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McBAIN, ED /エド・マクベイン

白雪と赤いバラフェラーリ・ボクサー、キャディSNOW WHITE AND ROSE RED, (c)1985早川,1992

『「その日サラが運転していた車は、いまどこに・・・」
「売りました」ウィッティカー夫人は答えた。
「いつ?」
「あのあとすぐにですわ」
「なぜですか」
「二度と見るのは耐えられなかったからです。あの車は昔のサラと変わってしまったサラを絶えず思い出させました。あの子の父親が、あの子の二十一歳の誕生日にあの車を買い与えたのです。わたくしたちみんなにとって幸せな時代でした。」
「どんな車でしたか」
フェラーリ・ボクサー512型。八万五千ドルしましたの」夫人は言葉を切った。
「気前のいい人でしたわ、ホーレスは。自分自身は古い七八年型シボレーを運転していました。もっといい車、高い車に乗って、と主人に頼んでいたのですけど。でもだめ。しかも自分で運転していたのです。亡くなる前、主人の心臓があまり良くないと知ったとき、それ以前にも、いくつか心配していたことがあったので、運転手を雇うべきだと言ったのですけど。他の人間の運転で町を走るなんて馬鹿みたいだ・・・」』
--COMMENT--
 エド・マクベインの離婚調停専門のホープ弁護士シリーズ。フロリダ州カルーサの不動産実業家ホーレスの一人娘サラが精神病院に入院させられ、当人から救いだしてほしいと連絡を受けてホープが解決にのりだす。サラにプレゼントされた車はなかなかのもの。娘に対しての大きすぎる両親の愛が事件に発展したことを象徴する部分。ほかには、サラが病院から他に移される時にのる黒いキャデラック・リムジン、伏線として出てくる殺されたダンサーのつやのある褐色のメルセデス380SLなど、たくさんのそれらしい車が登場する。(95/07)

ラスト・ダンスドッジのセダンTHE LAST DANCE (c)2000早川,2001

『「十分以内にダウンタウンまで行かなきゃならないの」彼女は言った。「何のお話か知りませんけど・・・」
「その手紙を書いた女性が殺されたんです」キャレラがいった。
「まあ、いったいどういうこと?」コニーがいった。「スコティッシュ・プレイなの?」
「スコティッシュ・プレイって何です?」ブラウンがきいた。
「どうしても話を聞きたいんですよ」キャレラがいった。
「よろしければ、ダウンタウンまで車でお連れしますよ」
「何で?」彼女はいった。「警察の車で?」
すばらしいドッジのセダンです」
「バックシートにショットガンがあったりして?」
「トランクにね」ブラウンがいった。
「お願いするわ」コニーがいい、彼らはキャレラが車をとめた街角に向かって歩いていった。コニーはすこぶる元気がよく、二人は彼女についていくのに急ぎ足であるかなければならなかった。キャレラは運転席側のドアのロックを解除し、他のドアのロックもカッチとあけた。それから警察車であることを示すピンクの紙のついた日除けを上げた。』
--COMMENT--
 久しぶりの87分署シリーズ。なんと、1956年の『警官嫌い』から始まって50作目に当たる。それぞれ関係なさそうな四つの殺人事件が同時進行するというややこしいプロットで、登場人物が多いこと!! 最後の最後までこれらの事件が結びつくのか不安になりながら読み進むことになる。主人公となるキャレラと、なんでも聴きたがる真面目なブラウンのコンビが楽しい。引用した部分は、二人の刑事がミュージカルのプロデューサーのコニーに事情聴取をするシーン。(2001.03.22)

