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Hamilton, Steve /スティーブ・ハミルトン

ウルフ・ムーンの夜フォード・トラックWinter of the Wolf Moon, (C)2000越前敏弥訳 早川書房 2001

『外へ出た瞬間、湖からの冷たい風が顔をたたいた。わたしは目を閉じて、ふたつの手袋を顔に押し付けた。風が収まると、深く生きをついた。空気に含まれるにおいと、重みから、雪がまた降り出す気配が感じられる。
 わたしはセント・メリー川に目をやった。ひと月近く前から凍てついたままだ。水門は冬のあいだじゅう閉まっている。こんど貨物船が通るのは早くても三月だ。向こう岸で、カナダの家々の明かりが呼びかけてくる。その気になれば、この川を歩いて渡ることもできる。税関も料金所もない。前例がないわけではない。妻や家族を捨て、異国での新生活を求めて氷上を渡った男の話をいくつか聞いたことがある。
 わたしはトラックを発進させ、ヒーターの温度を思い切りあげた。寒さがやわらぐまで、ゆうに十分かかった。助手席の窓にはまっている透明なプラスティックの板は、なんの役にもたっていない。車のガラスの専門店にあす電話をかけて新しいガラスが届いたかかどうかをもう一度聞いてみることにした。注文したときは、ニ、三週間で届くということだった。それから三ヶ月近くたっていた。』
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 前作『氷の闇を越えて』を読んだ時の印象を思い出した。さらに洗練されてきて厳しいミシガン北岸の片田舎パラダイスの様子とか、素朴だけどほっとするような仲間たちと会話などなんとも魅力が増した。
 元警官のアレックス・マクナイトの除雪トラックがフォードで、ほかに、ヤマハとポラリスのスノーモービル、麻薬捜査官のグリーンのトーラス(雪道でスリップして、あとでダークグリーンのグランド・チェロキーに替わるが…)、マクナイトを助けてくれるパートタイム私立探偵リーアンの<ちんけな>プリマス・ホライズンが登場してくる。(2003.11.30)

狩りの風よ吹けムスタング・コンヴァーティブルThe Hunting Wind, (C)2001越前敏弥訳 早川書房 2002

『わたしはテーブル席にすわったまま、窓越しに夜を眺めながら思いをめぐらせた。自分はいったいここで何をしているのか。つぎはどのような行動をとるべきなのか。トラックで走り去って二度と戻らないのが正解に思えてきた。
 こちらの決心が固まらないうちに、ロッキーが席を離れてマリアに近寄った。身をかがめて何やら話し掛ける。マリアが立ち上がり、ロッキーは手を差し伸べた。ドアまで導き、フロントレジ近くのハンガーラックから彼女のコートをはずす。マリアはそでを通すのをロッキーに手伝わせながら、こちらを見て一度微笑んだ。
 わたしは窓越しにふたりの様子をながめた。駐車場のおぼろな光の中を、マリアのクルマへと歩いていくのが見える。車は赤のムスタング・コンヴァーティブルで、幌は閉じられている。車が去っていくとき、わたしはコートから手帳を取りだして、ナンバーを書き写した。
 マリアの車は駐車場を出て左へ曲がり、目抜き通りにはいった。そのとき、別の車が後ろを追っているのがわかった。白いキャデラックだ。』
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 ハミルトンの3作目も、しゃれたタイトルがついています。アレックスの昔の親友が突然現れ、その当時の恋人を探して欲しいという話にほだされて、ミシガンの北辺からデトロイトを目指す。オジブワ族の“狩りの北風”にちなんでつけたタイトルだ。 僅かなきっかけだけから捜し求めるマリアに接近するあたりまでは面白かったが、いまいちアレックスの振る舞いがぱっとしないままに物語りが進行するような印象だった。(2003.12.3)

