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MUNGER, KATY /ケイティ・マンガー

時間ぎれオールズ・カトラスOut of Time (C)1998務台夏子訳 新潮 2003

『ボビー・Dの78年型オールズ・カトラスは、大きかった。大きくなくちゃ困るからだ。他の車じゃボビーの巨体はとても収まらないだろう。その巨大なボディのおかげで、あたしはダーラムの街をタイタニック号で走っているような気分になった。これは、月光をあびたティファナの街をドライブするための車だ。こんな車に乗っているとこを知り合いに見られたくはない。あたしがスピードを出していたのは、そのためだ。
 その馬鹿でかさにもかかわらず、車は軽快に走った。ボビーは、350立方インチのエンジンと4バレル・キャブレターを備えた、デラックスな5速マニュアル・トランスミッション・モデルを選んでいた。あたしはたちまち家に着き、記録的スピードでシャワーと着替えをすませ、ロン・チャニー(訳注 千の顔を持つ男と呼ばれた米俳優)もうらやむほどたっぷり白粉をはたくと、ブリタニー・テイラーとの午後の約束を果たすべくガーナーへ飛んでいった。
 その子はあらゆる点でかってのあたしと正反対だった。ほっそりした可愛らしい田園のプリンセス。赤みがかった金髪はくるくる渦を巻いて肩にかかっている。ボビーの車で入っていったとき¥、ブリタニーは、本皮のカウボーイブーツにデニムのスカート、ラインストーンをちりばめたベストという格好で、彼女の家庭である小さな農場の前庭で遊んでいた。』
--COMMENT--
前作『女探偵の条件』と本書の2点のみしか訳出されていないが、私のお好みのサラ・パレツキー風の多少下品だが元気のいいアクション・ユーモアに仕上がっている。オビから…探偵免許はないけど、そんなものに頼らなくっても自分ひとりで捜査はできるはず。そんな女探偵、ケイシー・ジョーンズが8年前の「解決済み」警官殺害事件の再捜査を死刑囚の家族に依頼される。すべての証拠は死刑囚となった妻の犯行を指し示し、事件の鍵を握る人物は殺されていく…死刑執行まであと1ヵ月。警察を敵に回しても、果敢に真犯人に挑むケイシーの疾走捜査は続く。
 引用にでてくるカトラスは探偵事務所の所長の車、本人は65年型改造プリマス・ヴァリアントに乗っていて最後は"間に合わせで買った400ドルの64年型コルヴェール"…おんぼろばかり。元警官の家の"古い黒のトヨタ"、同じく元警官の"いかにもマスかき野郎が乗りそうなキャンディーアップル色の最新型ポルシェ"、侵入犯の"黒のフォードF150 "など。(2006.6.2 #415)

女探偵の条件プリマス・ヴァリアントLEGWORK (C)1997務台夏子訳 新潮 2002

『駐車場の前に着いたときだ。例の女子大生がシルバーのポルシェで轟音とともに通り過ぎていった。なんて不思議な。その車はブラッドリーのにそっくりだ。あたしは彼の腰に腕を回して、うっとりと彼を見上げた。角を曲がって走り去るとき、女子大生は、怒りを込めてキーッとタイヤをきしらせた。
「こら、触るな!」ブラッドリーは、ハエを追うようにあたしを追っ払った。「ほんとにいやな女だよな、あんたは」
「おたくみたいな男には、よくそう思われるわ」あたしは悦に入って打ち明けた。
「後生だから、早くうちに連れていってくれ」あたしのポンコツのプリマス・ヴァリアントが見えてくると、彼はそう言って脱兎のごとく走り出した。中略
 十月のその日は、カロライナでしか見られない、うららかで美しい景色を見せていた。空は青く晴れ渡り、漫画に出てきそうな白い雲が、涼しいそよ風にのって軽やかに流れていく。空気はさわやかに香り、まるであたしの肺だけのためにきれいな海の上空の空気と入れ替わったようだった。
 ハイウェイまでもが、舗装したての路面を濃いオレンジ色や黄色の葉をはためかせる広葉樹に縁取られ、すがすがしく見える。昔からいつもそこにあるカロライナの松は、あたしが毎冬、放課後に小遣い稼ぎのバイトでグレープフルーツの箱につめた緑の薄紙みたいに、紅葉を取り囲んでいる。
 こんなときに、いかにものどかなピードモントの山々をハイキングするんじゃなく、大嫌いなやつといっしょに車にのっているなんて実に残念。』
--COMMENT--
 ボディーガードとしてやとわれた女性議員に殺人容疑がかけられ、その疑いをはらすために"でかい、押しが強い、抜けめない…あたし"がLEGWORK(足でかせいで調べまわる)する。
主人公のユーモアたっぷりな会話やテンポのよい動きなど、私の好みですね。自然保護の運動なんかを取り入れているところは、カール・ハイアセンのフロリダ・ミステリぽいところもある。引用の後段の、カロライナの秋の風景などもなかなかの味わいがある。
 引用場面は、飛行場に戻ってきた、いまいち動きが怪しい女たらしのブラッドリー(女性議員の夫)を出迎え家に送るシーン。ケイティ・マンガーは、『時間ぎれ』でもそうだったが、ポルシェに乗るのはいやな奴と決めている。ほかに、対立州議員院候補の"赤いマツダ・ロードスター"、その母親の"クリーム色のリンカーン・コンチネンタル"が登場する。(2006.6.17 #419)


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