lagoon symbol
Paretsky, SARA /サラ・パレツキー

レイクサイド・ストーリーダットサンDEADLOCK (c)1984山本やよい訳 早川書房,1986

『月曜日の朝、ロティはギブスをとり、腫れがひいて順調に回復しつつあると宣言、わたしをとらわれの身から開放した。わたしたちは北にある彼女のこぎれいなアパートメントに向かった。
ロティはほかの車が必ずどいてくれるものと信じて、怖いもの知らずで緑色のダットサンを運転している。右フェンダーのへこみと助手席のドアの長いひっかき傷が、彼女のやり方の成功を示す証拠である。わたしはアディンス通りで目をあけた−間違いだった。彼女がシェフィールドへ右折するために、CTAバスの前で方向を変えるところを見てしまった。
「ロティ、こういう運転を続ける気なら、セミトレーラーを買いなさいよ。わたしの肩をこの三角巾に押し込めた責めを負うべき男は、あれだけの事故のあいながら、かすり傷ひとつ受けなかったよ」
ロティはイグニッションを切って、車から飛び降りた。「断固たる態度が必要よ、ヴィク。断固たる態度、でなきゃ、ほかの連中に通りからおっぱらわれてしまうわ」
絶望的。手に余る闘争はあきらめることにした。』
--COMMENT--
 シカゴを舞台に活躍するパレツキーの女性探偵・シリーズの第二作。五大湖の海運業界のなかでの犯罪を扱っているため、輸送船や港などについてけっこう専門的な視点があって面白かった。
女性作家だが車もたくさん登場してくる。ヴィクのマーキュリー・リンクス(彼女自身はアウディ・クワトロを買うのが夢だが)、バレリーナのアウディ5000、穀物会社支社長のアルファ・ロメオなど。(2000/07/27)

ハード・タイムスカイラークHARD TIME (c)1999山本やよい訳 早川書房 2000

『半時間後、ゲイトウェイ・テラスに車を入れた瞬間、人々を完全に孤立させている家々の集まりを"コミュニティ"と称するのは妙だなと思った。どの家も、部屋が20室、そして煙突が4本もあるものを"家"と呼べるならの話だが、木立とフェンスに守られて、はるか奥まったところに建っているので、外から見えるのは正面部分の一部か破風だけである。歩道はどこにもない。こんな遠くからでは、町まで、というよりショッピング・モールまで歩こうと思っても無理なのだ。
 自転車に乗ったひと握りの子どもたちを追い越し、かわりに、ジャガーXJ8や、黒のメルセデスのセダンに追い越された。五十三番地につくまでにゲイトウェイ・テラスが見せてくれた街角の暮らしは、これだけだった。アップタウンの混雑したゴミだらけの通りとは大違いだ。
門の所でおんぼろのスカイラークを停めて家の入口を探した。』
--COMMENT--
 ノヴェルズの堂々400ページもの分厚さ。ヴィクことウォーショースキーが、道路に倒れていて、ひきそうになった女性についての謎をトコトン諦めず、脅しに怯むことなく、最後は刑務所に収監されても追い続ける。まあ〜タフなこと!! 読んでいながら、なぜそこまでやるの?と声をかけたくなるようなところが、ヴィクものの面白さなんでしょうね。
 愛用のトランザムは、事故の証拠物件として警察に取り上げられ、しかたなくスカイラークのオンボロ車(イリノイ大工学部を卒業する学生から1200ドルで買った)を足にするが、最後は、最新型のマスタング(といっても、6000マイル走った中古)と、主人公好みの走り屋車だ。今気付いたのだけど、車とかほかにもディテールの描写が丹念なんだな、この作家は。友達のロティは『レイクサイド・ストーリー』ではダットサンだったが、今回はレクサスで相変わらずぶっ飛ばす。作品ごとに車もどんどん変わる。(2001.5.19)

