「うん、だがあれは間違いだった。それに、とにかくミネソタは大きな州だ。州の南へ行けばいいと思うよ ― たとえばノースフィールドだ」
「なぜノースフィールドを?」
「その辺は素敵だからさ」
「いつ行ったことがあるのかね?」
「ないけど、すばらしい町だと聞いたんだ」
サムは疑わしげにジョニィを見つめていたが、肩をゆすった。「いいよ、俺にはどこだって同じようなもんだ」
「ノースフィールド!」とサムはすっとんきょうな叫び声をあげた。「やっとわかったぞ…図書館で読んだ本に書いてあった、ジェス・ジェームズがホールドアップをやった町じゃないか」
「そうだよ! 見物にはもってこいだぜ」
「計画的だな」とサムは非難した。「ノースフィールドにしがみつく訳があったんだ、海軍拳銃と関係のあることだ ― 俺達、とんでもない破目になっているのにさ」』

--COMMENT--
 Johnny & Samシリーズ第4作は、グルーバー・ミステリーの代表作ともいわれていて、ポケミス版に加えて、創元から『コルト拳銃の謎』というタイトルでも刊行されている。冬のシカゴを舞台に、ジェシー・ジェームズの使っていたコルト拳銃の争奪戦に巻き込まれるジョニィとサム。
 グルーバー・ミステリーの共通パターンの【金目当ての犯罪に遭遇>他殺死体に出くわす>警察に追われるけど、なんとか巻いて逃げおおせる>探偵好きなジョニィはなにしろ積極的で何所へでもでかける>金がないため行き帰りの移動・ドライブに苦労する>道すがらでも必ず変な人物に出会う>ホテルのマネジャーといつもトラブルになる>いかす女性がちょいと登場する>力自慢だけかと思わせるサムは、なんとシナリオ作家志望で場面場面でけっこうしゃれたセリフをいう…】がこの作品にも当てはまって、何かほっとする、期待通り!!、玉屋!!といった按配だ。とにかくおっそろしく早いテンポで、シナリオ進行のディテールの整合性はともかくも大いに楽しめる。
 今回は珍しく、上記のタクシーや、セント・ポールからの帰路に乗る闇バスのリムジン以外のクルマは登場していない。引用部分で、シナリオ作家になりたいサムがカリフォルニアに行きたがっていることが伺え、同シリーズ第8作『ゴーストタウンの謎』のロサンゼルス編につながっていくことが分かる。(2005.10.24 #379)

笑うきつねボロ車The Laughing Fox (C)1940宇野利泰訳 早川 1962

『ジョニーは建物のそばまでボロ車をのりつけて、降り立つと二階づくりのギャレジから、運転手の制服をつけた中年の男があらわれた。
ジョニーのボロ車を見ると、その男、鼻の頭にしわをよせて、「バラックだったら、あっちですぜ」と、邸の裏手百ヤードばかりのところに、低く並んでいる建物を指していった。
― 中略 ―
ウォーレス・アーブは、落ちついた足取りでジョニーが立っているところへ歩みよって、
「やあ、フレッチャー君、昨晩は。あんたもそろそろ、新車とかに替えるころあいですな」
ジョニーは笑いながらこたえた。
「なあに。家にはキャディラックが置いてあるんです。パッカードの小型ももってますが、こんどの共進会には、わざわざこいつをもってきたんですよ。これだったら、もうけすぎるような印象を、客に与えなくて済むと思うからなんで」
ウォーレス・アーブは吹きだしかけたが、やっと笑いをおさえた。』

--COMMENT--
 Johnny & Samシリーズ第2作は、家畜共進会が開かれるアイオワ州のシダー・シティに出かけたジョニーとサムが親切心から、ホテルをとれなかった養狐業者に同宿をさせてあげたところ、何者かに殺され、地元警察から殺人犯の疑いをかけられる。…と、いつものパターンだが、登場する多士済々の人びと、そのユーモアたっぷりの掛け合いがもう堪らなく面白い。
 ジョニーの口八丁の好例は
・有料ガレージの駐車料金を払わずにバイバイする手立て
・共進会会場のゲートを無料で通過する方法、これは2通りも出てくる
・講演会の講師を追っ払って、壇上で本のセールスをしてしまうやり方、等々
 残念ながら、上記引用に出てくる車名は不明だ。何度も何度も、"ボロ車"と称されて登場するので、よほどのオンボロなのだろうが、この車で、シダー・シティから、560マイル離れているシカゴへの往復を三十時間でやってしまう。
他に、富豪の養狐業者の妻の、"黄色く輝いているロードスター"も登場する。
 なお、シカゴの市立図書館を訪ねるシーンが3回もでてきていた『海軍拳銃』に引き続き、本訳書p234に、新聞を読むには遠い図書館に歩いていかなければならない…という文がでてきていて、この当時から公立図書館が一般化している姿がまたうかがえた。(2005.10.27 #380)

愚なる裏切りエルドラドーRUN, FOOL, RUN (C)1966大門一男訳 講談社 1968

『クラブハウスに向かって一台の車がやってきた。白塗りのエルドラドーのコンヴァーティブルだった。黄褐色の髪をクルーカットにした男が車から降りた。彼はかさばったひどく長いライフル銃のケースを車から取り出すとジッパをひいた。
そこからロールズがこれまで見た大型ライフルより、さらに6インチも長い代物が現われた。銃身に沿って望遠鏡の管がずっとついている。少なくとも1インチほどの太さだ。
眺めていたヤコブセンがくすくす笑った。「あれで何を撃とうってんですかね ― 月でも撃つつもりかな?」
「あれは誰だ?」とロールズが聞いた。
「新会員です。ティブとか、ティッグとか……いや、ティッドさんでした」
ティッドはその大きなライフルを担いでロールズのほうへやってきた。はがね色の目が、細い瞼の間から冷ややかに光っていた。彼はロールズに手をさしだした。』

--COMMENT--
 ノン・シリーズのサスペンス長編、と言っても、歯切れよく軽快なストーリー運びなので、ざっと3時間ほどで読めてしまう。《ウィークエンドブックス》という出版タイトルはうまくつけたもの。
 コピーライターの仕事とか人生にうんざりしていた、ライフル射撃が得意なトミー・ロールズのところに狙撃の依頼が舞い込む。ロスから、バス、飛行機、鉄道、車…でカナダまでの逃避行に物語の半分ぐらいが費やされているという変わった構成だ。
 引用は、ライフル射撃クラブで、怪しげな依頼人と出会うシーン。ロールズ自身の車は、他の小説でも同じ"コンヴァーティブル"であり、当時は、コンヴァーティブルがごく普通の車の通称だったようだ。ほかに、逃亡の途中に60ドルで購入するオンボロのシボレーなんかも出てくる。(2005.11.7 #382)


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