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Tony Hillerman /トニイ・ヒラーマン

魔力GMCの四輪駆動車Skinwalkers, (c)1986大庭忠男訳 早川 1990

『最後の坂を下り、車輪の跡のあるバッドウォーター・ウォッシュ交易所の庭に自動車を乗り入れながら、チーは大柄な<鉄の女>がポーチに立っているのを見た。チーはできるだけタマリスクの日陰になるところに車を停めて待った。それは控えめが尊ばれ、プライバシーが大切にされ、交易所のようなところであさえ訪問者がめったにない場所では、みなが少年時代から心得ている礼儀だった。中略
 二人の青年が入口にあらわれた。ほこりのついたバックミラーでは、二人はまったく同じ服装をしているように見えた。いずれも額に赤い革のヘッドバンドをし、色のあせた赤い格子じまのシャツを着て、ジーンズにカウボーイ・ブーツをはいていた。古びたフォードのセダンが建物の端にとまっていて、右後輪がシリンダーブロックの車止めにあたっていた。そのそばには荒地用のサスペンションのついた新しいGMCの四輪駆動車があった。黒い車体に黄色の細い縦じまがはいっていた。チーもファーミントンで同じモデルの値段を聞いてみたが、とても手の出るものではなかった。いまかれはそれに見とれた。どんな所へでもいける車だ。しかしバッドウォーター・ウォッシュには不釣合いだった。』

--COMMENT--
 ヒラーマンの8作目で、89年のアンソニー賞受賞作品。2作目のThe Fly on the Wall以外はすべてナヴァホ族居留地の事件が扱われいて本作では、上記にでてくるチー巡査と、リープホーン警部補の二人が呪術師にまつわる殺人犯を追う。
 アメリカ・インディアンの民俗とか自然描写がとくに味わい深く、神秘的で静かな物語の展開のなかにも十分なスリルを感じさせる作品だ。
 容疑者の同じく古いGMC小型トラック、女性弁護士の"ナヴァホの紋章がドアに描かれている−洗ったばかりのように見える白いシボレー"、リープホーン警部補の妻のオートマチックの古いシボレーなど。(2006.9.6 #433)

時を盗む者プリマスのツウ・ドアA Thief of Time, (C)1988大庭忠男訳 早川 1990

『「トラックの男の顔は見なかったかい?」
「見えなかった」ツォシーは言った。「やせたナヴァホがトラックを運転していた。もう一人はセダンであとについていた。プリマスのツウ・ドアだった。70年か、71年のモデルだと思う。ダーク・ブルーだったが、車体に修理のあとがあった。前のフェンダーの右のほうの色が違っていた。白かグレイのように見えた。」
「運転していたのがナヴァホじゃなかったのかね?」
「ナヴァホはトラックを運転していた。プリマスは白人が運転していた。その白人はちらりと見ただけだし、彼らはみな同じように見えるんだ。おれが気づいたのはそばかすのあとがあることと、日焼けしたことだけだ」
しかし、チーは土曜日の朝になってプリマスのツウ・ドアを発見した。
 プリマスとすれ違ったとき、その車はハイウェイ550をシップロックの方へ向かっていた。チーは思わずでこぼこの中央分離帯を乗り越えて車をUターンさせた。』

--COMMENT--
『魔力』を読んで、ヒラーマン作品にぞっこんほれこんでしまい9作目にあたる本書を手にする。女性人類学者の失踪事件の不思議さ、リープホーンとチー巡査の執拗な探索、しっとりとした会話、広大な無人の遺跡地帯での追跡など、なんとも好みだし、作者の構想力は素晴らしいもの。
 車のシーンは砂漠に分け入るものばかりで大したこだわりはない。チー巡査自身の車は、ただトラックとしてしか書かれていない。(2006.9.9 #434)

