lagoon symbol
LEONARD, ELMORE /エルモア・レナード

ミスター・マジェスティック四駆ピックアップ,ダッジ・チャージャーMR.MAJESTYK, (c)1974文春,1994

『彼は歩道に目を落としたままエンコ・ガソリン・スタンドの方に歩いていった。そこではいま、黄色いボディの旧型の四輪駆動ピックアップに給油している最中だった。四駆ならではの高い鼻面が、こっちをむいている。ラリー・メンドーサはそのまましばらくスクールバスと農場労働者たちに背中を向けて立っていた。それから、クリームと砂糖入りのコーヒーを飲みはじめた。
 エンコのスタンドマンは、ポケットにギルという名前の縫いどりのあるシャツを着ていた。ポンプの表示窓の数字がくるくる変わっていくのをみていた彼は、車の給油口に突っ込んであるノズルのレヴァーをゆっくりと絞りはじめた。とたんに数字の回転速度が遅くなり、きっかり3ドルの数字が並んだところでノズルを引き上げる。
 事務室の方に目をやると、そのピックアップの持ち主が男性用トイレから出てくるところだった。いかめしい顔立ちの、色の浅黒い男だ。ヴィンス・マジェスティックという名前でなかったら、メキシコ人で通るだろう。頑強そうな男だが、ここに何度か立ち寄ったときにはいつも口数が少なかった。ピックアップのドアには”マジェスティック・ブランド・メロン”と書いてある。
 スタンドマンが耳にしている噂では、このマジェスティックという男、農場経営の方は青息吐息で、そう長くはもたないだろうという。このスタンドにきてもきっかり3ドル分のガソリンしかいれない。ご立派なこったぜ、まったく。』
--COMMENT--
 ようやく翻訳出版されたレナードの最も初期の作品。20年も前に書かれたものだが、のちのいわゆるレナードタッチで色濃く構成されており、犯罪者、チンピラ、女、音楽、車などがしっかりと織り込まれている。
 そして、上にでてくる主人公の四駆ピックアップと殺し屋のチャージャーのカーチェイスが見物であり、初めは殺し屋に追われる立場から、最後は逆に追いつめていくようになる転換がレナードらしい。まだいくつか未訳の作品があり、刊行が楽しみ!(94/10)

スワッグシェヴィ・ノヴァSWAG, (c)1976文春,1993

『鮮やかなグリーンに再塗装されたシェヴィ・ノヴァは、二人がショッピング・センターから出きらない内に3度もエンストを起こした.
「アイドリングのセッティンが低く過ぎるんじゃないの」フランクが言った.「ケチをつける気はないけど、あれだけたくさんある車の中から、何故こんなケンチなやつを選んだんだい?」
「決め手になったのは、たぶん、ヴァイザーの上にキーがのっていた点だろうな」スティックは答えた.「エンストを起こすのは、エンジンがまだあったまっていないせいさ」
「あったまっていない?外は二十一度なんだぜ」
「この車、きっとあの日蔭の場所に一日置いてあったんだよ.オーナーは、あそこの店の一つで働いてる奴なんだ、おそらく」赤信号で止まったところで、またもやエンストを起こすと、スティックは言った.「さもなきゃ、アイドリングのセッティングが低く過ぎるんだろうな、うん」
フランクが言った.「これ以上スピードを落としたら、この車、ひっくり返っておっ死んじまうぞ」
走りながら、彼は絶えず対向車のヘッドライトを注視し、それからバックミラーに視線を転じた.スティックは別の事を思いだした.昔付き合っていたオクラホマの男の言ってた言葉だ.「テキサスのハイウェイには一マイルごとにごみ箱置いてあるのはなぜか、知っているかい?」いや、なぜだい、と聴き返すと、そいつは言ったものだった.「あの州のおまわりに手わたされる違反切符を、みんな始末するためさ」』
--COMMENT--
またまたレナードの初期の作品が邦訳発行され、中身もまさにレナードタッチを色濃く帯びていて、大満足ですね.上に出てくるスティックとフランクが、しゃれた出合をきっかけに武装強盗を始めたが、情の移った女がからんで意外な結末を迎える.オーバーに言えば“男の美学ー犯罪の美学”が生きゝと表現されているところが、魅力である.車のシーンも楽しみ.(93/08)