ブラック・リストマスタングBLACKLIST (C)2003山本やよい訳 早川書房 2004

『プロズロウ保安官助手 ― 乾いた服を貸してくれた女性 ― があらわれた。わたしを車で送る役に選ばれたのだった。ヨサノもわたしたちと一緒に外でて、自分のBMWに乗り込む前に名刺をくれた。<リーボルト&アーノフ>のアソシエートで、オーク・ブルックとラサール通りに事務所がある。
 わたしの名刺は財布の中でくっつきあっていた。紙切れをみつけて、彼のために事務所の電話番号を書いた。
「ちゃんと目がさめてる?車で家まで帰れそう?」マスタングのところにつくと、プロズロウがたずねた。
「30分もしないうちにまた呼び出されて、フリーウェイからあなたの死体を回収することになるなんてまっぴらだわ。」
 疲れのひどさに、ハンドルを握るのが危険なことはわかっていたが、気分がどん底まで落ち込んでいて、自分のベッドが恋しかった。無理に元気を装って二本指で敬礼し、笑って見せた。小型のマスタングを街のほうにむけたとき、ダッシュボードの時計は三時十五分を示していた。』
--COMMENT--
 高級住宅地に住む母親が夜中に不審な人影をみた…という話から調査を頼まれ出かけたが、足を踏み外して池に落ちたら死体を見つけてしまった。恋人のモレルはアフガンに行って不在、隣人のコントレーラスと二匹の犬だけが頼りで、戦後の非米活動委員会当時の暗部に遡る事件を追うことになる。それにしても、登場人物の多さと関係のややこしさは格別で、よほど集中して読みすすめないと筋立てからはぐれそうになる。パレツキーはこんなにややこしかったかしら??
 今回のヴィクの車は、引用のとおりマスタングにかわっている。死体で発見された黒人のライターの"グリーンのサターンSL1"、エジプト移民の少年をかくまっていた女子高校生が使う"白のボディのローバー"などが登場。それと、その高校の登下校時に親たちが乗りつける車にレクサスがあって、昨今は高級車の代表としてレクサスがよく出てくるようになった。(2005.8.30 #369)

ウィンディ・ストリートマスタングFIRE SALE (C)2005山本やよい訳 早川書房 2006

『外に出ると、ミスタ・ウィリアムと妻がハマーに乗り込もうとしているところだった。ポルシェはジャッキーとゲアリの車だった。なるほどという感じ。三番目の車、ジャガーのセダンはたぶん、ライナス・ランキンのだろう。あとの者は徒歩でやってくるぐらい元気にあふれているか、もしくは、ここなら安全という思いがあるのだろう。
 こんなところに寄り集まって住んでいたら、長年のあいだにどれだけ多くの摩擦が重なっていくことだろう。ウィリアムと父親の反目がその最たるものだが、ウィリアムの口ぶりだと、兄弟同士も対立しあっているようだ。(中略)
 誰にも見られずに裏口から車をだすことができた。シルヴァーウッド・レーンに出た後は、車のライトを消して、幹線道路に合流するまで、街灯のない道をゆっくり進んだ。ガソリンスタンドのところに出たので、マスタングにガソリンを補充して、ついでに地図を調べた。』
--COMMENT--
 V・I・シリーズ長編12作目。ウォーショースキーの生まれ故郷である、シカゴの今は貧しいサウス・サイドの母校で無理やり頼まれた女子バスケット部のコーチをやっているうちに、地元の旗製造工場の放火事件に遭遇する。放火爆発現場での大怪我を含め3回も病院に担ぎ込まれる大立ち回りは毎回のことではあるけど、高校での部員との交流、夜のごみ廃棄場で愛犬が探索するのに必死に追随していくシーンなど、なかなかの迫力が続く450ページ!! 著者のスタミナ・サービス精神は大したもの。読者のほうも読み終わるとどっと疲れるなぁ。
 V・Iは前作と同じ緑色のマスタングで、車内でバッハを聴く場面など素敵。地元大企業経営者の"ベントレーとキャビン・クルーザーそっくりの馬鹿でかいキャディラック"、その孫の"ミッドナイトナイト・ブルーのミアータ"、地元チンピラの"荷台に大型スピーカーを置いてVBCで始まるプレートのついたダッジ・トラック"など。(2006.7.4 #423)

ガーディアン・エンジェルトランザムGUARDIAN ANGEL (C)1992山本やよい訳 早川 1992

『「きみが彼の手がけるたぐいの法律業務を嫌っていることは知っている。ポンコツ車を乗り回すのと、彼のドイツ製スポーツカーをあざ笑うのが好きなことも知っている…」
「ポンコツ車は卒業したわ」わたしは威厳たっぷりにいった。「今は89年型のトランザムよ。オーク・ブルックの6台用ガレージのかわりに路上に駐車しなきゃならないけど、ボディはピカピカなんだから」
「信じられないかもしれないが、ディックのやつ、自分が間違ってたんじゃないかと思う日もあるんだぞ。自分より君の生き方のほうが正しいじゃないかと…」フリーマンは微笑した。「しょっちゅうあるわけじゃない。あいつだって一度は君と結婚するぐらいにほれ込んだんだ」』
--COMMENT--
 V・I・シリーズ長編7作目は、ウォーショースキーの知り合いの老人の失踪や、愛犬が勝手に処分されてしまった老女の身の回りについて調べるうちに、偽装された企業犯罪に立ち向かうことになる。本作でも、なにくれとなく彼女の捜査を助けてくれるアパートの階下の隣人コントレーラス老がいきいき、いい味で登場する。
 引用は、この頃ウォーショースキーが愛用していた自慢のトランザムについてのフレーズ。元夫の弁護士ディックは当然ながら"メルセデス・コンヴァーティブル"。トランザムが暴漢に襲われて修理中に貸してもらうのが"ポンティアックを乗り回したあとではボートみたいに思える古いインパラ"、そのあと尾行から逃れるため友だちのレンタ・ショップから借りる、これも古いノヴァなど。(2007.9.27 #513)