話す神スクール・バスTalking God, (C)1989大庭忠男訳 早川 1992

『リープホーンのいるウィンドウ・ロックからローアー・グリースウッドへ行くには、西へ向かってディファイアンス高原のポンデロサ松の森を通り抜け、ガナドの周囲をとりかこんでいる松と杜松の丘を越え、それから南西に道をとり、セージブラッシュの風景の中をペインテッド砂漠へ降りていかなければならなかった。ローアー・グリースウッド寄宿学校の前を通りかかると、比較的近くから通学している子どもたちが帰宅のためにスクール・バスに乗り込んでいるところだった。リープホーンは運転手にアグネス・ツォシーの家をたずねた。
「12マイルいくとビータ・ホチーの北に分かれ道があるわ」女の運転手は言った。「そこを南へ曲がってホワイト・コーンのほうへ2マイルばかりいき、泥道にはいってナ・ア・ティー交易所をすぎ、3,4マイルいくと、右にテシヒム・ビュートの裏側へ通じる道路があるの。その道路をいくとツォシー婆さんの家があるわ。2マイルぐらいかしら」
「道路?」リープホーンは訊いた。
運転手はきちんとした身なりの、30歳ぐらいの若い女だった。彼女は彼が何を言っているのかを悟って、にっこりした。
「本当は二本のタイヤの跡がセージブラッシュの中を走っているだけよ。でも、すぐわかります。花の咲いた大きなアスターの茂みがあります−坂の上に」』

--COMMENT--
 この9作目は、主な舞台がアリゾナを離れてワシントン(スミソニアン歴史博物館)となる点が珍しい。リープホーンとチー巡査はそれぞれ別な事件を追っていたのが、ワシントンで交錯する…ちょっと出来すぎの観もあるが。やはり優れたプロットと、ディテール・自然の的確な描写など魅力だ。とくに目につく植物が丁寧に描かれていて、上の引用だけでも、ポンデロサ松、杜松、セージブラッシュ、アスターなどたっぷり出てくる。
 博物館学芸員が乗ってくる白のフォード・ブロンコ、彼の知人の青いダットサン、主人公に順ずる扱いの殺し屋が借りる黒のリンカーン・タウンカー…自分の車は76年型の古いシボレー、その兄のダーク・ブルーのビュイックなど。(2006.9.14 #436)

コヨーテは待つトヨタCoyote Waits, (C)1990大庭忠男訳 早川 1993

『太陽はチュスカ連山の向こうに沈みかけていた。ハイウェイから黒々としたシップロックへのびている広大な起伏する平原のセージブラッシュも、杜松も、スネークウィードも、バンチ・グラスのかたまりも、すべて長いブルーの影を投げ──夕陽を浴びた風景に無限の黒っぽい線をいくつも描いていた。美しい。チーの心は高揚した。正義を考えるときではなかった。彼がおこたった義務を考えるときでもなかった。
 ジャネットのトヨタはサン・ファン盆地の長い坂を上り詰め、南へ向かってなだらかなスロープにかかった──そこは空虚な灰色と黄褐色の草地で、黒いハイウェイが製図用のカラス口で描いた線のように地平線のかなたにのびていた。数マイル南で夕陽が北へ向かう車のフロントグラスに反射してきらりと光った。すぐ右手に岩山のシップロックが巨大な自由造形の大寺院のようにそそりたっていた。
 何マイルも離れていたが、ずっと近くにあるように見えた。十マイル前方にはテーブル・メサがバッファロー・グラスの海の中にうかび、チーに究極の航空母艦を思わせた。ハイウェイの向こうにはバーバー・ピークのごつごつした黒い姿が夕日をあびていた。地質学者がいうところの火山頸で、伝説では魔法使いたちの集合場所とされていた。
 彼らは666号線から右に曲がってナヴァホ33号線にはいり、夕日にむかって走った。』

--COMMENT--
 この10作目は、チー巡査の同僚が殺され、殺人容疑がかけられたナヴァホの長老を巡ってチーとリープホーンがそれぞれ独自の調査をつづる。上記の引用のところのように、いよいよアリゾナの大自然の情景描写がさえわたる。自分もそこにいて、その景色を眺めているような感じにさせる、いいですねぇ…
 犯罪現場で目撃されたベトナム人の白のジープスター(1948年からしばらくの間生産されたウィリスの乗用版VJ,1966年にはC-101 Jeepster Commandoとしてリバイバル、その後ハードトップのC-104が1973年まで販売、要はチェロキーの前身だ Ref.Wikipedia)、長老の1970年代の古いフォード・ピックアップ、大学院生の古いグリーンのブロンコII…が登場する。(2006.9.19 #437)