追われる男Z−28カマロTHE HUNTED, (c)1977文春,1995

『相手はアメリカ人の男なのだが、そいつはなんとデートをすっぽかしてしまったらしいのだ。同じアメリカ人だということで、彼女の憤懣はディヴィスとレイモンドに向けられた。可哀相に、サドリンは着飾った服のまま、自宅で独りピアノをひいているという。もう寝ちゃえばいいじゃないか、とディヴィスは言った。夜の11時なんだから。するとリブカは口をとんがらせてヘブライ語で文句をいう。ディヴィスはしかたなく、わかったよ、じゃあおれが迎えにいってやると答えるハメになったのだ。
 その娘を拾いにいくのに使った車は、レイモンドのZ−28。それが、この先2週間、ディヴィスの足になるはずだった。暗い道をとばしながら、彼はアクセル・ペダルの下に車の息吹を感じていた。1972年型Z−28カマロ。ここからエルサレムまでのホットな足。302V8エンジンを轟かせながら彼は突っ走った。タイヤはレース用のマグ・ホイールイにはかせたピレーリのラジアル。淡い緑色のボディに、白いストライプがボンネットに縦一文字にはしり、ルーフからトランク、さらにスポイラーまでつづいていた。』
--COMMENT--
 私の大好きなエルモア・レナードの、なんと20年前の作品。場面はアメリカではなく初めから終わりまでイスラエルになっており、彼の作品のなかでもちょっと異色だが、人生を踏み外した男と人生を決めかねている男、そして彼等を追う悪役がレナードタッチで登場して存分に楽しませてくれる。
 物語の後半で活躍する海兵隊員でアメリカ大使館の衛兵のディヴィスがハンドルをにぎるのがカマロであり、他にはBMWなどがたくさん登場してきて、レナードがクルマ好きなのがよく伝わってくる。(96/01)

ザ・スイッチリンカーンコンチネンタル・マークVTHE SWITCH, (c)1978サンケイ,86

『毎日洗車している白のマークVは左折し、クォートンロードに入った。青白いフードの片側が二本の中央分離帯にのり、ヘッドライトの明かりの後ろから時速110キロでカーブを進んで行くとき、ミッキーは身を堅くしていた。後ろのスピーカーからWJZZ・FM局の放送がながれ、マークVは傾きながらわずかに揺れた。その傾きが激しくなり、ミッキーは体がドアに押しつけられるのを感じた。タイヤのきしる音が聞こえる。車はガツン、ガツン、ガツンと路肩にぶちあたりながらひた走り、ラーサーでは赤信号をつっきって、コヴィントンまで1.5キロの丘を上っていく。そして再びタイヤをきしらしてさっと曲がり、その後惰力で走って行った。わかる? 何が問題か? 車は茶と白のチューダー朝大邸宅の車道に入り、高い生け垣をこすりながら急停車した。・・・・・・』
--COMMENT--
 ハメットやチャンドラーと比較される、現代アメリカのパルプマガジンの巨匠であり、南部フロリダやデトロイトの下町を舞台としたユーモアとペーソスあふれるサスペンスが、たまらない魅力である。
 マークVはやましいところのある不動産業者のクルマであり、ゴルフコンペの帰り、妻のミッキーを乗せて、酔っぱらって帰宅するシーンである。そして誘拐事件に巻き込まれた従順な妻ミッキーが、夫の不貞の裏をかくように変身“スイッチ”する。
 マークVのほかに、ミッキーのグランプリ、誘拐犯のフォードバン、AMCホーネット、その仲間の72年型ヴェガなどアメリカのライフスタイルをほうふつとさせるクルマ達が、いきいきと登場する。(90/09)