でぶのオリーの原稿メルセデスFat Ollie's Book (c)2002山本博訳 早川 2003

『ここに到ってわかったことですが、私が赤ワインを彼の真っ白な麻のスーツにこぼしたのは、私がこの仕事についてからの長い年月の間に、現実であろうと思い込みであろうと、ともかかく私のせいで彼が被ることになった数々の侮辱の最初のものに過ぎなかったということです。
 彼が言うには、そのスーツは、昔トム・ウルフがバーンズ・アンド・ノーブルで行った講演を聴いた後に買ったお気に入りのスーツだったそうですが、気にしなくていいとのことです。また、昔バイクを彼の私用車のリア・フェンダーにぶつけたことがありましたが、それも気にしないそうです。あれはたまたまメルセデスベンツでしたけど…名前を挙げたからといって宣伝しているわけではありません、ほんとうです。私だって警察官の端くれですもに、そのような商売の追及には興味はありません。それから…うかつにも…レポーターのいる前で彼のことをろくでなしと呼んだことがありましたが、それも気にしないでいいそうです。あれは彼がまだ刑事局長で、市警察本部長になるとは私も知らなかったのですから。』
--COMMENT--
 87分署シリーズ第52作は、88分署の一級刑事オリーが主人公になって、集会のリハーサル中に狙撃された大物政治家の事件と、盗難にあったオリーの処女小説原稿探しが並行して展開する。このでぶっちょ・大食漢・差別用語遠慮無し刑事がけっこう憎めないですね。ちゃっかり新人女性警官にちょっかいを出したり…
 引用は、彼の小説『市警察本部長への報告書』の最後の辺りの一部。いい加減な刑事の作品なのでストーリーも無茶苦茶!さぞかし、マクベインは気楽に書けたでしょうね。車名登場はここだけでした。(2010.9.20 #653)

ノクターン白いジャガーNocturne (c)1997井上一夫訳 早川 2000

『ガソリン・スタンドの事務所から出た刑事たちは、角に立っている金髪に気がつき、まぎれもなくその正体を見て取ったが、それっきりそっちに目をくれようともしなかった。ヨランドもふたりに気づき、その正体にも気づいたし、二人が標識のない濃紺のセダンに乗り込むのを用心深く見守った。白いジャガーが彼女の立っている歩道に近寄ってきた。助手席の窓が音もなくあく。信号の灯りが車と歩道とヨランドを赤く照らした。彼女は通りの先の黒っぽいセダンが、排気管から煙の尾を引くのを見るまで待った。そこで歩道につけた車の窓を覗き込み笑顔でいった。「ねえ、ちょっと、パーティーをやりたくない?」
「いくらだ?」車の男は尋ねた。
信号が替わり、急に全てがグリーンになる。
一瞬の間をおいて、二台の車は反対側に走り出した。まだ夜はこれからだ。』
--COMMENT--
 読み返し中の87分署シリーズ第48作は、名声を博した元ピアニストの老女殺人の事件、同じ日に起きた娼婦殺人事件とヤク売人と娼婦のヒモの撃ち合い事件を87分署の面々と88分署のオリー刑事が別々に追う。寒々とした暴力の街ニューヨークを描かせるとマクベインは一級です。
 信号の灯りが登場人物、もし刑事が彼女に声をかけたらその後の展開ががらりと変ったであろう運命のすれ違い、を照らしだす引用部分は、そうした夜の街を目に浮かばせるような見事な描写。本書タイトルの「ノクターン」を想起させる<…まだ夜はこれからだ…>も、恐れ入りました。
 他の登場車は、ガソリン・スタンドで修理中だった警備員のキャディラック・リムジン、刑事たちのシヴォレーセダン、娼婦のヒモのレクサスなど。(2010.9.27 #655)

耳を傾けよ!ストレッチリムジンHARK! (c)2004山本博訳 早川 2005

『ホースは、ぶつぶつ言いながら署の玄関ドアを開け、外階段で勇敢にも本土の保安施設を守っている制服警官にうなずいてみせ、脚をかばいながら階段を降りて歩道に出た。そこで左に曲がるつもりだった。そうすれば、通りの先に地下鉄のキオスクがある。
 黒のストレッチリムジンが、エンジンをかけたまま縁石に止まっていた。後部ドアにはチャネル・フォーのロゴ…市のスカイラインのシルエットに巨大な数字4が重ねてある…がステンシルで書かれていた。歩道側の後部に色つき窓が音もなくするすると降りた。そこからハニー・ブレアのニコニコ顔がのぞいた。
「そこのいい男、乗っていかない?」彼女が言った。
ホースは車のほうに歩いていった。「やあ! こんなところで何しているの?」
「驚かそうと思ったのよ」彼女が言った。
 彼は彼女の隣に乗り込むと、ドアを閉めた。「いい車だ」彼が言った。
「メディアスターの役得よ」彼女はそう言って目をぐるっとまわした。
 ハニーがボタンをたたいた。運転席と後部座席との間にある色つきガラスに仕切りが上がって、二人を音のない動く繭の中に閉じ込めた。』
--COMMENT--
 読み返し中の87分署シリーズ第54作は、何度も87分署の面々を欺いてきた知能犯の男から届けられるアナグラムやらシェイククスピア引用、はてや回文を使ったメッセージに翻弄されるが、果たして次の犯行計画をストップさせられるか?? そんな日常のなかでもいくつかのカップルが接近したりすれ違ったりするエピソードが楽しい。知能犯を手伝ってたくさんのメッセージの運び屋を調達する娼婦がけなげな準主人公として描かれていて好ましかったし、物語の結末がとってもおしゃれ。そうそう、88分署のオリー刑事が彼の小説原稿を盗った犯人を捕まえることができ、原稿は燃やされていたがあまりに短かったので犯人が全文を暗誦できた!なんて挿話もシリーズならでは展開が味わえる
 引用は、コットン・ホース刑事といい仲の"メディアスター"が登場するシーン、このあと二人が何者かに狙撃されホースはとんだ災難に。ポン引きのBMWセダン、<リーガル・リムジン社>のリムジンなどが出てくる。(2010.10.4 #656)