聖なる道化師ピックアップSacred Clowns, (C)1993大庭忠男訳 早川 1993

『ジム・チーは自分の事務所に入り、窓のそばに立って外を眺めた。東のほうにチュスカ連山の南の端を見ることができた。ウィンドウ・ロックはその砂岩の長い壁に沿ったところに、岩が侵食されて窓のように大きな穴ができているため、それがナヴァホ・ネイションの首都の名前になったのだ。
 チーは風のない秋の午後の風景をながめた。ナヴァホ3号線には車のかげはなく、12号線をただ一台のピックアップがナヴァホ戦没者共同墓地を通り過ぎて北へゆっくり走っていた。ツェ・ボニト公園の木々は黄色くなり、道路のそばには10月の紫色のアスターが点々と残り、頭上の空は濃いブルーでひとかけらの雲もなかった。チーは大きく息を吐き出した。ジャネットは今夜、彼と一緒にギャラップへ行くのだろうか? 彼女はその質問に答えなかった。いや、しれよりよくない、避けたのだ。いや、忘れたのだ。』

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 この11作目は、リープホーン警部補の直属の部下となったチー巡査が、タノ族の守護神の祭りの現場であった殺人事件の調査やひき逃げ犯捜査を指示される。これまでの作品と比べると、プロットが複雑になりストーリーを追うのがけっこうしんどいものの、ミステリーにこれだけ深いナヴァホの伝統とか精神性を融合させて物語りを成立させる力は大したものだ。<文化人類学ミステリ>とも言えそう。ひき逃げ犯を探し出したものの、罪として罰するだけでは癒しにならない…とチーが葛藤する姿も印象深い。
 登場する車は、あまり変わり映えしない古いピックアップばかりだが他に、リープホーンが一緒に中国旅行を予定した女性教授のホンダ・シヴィック、チーの彼女ジャネットのフォード・エスコートなど。(2006.10.2 #439)

転落者ポルシェThe Fallen Man, (C)1996津森優子訳 早川 1998

白いポルシェが小型トラックのバックミラーに浮かび上がり、ジム・チーは憂鬱な思いから気がそれた。チーは666号線を南へソルト・クリーク・ウォッシュ方面に、時速100キロでトラックを走らせていた。彼は法律を守らせることで給料をもらっているわけだが、その法律で定められた速度をすこしばかり越えている。しかしナヴァホ族警察は今期、その程度の速度オーヴァーは大目にみている。いずれにせよ、道はすいており、帰宅時間はすぎている。11月半ばの夕焼けはカリゾス山脈の上の雲を派手なピンクに染めていた。
 しかしポルシェのドライバーは許される速度をゆうに越していた。150キロくらいだ。チーは助手席の床から携帯用の点滅ライトをつかむと、スイッチを入れ、窓ハンドルをまわし、開いた窓から磁石付のライトにをトラックの屋根にぴしゃりとのせた。まさに、その瞬間、ポルシェが風のように通り過ぎた。
 たちまち冷たい風と土ぼこりに見舞われた。チーは窓を閉め、アクセルを思い切り踏み込んだ。速度メーターの針はソルト・クリーク・ウォッシュを通過する際に110キロに達し、120近くまで上がったものの、そのあとじりじりと115まで戻ってしまった。上り坂にかかったことと、エンジンの消耗のせいだ。ポルシェはいまや丘を1キロ以上上がっている。チーはマイクに手をのばし、スイッチを入れて、シップロックの通信指令を呼びだした。』

--COMMENT--
 ナヴァホ族にとっての霊山シップロックの山頂から発見された遺体について、今は退職したリープホーン元警部が気に留め、チー警部補代理が調べ始める。本作品も、ナヴァホの象徴とする山での遭難が扱われ、静かにストーリーが進んでいく点で私の好みの味わいだ。
 引用した部分のポルシェは、ヒラーマンのミステリに出てくる車としては珍しい−何か話の筋道に繋がるのかなぁ?!とも想像したが、とくには関係はなさそう。チーの恋人ジャネットがだんだん離れていってしまい、都会派(ポルシェ)的な彼女を掴まえられない…ということを暗に表現したのかもしれない。他には、転落者のいとこの"白いレクサス"…これもずいぶん都会イメージが強い、牛の焼印監視官のキャンピングカーなど。(2006.11.1 #443)