ムーンシャイン・ウォーフォード・クーペ、ラサールTHE MOONSHAINE WAR, (c)1982芙桑社,1991

『ピックアップトラックで幹線道路を走っていると、まだマーレットを抜けきらないうちに、サンはフランク・ロングが尾けてきているのに気づいた。黒のフォード・クーペが後方で距離を保っていた。サンはちょっとからかってみることにした。やつを緊張させて何が起こっているのだろうと思わせ、一人になったときにどう対処するか見てみるのだ。
サンはブローク・レッグ・クリークへ通じる郡道にぶつかると幹線道路を離れ、くたびれた牧草地の端を巡っている道に入り込んだ。森へ通じる道は薄暗さをまして狭くなり、道と言うよりは踏み分け道と行った観を呈していた。父親がときどきトウモロコシや砂糖を運ぶのにこの道を使っていたが、この2、3年は余り使われていなかった。道の盛り上がった部分には背の高い雑草が生い茂り、両側に迫る潅木がピックアップトラックの横腹をこすった。車が傷ついてフランクはいらつくことだろう。それもサンにとっては好都合だった。』
--COMMENT--
久しぶりに初翻訳のでたレナード初期の作品で、「グリッツ」、「バンディッツ」、「フリーキー・ディーキー」など現代もの代表作と全く違ったトーンなので驚きました。
 なんと1920年1月17日発効した禁酒法の時代の、密造者と連邦酒税取締官との取引、戦いといった変わった素材をベースにしています。蒸留する煙が見つからないようにするため夜に仕事をしていた密造業者のことをムーンシャイナーというそうで、納得!
 従って、上に出て来るトラックだのフォードといっても、アメリカで量産が始まってしばらくの時期のものなのでしょうが、その頃には辺ぴな田舎でもみんな車を使っていたわけで、当時における車の普及の早さには感心せざるを得ません。(91/12)

バンディッツキャディラックリムジンBANDITS, (c)1987文芸春秋,1988

『キャンプストリートに折れたとたん、無料給食所の前に止まっている白いキャディラックが目に入った。全長を延ばした特製のリムジンだ。
ジャックはとっさに、なにかしら気の利いた、即興のセリフをひねりだそうとした。“あんな連中までやってくるとは、君は本当に料理の名人なんだね”だが、相手がこのルーシーとあっては、もう少し頭を使わなければ。
 だが、その彼女がびっくりした風もなくキャディラックを眺めているのを見て、ジャックの頭の中に好奇心が紛れ込んだ。・・・・
するとシスター・ルーシーが、「パパの車だわ、あれ」
それとほぼ同時に、黒いお抱え運転手の制服をきた黒人が、キャディラックから降りたった。』
--COMMENT--
 中米ニカラグアで、旧ソモサ独裁政権の流れをくむ右翼ゲリラ“コントラ”に難民病院を焼かれたシスター・ルーシーが、ニューオルリンズでコントラの資金集めを妨害し、病院再建の資金にそれを奪おうとするが・・・・。
 そのシスター・ルーシーの父親の車がキャディになる。ルーシーを助けようとするジャックの仲間が、vwシロッコに乗って登場してくる。 (90/09)