ビッグ・バッド・シティシボレーThe Big Bad City (c)1999山本博訳 早川 2005

『ソニーはリヴァーヘッドに夜明け前についた。キャレラの家から4ブロックほど離れた夜間営業の駐車場に盗んだ車を停めた。[中略]  彼がしばらくの間つけ回していたシボレーは、キャレラの家の車庫の前にとめてあった。これには驚いた。彼はざっと家を見回した。灯りは一つもついていない。彼はドライブウェイの脇の芝生の上をそっと歩いてまっすぐガレージの横のドアまで行った。家とガレージの間。ここが最も危険な場所だ。家の中から見られる可能性がある。しかし、まだ外は暗い。しかも彼も黒い―これもおかしかった―彼はちゃちな錠を簡単にあけた。彼はすばやくドアを開け、また同じようにすばやく閉めた。
 彼はすばやくドアを開け、また同じように素早く閉めた。ガレージの中には車が二台あった。これでキャレラがなぜ傷だらけの警察車をドライブウェイにとめたかがわかった。
 ソニーはデザート・イーグルをベルトから取り出した。腕時計を見た。6時10分前。彼の推測では一時間後にキャレラはあの世行きだ。』
--COMMENT--
 87分署シリーズ第49作は、修道女が殺される事件、クッキー・ボーイとよばれる空き巣狙いのからむ事件、そしてキャレラを追うソニー・コールのストーリーが重なり合いながら進行する。たくさん交わされる修道女についてのいジョーク、複数の出来事の場面のスムースな転換、行間のほっとした街の情景描写など、まさに円熟のマクベイン(72歳!)。例えば、お気に入りの一節。
《…日曜日の夕暮れは、ローズピンクから、濃いばら色へ、そして赤みがかったラベンダー・ブルーから紫、黒と変化し、とうとう金色に輝いた夏の日が暮れた…》
 引用は前科者ソニーがキャレラを亡き者にしようと迫るシーンで、キャレラとブラウンのいつもの車が整備中のため代車に乗って帰っていた。他に、ソニーが借りていたグリーンのホンダ、追突事故を起こした女性のビュイック・ステーションワゴンなど。(2010.11.18 #663)

最後の希望ポルシェThe Last Best Hope (c)1999長野きよみ訳 早川 2000

『フロリダ州カルーサ市のカドペド美術館はなかなか立派な美術館だ。駐車場や入口を示す案内板がそこここに掲げられている。キャンディス・ノウルズ―彼女をキャンディスと呼ぶ者は男であれ、女であれ、子どもであれ、神のご加護がありますように―は、月曜日の午後4時、空っぽの駐車場にコンパクトな白いポルシェを停めた。
 フロリダのまばゆい陽射しが、はるか向こうの美術館のタイル張りの塔に色を落としている。駐車場が砂利敷きだと知っていたら、ペタンコの靴を履いてきたのに、と思いながら、彼女は車をロックした。バッグに鍵を滑り込ませ肩にかける。いつもはブラウニング25口径オートマチックをバッグに入れているが、きょうは持ってきてきていない。フロリダ州は銃の携帯を法律で認めている州ではあるが、警備員に足止めをくらい、バッグの中に銃なんて入れて何をするつもりかなどと訊かれたくなかった。中に入って、仕事の下見だけするつもりだ。今日は1月27日、つまり、本番まであと5日。』
--COMMENT--
 ホープ弁護士シリーズ第13作(シリーズ最終作)は、ニューヨークに行って消息をたった夫探しを依頼されたホープが、87分署のキャレラに電話で協力を求める。このシリーズは初めてのため登場人物が分かりにくかったり、マクベイン得意の分断ストーリーが冴えわたり…読み通すのが難渋しました。
 引用は、"ソクラテスの盃"を奪おうとする窃盗犯の女が現場の下見にいくシーン。ポルシェ・ボクスターでしょうね。他に、マシュー・ホープの"くすんだブルーのアキュラ"、女優の母親の"ガタビシの古いサーブ"、女優のボーイフレンドの赤いマーキュリーなども登場。(2010.11.25 #665)

