lagoon symbol
David Lodge /デイヴィッド・ロッジ

ベイツ教授の受難フォード・フォーカスDeaf Sentence (C)2008高誼進訳 白水社 2010

『12月23日。叙事詩的「旅」は終わりだ。『父招来作戦」は完了した……問題がなくはなかったが。今日、何度も私は、列車で父を連れてきたほうが賢明でははないかと思ったが、この数年、その手段をについて考えるたびに、事がうまくいかないおそれが大いにあるので、やめることにした。クリスマス直前の列車は込むので、座席を予約しなければならないし、ミニキャブもブリックリーで予約しなければならない。-中略-
総じて、車で往復するほうに賭けたほうがよさそうだった。それでは時間がかかるし、交通渋滞もあるのも知っていたが、いったん父をシートに座らせ、父の荷物をトランクに入れてしまえば、特定の時間にどこかに着かなければならないなどということに気を使わずに済むし、遅かれ早かれレクター・ロードに着くのは確かなのだ。
 私は冬のまだ暗い午前6時半に、紅茶を一杯飲んだだけで家を出た。そしてほとんど無人の市中心部を車で疾走した。-中略-
 霧の出ているロンドンをゆっくりとしか走れなかった。通りは、まるで敵に包囲されるのを予想しているかのように、必死になって食べ物と飲み物を買いあさっているクリスマスの買い物客で混雑していた。』

--COMMENT--
"コミック・ノヴェル"の大家ということで興味があって読んだもの。老境にさしかかった難聴になやむ元言語学教授の身の回りがユーモアとペーソスを混ぜて綴られる。一人称と「彼」の3人称の使い分けに意味がありそうだが狙いはよく分からず。
クリスマスを挟んだ11月から、どんどんぼけてくる父親をみとる3月までの交流が主題だが、老い、死に深く切り込むのではなくいろいろな誘惑に打ち勝ち、家族に気を遣いながら、外から見れば滑稽でも淡々とこなしていくのが人生だ…と言っているように思う。ページ毎にくすくす笑えるシーンがたっぷり。
 引用は、クリスマスにロンドンに住む父親を迎えに行くのを列車にするかクルマにするか思い悩むところ、ちなみに、主人公のクルマは"補聴器をつけないで運転するとベンツのように静かに走る、買ってから4年経つフォード・フォーカス"。ほかに、ロンドンで乗る"使い古した赤いホンダ"のミニキャブ、一番景気がいい息子の"子どもの安全のためポルシェから買い換えた黒のBMW 4x4"、ポーランドのアウシュヴィッツ訪れるときの"古い黒のフィアット"などが登場する。(2011.12.16 #720)

恋愛療法日本車THERAPY (C)1995高誼進訳 白水社 1997

『わたしは、家からたった15分で行けるラミッジ・エクスプ駅までクルマで行き、駅の駐車場に車を停めておく。ロンドンから帰るときは、誰かが車に引っかき瑕をつけはすまいか、さらには、盗まれはすまいかと、いつも心配する。最新式の警報装置と安全装置がちゃんとついているが。
 素敵な車で、24バルブ、3リッターのV6エンジン、オートマチック・トランスミッション、パワーステアリング、クルーズ・コントロール、エアコン、ABSブレーキ、スピーカーが6個のオーディオシステム、電動チルト&スライドのサンルーフその他、想像しうる限りのちょっとした装置がついている。風のように、滑らかに、信じがたいほど静かに走る。
 わたしを陶酔させるのは、音もなく、なんの無理もなく動くところだ。騒々しい、ブルルルン、ブルルンというスポーツカーが好きだったことは一度もない。そして、英国人が、なぜ手動のギアシフトに取りつかれているのかわからない。セックスの代替なのだろうか、といぶかる。変速レバーの握りを際限なく愛撫し、クラッチ・ペダルを絶えずぐいぐいと踏むというのは? オートマチックでは中速で手動の場合ほど加速がよくないというけど、エンジンがわたしの車ぐらいに強力だと加速は十分だ。それに加え、わたしの車は信じがたいほど、心臓が止まりそうなほど美しい。』

--COMMENT--
 老年にさしかかったテレビ台本作家が原因不明の膝の痛みに襲われ、いろんなセラピーにかかり、最後にキルケゴールにのめりこむが、そのうち30年連れ添った妻との仲も怪しくなってくる…。ユーモアとペーソスたっぷり。ただし440ページをしっかり楽しむにはかなりの忍耐力が必要かな。
 引用は、とても気に入りながらなかなか買う決断ができず、ショールームにあった販売車が売れてしまってからデーラーに文句をつけようやく入手した日本車。その耽溺ぶりからも主人公の思い込みの強いキャラが伺えるなぁ。(2012.1.12 #723)


作家著作リストL Lagoon top copyright inserted by FC2 system