ゲット・ショーティトヨタ、キャディラック・セダン・ドヴィルGET SHORTY (c)1990高見浩訳 角川 1997

『ロッカーの鍵は立体駐車場の一階、コンクリートの支柱と道路の舗装面の間の隙間に隠してあった。周囲にだれもいないことを確認してから、チリはそれをとりあげた。そこからエイヴィスの駐車場まで走ってトヨタを返却すると、こんどはナショナル・レンタカーまで歩いて、黒のキャディラック・セダン・ドヴィルを借り出した。一応、用心のため車を取り替えたのだが、そこには別の意味もあった。自分にはキャディラックが相応しい、とチリは思っていたのだ。フロリダで持っていたものは、ここでも持ってかまわんじゃないか。すくなくとも、キャディラックくらいは。405号線を走りながら、彼は考えていた。もしあのロッカーから金をとるだすことに成功したら、その十%をコミッションとしてハリーに要求しよう。そうしたら、このキャディラックを返して、メルセデスか、あの高価なBMWを借りる。最近、トップ・クラスのエージェントやスタジオのエグゼクティブたちはBMWを運転するのがふつうだ、とキャレンが言っていた。ロールスロイスだと、いかにもこれみよがしにとられるのだそうだ。いまは万事控え目が流行っているらしい。』
--COMMENT--
 マイアミのクールな高利貸しチリが、ひょんなことからロス・アンゼルスで映画プロデューサーと組むことになり、ギャングの連中を向こうにまわす。レナード自身がとても映画好きであり、ハリウッド・ドリームに群がる人々が楽しく描かれている。(98/04)

ラム・パンチトランザムGTARUM PUNCH (c)1992高見浩訳 角川 1998

『タイラーはそこで口をつぐんだ。いましも一台の車が、陽光にボディをキラキラ光らせながらグリーンウッド・アヴェニューを走ってきたのだ。それはすぐに三十一番通りに折れ曲がった。窓は黒の色ガラス、テイルからクロームメッキのデュアル・マフラーが突き出ている深紅のファイアバード。そいつはゆっくりとオーディルの家の前にきて止まった。が、エンジンは野太い音を響かせてアイドリングしている。タイラーがナンバーを読みとって、双眼鏡をニコレットに渡した。
トランザムGTA、グレードが上のタイプだな」ニコレットは言った。タイラーは早くも電話をかけている。ニコレットのかまえる双眼鏡には、年齢十八から二十歳くらいの若い黒人の男がとらえれれた。身長5フィート十インチぐらい。ほっそりとした体つきで、体重は140ポンドぐらいだろう。アトランタ・ブレーブスのジャケットを着て、やけに大きい、エアポンプ式の真っ白のバスケットシューズをはいている。
ニコレットは言った。「あんな若造がどうして二万五千ドルもする車を手に入れられるだ?」』
--COMMENT--
 銃密売人の資金の運び屋をしていた三流航空会社のスチュワーデスが、その金の横取りをしかける・・レナードお得意のしゃれた悪党小説。そのスチュワーデスのキャラクターがとてもうまく描かれていて素敵なミステリーになっている。彼女は「グレイのホンダ」、保釈金融業者は「白の89年型セヴィル」、密売人の「黒のメルセデス・コンバーティブル」、その手下は「まだローンを払っている85年式のトヨタ」など。(98/05)