マネー、マネー、マネーレクサスMoney, Money, Money (c)2001山本博訳 早川 2002

『死人のズボンの右ポケットには小銭がいくらかと、家のものらしい鍵、郵便受けと車のキイがあった。車の鍵の黒いプラスチックのヘッドには、レクサスを表す大きな金文字のLが円の中に描かれている。豪華な車は、麻薬を暗示しているのかもしれない。もっともこの頃の流行はレンジ・ローヴァーだ。大都市の麻薬ディーラーもハリウッドのプロデューサーもそうは変わりはしない。
おう、そうだぜ。この死人が麻薬に関係していたという可能性(この頃この市でそうでないやつなんかいるか?)は、財布のポケットにつっこんであったピストル携行許可証でますます高くなった。
 許可証はワルサーP-38用のものだが、麻薬を商売にしている者にしてはいささか古めかしい型だ。だが、この男は、ただの宝石商で、黒人女を捜してアップタウンを歩き回り"ハイファイブ"と呼ばれるような黒人ギャングの女にうっかりちょっかいをだしてしまったのかもしれない。拳銃は、特別あつらえのスーツの下のショルダーホルスターに収まっていた。オーバーコートは着ていない。まぁ、誰かの頭の撃とうとするとき、外が寒いからといってコートを着せたりしないだろう。』
--COMMENT--
 87分署シリーズ第51作は、動物園のライオンに食いちぎられた女が発見される事件…大半は87分署管轄だが腕だけ88分署地区にあってオリー・ウィークスが登場してくる…を契機に、ややこしい国際麻薬シンジケート事件にまで広がってくる。オリーが2度も主役のキャレラの命を救うという大活躍ぶりが楽しい。
 引用は後ろ暗い出版社セールスマンの死体をオリーが検分するシーン。増えすぎたレクサスに代わって、レンジ・ローヴァーのステータスが上がってきているようだ。メキシコで麻薬取引のとき現れる紺色のメルセデス、麻薬密売グループの女たちの黒いリンカーンと白のML320メルセデスなどが登場。(2010.12.2 #666)

最後の旋律ジャガー・コンバーティブルFiddlers (c)2005山本博訳 早川 2006

『「どんな車を買ったの?」彼女が聞いた。
 カネが底をつきかけていることについては、心配していなかった。やらなければならないことをやるまでのカネは残っている。これを最後までやり遂げるに足るカネをホーム・エクイティ・ローンで借りられたのだ。こんな使い方をしていたのでは、ぎりぎりだが、それもこれもみんなあのためだろう? つまり、訂正のためだろう? 修正のためだろう? 自分がたのしむべきはずだった人生を今作るためだろう?
19歳の赤毛とレンタルのジャガー・コンバーティブルで田舎をドライブするためだろう? 何もかもそのためだろう?
 彼が「俺を覚えているか? チャックだが?」と言ったときのアリシアの顔。それだけで報われたと言えそうなほどだった。』
--COMMENT--
 マクベインが2005年7月に他界して同年9月に刊行された87分署シリーズ最終作。高齢者ばかりが次々に同じ銃で撃たれ、一切の関連性のない事件をフルキャストの刑事たちが追う。その間に、娘の危ない挙動に振り回されるキャレラ、彼女との関係を一歩進められそうな気配のオーリー、クリングが誠実さを問われ女友だちから絶縁されるなど、これまでの刑事たちたちの身辺の物語がそれぞれの終結を目指していき、まさにフィナーレを飾るシンプルで格調の高く全56作を締めくくるのに相応しい作品。それにしても格好よくて、同情すら覚えてしまう人生の犯人像を最終作に描いたのか不思議ではある。
 引用は犯人が最後の楽しみのために散財して入手するジャガーの部分。前段にセールスがその車のスペックを滔々と説明するシーンもあった。警察小説でありながら、やさしい眼差しで描かれる登場者たちや、軽妙でおしゃれな展開など他作家にないテイストがもう味わえないと思うと残念。 (2010.12.16 #667)


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