『「いや、時間がなくてね、まだあんたの車はみていないんだ」
彼は荒っぽい口調で言った．「だが、乗り回してはみたよ」
「どこが悪そうだね？」と、私は言った．
彼は思案するように耳たぶをひっぱた．「タイミングが狂っているかも知れないな．あるいは、プラグを取り替えたほうがいいかも知れないね？ 用が済んだら、また持ってきなよ．見てやるから．約束する．ついでにガソリンは満タンにしておいたよ．レシートはダッシュボードにいれてある」
合計金額は8ポンド20ペンスだったので、私は10ポンド札を渡した．アルファでウエストミンスターに向かいながら、彼がこの車に乗る時は手のグリスを忘れずに拭き取ってくれればいいのにと思った．
ハンドルの感触は病気のカメレオンの下腹に触っているようだった．テムズ川の南岸の最初の信号のところで、ライター油をしませたクリネックスでハンドルを拭いた．』
--COMMENT--
英国の大保険会社が巻き込まれる保険金目当ての殺人ゲームの謎を追う探偵ものハードボイルド．著者の処女作でありながら、英国推理作家協会賞を受賞したなかなか骨太な作品．
主人公の車が珍しくアルファであり、上記の引用部分にも調子の悪い自分の車への愛着がよく表れている．
作者は序文でアルヴィン・トフラーの『未来の衝撃』の一部を引用しており、多少気味の悪いＳＦ的ミステリーともいえそう．
(93/01)