アウト・オブ・サイトホンダOut of Sight (C)1996高見浩訳 角川 2002

『コリンズ・アヴェニューの向かい側で、黒のホンダに乗ったバディが待っていた。フォーリーが乗り込むなり車を出して、バディは言った。「たいした度胸だよ、まったく。ある日刑務所から脱獄して、その翌日には仕事にもどるんだから」
・・・
「銀行強盗の十人中九人までがパクられちまうってのは、なぜなのかね、いったい」 「理由ははっきりしているさ。みんな、自慢げに吹聴するからだよ。もしくは、派手に札びら切って、世間の注目を浴びたりするとか。
 おれが、アデールのために、レイク・ワースの銀行を襲ったことがあっただろう? で、グレイズ刑務所にぶち込まれてしまったんだが、あのときは、銀行から飛び出すなり車に乗って、細い横丁を通り抜けていったわけだ。
 で、ディクシー・ハイウェイにのろうとして、左折するつもりで信号待ちをしていたら、後ろの車が狂ったようにエンジンをふかしやがるんだな。真っ赤なファイアバード・トランザムに乗ったやつで、うるさいのなんのって。それから、信号が変わったとたん、そいつはいったんバックしたかと思うと猛スピードで飛び出して、おれのわきをすり抜けていったんだ、タイヤをギューンときしらせて――この野郎、と思ったんだな、そのとき。こっちをなんだと思っているんだ、のろのろ運転しかできない爺だと思っているのか、って。
こっちはそのとき、銀行を襲って、まんまと大金をせしめていたわけだ。それも知らずに、後ろのファイアバードのやつは、ほら、見ろ、おれはこんなにぶっ飛んでる男なんだぞ、ってとこを見せ付けたつもりなんだよ」
「で、そいつを追いかけたわけか」
「左折するなり、猛スピードで飛ばしたんだ。一マイルほどいったところで追いついて、運転席にぎりぎりに車を寄せて並んでやった。で、ドライヴァーのやつを睨みつけてやったのさ。そいつはまた前に行く。こっちはすぐ追いついて、こんどは軽く横から体当たりをくれてやった。そのとき乗っていたのはホンダだったんだがね。ああ、これと同じやつだったかもしれない」
「ホンダってのは、自動車泥がいちばん狙う車なんだよな」
「そうだろうな、きっと。それからどうなったかというと、そいつに体当たりをくれたとき、タイヤが一個パンクして、かじがきかなくなってしまったのさ。どんなに頑張っても、車は右へ右へと寄っていくんだ。しょうがないから、路肩に車を寄せて停まった。ファイアバードのやつは――まあ、そいつも、なんでこんな目にあうんだ、と思っていただろうけど――どっかに消えちまった。
で、路肩に停まって二分もしないうちに、パトカーが一台寄ってきてさ。“どうしました、何かトラブルでも?” トラブルもなにも、おれは銀行を襲ったばかりで、車がエンコしちゃっているわけだ。それを除けば、何も…警官はおれのナンバーをチェックしはじめた。そこへ、銀行強盗の手配指令が無線で入ったんだ。たぶん、おれの車のナンバー見ていたやつがいたんだろう。気がついたら、その警官、あのでかいクローム張りのスミス・アンド・ウェッスンをおれの頭に突きつけていやがるのさ。あとにも先にも、おれがついカッとなって我を忘れたのはそのときだけだったのに、お陰で三十年から終身の刑をくらっちまったわけ」
「でも、時は過ぎゆく、って言うだろうが。いずれ、ああ、あれは傑作だったな、って笑えるときがくるさ」
「そのときまだ、自由の身だったらな」』
--COMMENT--
 去年邦訳されていたのを見逃していたものだけど、さすが、これがレナード・タッチ!!と言えるロマンチック・クライムノヴェルで大いに楽しめた。
 気のいい銀行強盗フォーリーが刑務所を脱走する時、偶然出逢ったしまった女性連邦執行官キャレン・シスコーと互いにあらぬ気持ちを抱いてしまい……と物語が展開して行く。甘辛い結末もなかなか泣かせるね。
 引用は、脱獄した翌日に銀行を襲ったあと相棒バディと車で逃走している最中の会話で、これも気のおけない、ちょっと間の抜けた感じがとてもいい。ほかにも、ムショ仲間グレンが盗んだメルセデス、ポルシェや、94年型リンカーン・タウンカーなど相変らずたくさんのクルマが登場する。(03/06/22)