死者の舞踏場治安部の小型ヴァンDance Hall of the Dead, (C)1973小泉喜美子訳 早川 1995

『もうあと2、3分もすれば、太陽の下側の縁は西部アリゾナの空にかかっている雲の層のうしろに沈むだろう。今、その遅い午後の光線の斜めの角度は、ズニ・ウォッシュへと続く丘陵地帯の斜面とほとんど平行している。
 それは動き回っているテッド・アイザックスの影法師を千フィートほどの下方の丘陵に投げかけ、そしてそのかたわらにリープホーン警部補の動かぬ影も映している。杜松の一本一本、むらがり茂る黄色のチャミーゾ草の一本一本、むき出しの小石のひとつひとつにまで、秋の黄ばんだ灰色の草がダークブルーの影をつけている。そして、丘陵のかなた、アイザックスの発掘場所を示すひもの張り巡らされたあたりのはるか向こう、渓谷の2マイル先には、コーン山の巨峰が浮かび上がり、その切り裂かれた断崖が、反射した陽光の赤とピンク、影の黒い部分とのなかにくっきりと縁取られている。ジョー・リープホーンがゆっくりと時間をかけて鑑賞し、味わいつくせぬ妙なる美の一瞬のひとつである。(中略)
 一つがいのイヌワシが、動いている小動物の姿を求めて、ズニ河の上空の風の流れに舞っていた。リープホーンはその情景に眼をやった。アイザックスの反応が興味あるものであることに、その時気がついた。思いがけないことだった。』

--COMMENT--
 The Blessing Way(『祟り』)、The Fly On The Wall(邦訳なし)に続く3作目、米探偵作家クラブ賞最優秀長編賞を受賞。ズニ族とナヴァホ族の友人同士の少年二人が失踪し、リープホーン警部補がズニ族警察からの支援要請を受けて捜索を開始する。
 ヒラーマン初期の作品も、ネイティブ・アメリカンの伝統や西部の情景が見事に物語りにとけこんで語られている。もう見事としかいいようがないほど。
 リープホーン警部補の"治安部の小型ヴァン"は砂漠地帯でパンクしたりするシーンもある。(引用したところには車が出てこない、素敵な情景描写だったので抜書き)。考古発掘調査している大学院生アイザックスの"おんぼろのシヴォレー・ピックアップトラック"、人類学者の"緑色のGMCピックアップ"など。(2006.12.5 #449)

祟りランド・ローヴァーThe Blessing Way (C)1970菊池光訳 角川 1971

『リープホーンは、台地の縁に立って、チレン砂漠を越えて、ルカチュカイ山の斜面を見つめていた。陽は既に傾いていた。夕方の上空の雷雲は、まだまぶしいばかりに白く光っていたが、一万五千フィートあたりから下は、とつぜん、夜が影を落として暗青色に変わっていった。
 砂漠は、西方の積雲の反射を受けて、ピンク、赤、紫の縞模様を呈している。いつもであれば、リープホーンは、その美しさに心を奪われていたであろう。今は、その美しさが眼に入らなかった。しだいに黒くなっていくルカチュカイ山の山肌を見つめて、黒い点を、闇を吸い込んでいる渓谷の入口を探した。ランド・ローヴァーが、南東から、チンレ砂漠を越えてきたのであれば、渓谷のどれかからやってきたに違いない。逆にたどって、出発点を突き止めることはでききる。20マイルくらいだろう。あるいは25マイルかもしれないが、その大部分が、すべすべした岩に覆われている地域だ。日中でも、一マイル進むのに一時間はかかる。夜は通行不可能だ。
 穴に棲むふくろうが、羽を広げたまま、眼下の砂漠から上がってきて、台地の壁に沿って吹き上げている気流にのった。黄色い目が、餌を探しにうっかり出てくるネズミ類を求めて、崖縁を調べていた。リープホーンは、そのふくろうの行動力が羨ましかった。』

--COMMENT--
 ついに唯一未読だったヒラーマンの処女作品を東京都図書館から借り出せました−都内で所蔵していたのは同図書館だけという貴重なもの。ナヴァホの風習、伝統を題材にしたミステリのスタイルがすでに確立されていて、さらに渓谷での追いつ追われつのアドヴェンチャー要素も近作以上にしっかりと織り込まれていました。
 引用部分のランド・ローバーは、リープホーン警部補シリーズでは珍しい登場車だが、その車が使われたことも物語りの伏線になっていて興味深い。ヒラーマンの邦訳は1998年の『転落者』まででしかなく、その後の作品の訳出を大いに期待したい。(2006.12.25 #452)


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