氷の闇を越えてトラックA COLD DAY IN PARADISE, (C)1998越前敏弥訳 早川書房 2000

『メイヴンとアレンから解放されたあと、わたしはアトリーに電話をかけた。相手の質問にはいっさい答えず、ただ迎えに来てくれとだけ伝えた。庁舎の前でアトリーを待ちながら、わたしは裁判所のかなたの水門と、その先にあるカナダへの橋に目を向けていた。嵐は過ぎ去ったものの、漂う雲で日差しがかげり、空はこの世と思えない輝きを帯びている。
 この橋は、全米でも長距離のハイウェイのひとつ、I75号線の北端にある。I75は南へ千マイル以上にわたって伸び、ミシガンを出るとオハイオを抜け、ケンタッキー、テネシー、ジョージアを通ってフロリダに達する。メイヴンは逃げられないと言ったが、そんなことはない。ひたすらそこを走って、戻ってこなければいい。
 ローズは追ってくるだろうか。ふたたびわたしを見つけるまでに、どのくらいかかるのか。しばらくすると、アトリーがトラックに乗って現れた。私が運転席のドアをあけると、アトリーは言った。「どうした、アレックス、何があった」
「とにかく交替だ」
わたしは運転席につき駐車場から街なかへ走り出した。』
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 アメリカ私立探偵小説コンテストPWA賞、探偵作家クラブMWA賞、シェイマス処女長編賞を総なめしたというわりに印象が薄かったので、スティーヴ・ハミルトンの処女作品を再読。
 どうもオチがあまりに人を食う感じだったりで、どうも私の好みには入らないなぁ。
 アレックスのトラックは、次作『ウルフ・ムーンの夜』に説明されている通りフォードだ。本作で、助手席ガラスが銃撃で壊れていたのを『ウルフ…』でも引き継がれてコメントされていた。ギャンブルをやめられない富豪のメルセデス、その富豪の妻の"黒いジャガー"、アレックスの雇い主の弁護士の"赤いBMW"など。
 殺人犯がアレックスを追いつめてきて、トラックとジャガーのエンジンルームのディストリビューターからのびるプラグコードを全部抜く…というシーンがあった。今はほとんどがダイレクト・イグニッション・システムになっていてエンジンにはデスビはなくなっているはずだよね。(2007.1.24 #457)

解鍵師THE LOCK ARTIST,2009越前敏弥訳 早川書房 2011

『伯父について家を出て、酒屋へと回った。伯父は裏口の鍵をあけ、中へ消え た。戻ってきたとき、バイクを押していた。 「ヤマハの850スペシャルだ」伯父は言った。 「中古だが、状態はちっとも悪くない」 僕の目はバイクに釘付けになった。黒のシートにブロンズ色の縁取り、クロムメッキの排気管 が陽光にまぶしく輝いている。宇宙船が飛び出してきても、こんなには驚かないだろう。 「常連の一人がつけを払えなくてね、帳消しにしてくれとこのバイクをもってきたんだ。」 恐ろしい額の付けだったにちがいない。 「ほら乗って見ろ、押さえててくれるか。ヘルメットがある」』
--COMMENT--
 ハミルトンのノン・シリーズの少年青春&大陸漂流小説。言葉をしゃべれない絵の好きな少年がどんな金庫も破 れるアートを身につけ、仲間や彼女を守るために黙々と金庫破りの仕事をこなしくという設定が異 色。
  引用は、育ての親の叔父から大好きなバイクを贈られるシーン。この前にロサンゼルスの犯罪 グループからは報償としてもらうハーレーダビットソンのスポーツ・マスターにも乗っている。オーク ランドでは伯父の”後ろのバンパーが大きくへこんだツートンカラーのグランドマーキー”、美術学校 へいった友人の”赤いシヴォレーノヴァ”、窃盗グループのダークグレーのサーブ、恋人の男友達の チェリーレッドのBMWコンヴァーティブルなど 。(tablet入力、2012.6.10 #738)


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