ビー・クール白いロールスロイスBe Cool (C)1999高見浩訳 小学館 2005

『チリ・パーマーは腕時計を見ながら店内から出てきた。9月のなかば、気持ちよく晴れ上がった日の午後1時15分。気温は26度。ベヴァリー・ブールヴァードの車の流れは、いつものように順調だった。
 薄汚れたボディの黒いセダンが、ローレル・アヴェニューからベヴァリー・ブールヴァードに入ろうとしていた。が、角を曲がりきる前に、停止を余儀なくされた。数瞬というもの、その車は、また葉巻に火をつけようとして立ちどまったチリ・パーマーのまん前にいた。チリの目はその車の助手席の男に吸い寄せられ、5メートルと離れていないその男の顔をまじまじと見た。<中略>
 車が動きだした。ベヴァリー・ブールヴァードに曲がりきって、縁石沿いに止まっている車の前をゆっくりと通りすぎてゆく。まるでウェディングケーキのようなトミーの白いロールスロイスの前をぬけ、フォード・ピックアップの横にきて止まった。チリはなおもその車を見ていた。すべては映画の一場面のようだった。
 セダンの助手席のドアが開いて、かつらをかぶった男が降り立った。すこしでも若く見せようと韓国女性の髪のようなかつらをかぶっている。なおも見ていると、そいつはチリの背後の店のほうをじっと注視している。そのうち、両手をおもむろにあげた。チリは思わず息を呑んだ。なんだ、あいつ。両手に握っているのはリヴォルヴァーだったのだ。ニッケル張りの銃身が、陽光を浴びてキラッと光った。男は片方の手を離し、一方の手だけで握りなおしたリヴォルヴァーをぐんと前に突き出した。
その瞬間、チリは大声で叫んだ「トミー!」。だが、遅かった。かつらの男はトミーを狙い撃っていた。』
--COMMENT--
 『ゲット・ショーティ』の続編となり、高利貸しから映画プロデューサーに転身したチリ・パーマーが昔のやばい仲間で今はインディーズ・レーベル社長のトミーが目の前で殺されて(引用のシーン)から音楽業界に足を突っ込む。
 チリをはじめ登場人物の面白さ、会話の楽しさ ― ユーモアというより、いかに相手をやっつけるか、その場しのぎでしゃべりまくる思いつき話など ― ちょー面白い。訳者あとがきにもあったけど、この本を書いた時レナードは75歳だそうだ。アメリカのポップ・ミュージックの内幕とか話題もふんだんに取り入れているし、シツレイながらよくそのお歳で、こんなポップな小説が書けものかと驚くばかり。
 引用部分の犯人の車はなんとレクサス、コーラスバンドのヒモのようなマネージャーのリンカーン・コンチネンタル、チリ自身の"古いメルセデス"、ロス市警刑事の"いかにもデカの車といったクラウン・ヴィクトリア"などがでてくる。(2005.9.27 #373)

身元不明者89号ポンティアック・カタリナUNKNOWN MAN NO.89 (C)1977田口俊樹訳 創元 2007

『リタは言った。確かにクソみたいな取引よ。でも、クソみたいな取引にあふれているのが人生ってもんじゃないの。
 たぶん、そうなのかもしれない。それでも、ライアンは自分からそういうことに関わろうとは思わなかった。ライトブルーのマークWにしろ、高価なハイファイ・セットにしろ、その他もろもろ、持つのがいやなわけではない。球場のボックス席―守備から戻ってきた選手がよく見えて、彼らが何を言っているのかもいくらか聞き取れる、デトロイト・タイガーズのダッグアウトのすぐうしろの席のチケットが欲しくないわけでもない。しかし、そういうものが手にはいるとしてもそのためにヘルニアになろうとは思わなかった。誰かをヘルニアにしようとも。
 三年目が終わる頃には、クーガーの走行距離は83,000マイルに達しており、ツードアのポンティアック・カタリナに買い替えた。色はライトブルー、エアコンと高性能のショック・アブソーバーつき、引渡し価格で4,650ドル。クーガーを手放すことができたこと自体は嬉しかったが、ライアンはそのクーガーのことをよく思い出した。ドアに四つの銃痕のある車というのはそうそう走っているものではない。』
--COMMENT--
 原作から30年たってようやく和訳された令状送達人ジャック・ライアンもの。令状送達ぐらいのつもりで引き受けた人探しで、その前妻に惹かれてしまい人助けする羽目に。差し押さえ屋、犯罪者、タレこみ屋、資産横領代行屋とその手下…などワルばかり登場するが、ただのワルというより、それぞれ個性があったり主張があったり、人間ぽく書き込まれているところが、まさにレナード・タッチ。
 ライアンの最初の車は、引用にあるとおりクーガーでデトロイト警察主催のカー・オークションで入手したもの、同じ行方不明者を探す元犯罪者仲間の"白のグランプリ"、ライアンがマイアミで借りるバジェットレンタカーのフォード・ピンなど。(2007.6.6 #481)


作家著作リストL Lagoon top copyright inserted by FC2 system