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HYND, NOEL /ノエル・ハインド

サイレント・スパイトライアンフ・ドロマイトFALSE FLAGS, (c)1979毎日新聞社,81

『アワーパックの足には奇妙なところがあった.歩行というような動作に使われるときは、アワーパックの右足は文句なく正常のように見える.しかし、いったん自分の車の、濃いグリーンのトライアンフ・ドロマイトの中に座り、アクセルにふれると、右足はコンクリートと化すのだ.神の恵みにより、メイスンは大西洋東岸で最も早いお抱え運転手を手にいれたのだが、それに感謝したと言う訳ではなかった.
ロンドンから西へ向かう自動車道に乗る間、黙ってハンドルを握っていたアワーパックは、時間と距離のすべての法則に挑戦することに決心したように見えた.凶器のようなスピードで運転し、特にウィンザーを過ぎてM4国道に出ると、ジャガーやトライアンフのTR7を次々と追い越して、相手をひどく困惑させた.事実アワーパックは、ぜいたくなツーリング・カーの背後に轟音を挙げて迫り、気違いみたいにライトを点滅させ、それから追い抜くということに大きな快感を味わっているように見えた.社会的復讐だとメイスンは勘ぐった.安全で無鉄砲なドライバーと言うような動物がいるとしたら、アワーパックがそれだ.
 メイスンはフロント・シートの左側に座っていたが、このイギリス流儀にはなんとしても馴染めなかった.衝突の瞬間にはなんの突っ張りにはならなかったろうが、フロアボードに足をつっぱて体を支えた.
「きみは運転しているんではなくて低空飛行してるんだってことだよ.どこへ行くんだ、アワーパック?夜中までにアイルランドにたどり着こうとしているのか?」
「あなたがユーモリストだったとは知りませんでしたね」
「きみが気違いだったとは知らなかったよ」』
--COMMENT--
ハインドのとても込み入ったエスピオナージもの.イギリスの若い情報連絡員アワーパックのドロマイトは久しぶりに聞く車でありなつかしい.さすが英国人作家は車の選択が憎い.(92/12)


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