ミッドナイト・ララバイパスファインダー、トヨタ・シオンHardball (C)2009山本やよい訳 早川 2010

『道路状況はマーク・トウェインの古い名言のようだった。誰もが泣き言をいうくせに、なんとかしようという者は一人もいない。このわたしでさえ。渋滞をぼやきつつ、どこへいくにも車を使っている。困ったことに、シカゴの公共交通機関はきわめて不便なので、依頼された仕事をバスと高架鉄道だけでこなしていたら、睡眠時間がなくなってしまう。ま、こういう状況のため、家に帰るのに40分以上かかってしまった。食料品店に立ち寄った時間は含めていないし、距離はたったの7マイルだというのに。
 ピカピカのニッサン・パスファインダー角ばったトヨタ・シオンのあいだに、強引にわたしの車を押し込んだときには、車から出る気力もなかった。アパートメントに入れば、階下の隣人と二匹の犬が飛んでくるだろう。全員がわたしの相手をしたがっていて、そのうち二名はエクササイズの意欲に燃えていることだろう。
「走るのは健康にいい」わたしは呪文をくりかえしたが、どうしても動く気になれなかった。かわりに、開いたマスタングのサンルーフから木々を眺めた。』
--COMMENT--
 V・I・ウォーショースキー・シリーズ第13作は、サラ・パレツキーさんが9月開催の国際ペン東京大会参加するため来日にタイミングをあわせた刊行。新聞などで報道されていましたが、ご当人とってもは上品でおしゃれなイメージでした。著者自身が体験したマーティン・ルーサー・キング牧師のシカゴでのデモ行進を題材としてそのとき起きた事件と同時に失踪した黒人青年について懸命に調べていくうちにヴィクも何者かに狙われるようになる。聞き込みに奔走するシーンやシカゴの街、歴史の描写など個々には面白いのだが全650ページを読みきるには相当な気力が必要で残念ながら多少身辺多忙ということもあって今回は半分の25章までで諦めました。
 引用は、ヴィクの愛車マスタングと、初登場の元気な従妹ペトラのパスファインダーが出てくる箇所。"トヨタ・シオン"はご存知日本版"bB"の北米ブランドで、"サイオン"が正しい呼称。(2010.10.18 #658)

ウィンター・ビートトヨタ・カローラBody Work (C)2010山本やよい訳 早川 2011

『事務所に着くと、エンジンをかけたままの車が建物の前に停まっていた。一瞬、警察かと思ったが、この車は長年乗り回している感じの薄汚れたカローラだった。わたしが事務所のドアのキーパッドに暗証番号を打ち込んでいるあいだに、運転席の人物がエンジンを切り、車から降りてきた。防寒用に着ているのはカーキ色のくたびれたフィールド・ジャケットだけで、ファスナーは開けたままだった。
「探偵さん?」その人物は脚を引きずって歩道を歩いてくるさいに、煙草の吸殻を溝に投げ捨てた。
「V.I.ウォーショースキーよ。ええ、探偵です。どんなご用件でしょう、ミスター?」
「ヴィシュネスキー、私はジョン・ヴィシュネスキー」その顔には皺と傷跡があり、声はおだやかで、疲れのにじむ低い響きだった。』
--COMMENT--
 V.I.ウォーショースキー・シリーズ第14作は、ヴィクの従妹が働くナイトクラブで女性客が殺され容疑者となったイラク戦帰還兵の若者の両親から無実を晴らすよう調査を依頼される。イラク戦でビジネスを拡げる民間軍事会社や心に傷を受ける兵士たちなどの社会問題をバックにしたやや重いテーマ。なにしろ670ページにもなる大作(しかもページ行数を増やし余白が殆どないつめ込みレイアウト)で何度もギブアップしそうなのを堪えて!堪えて!ようやく読了。近作はどれも過剰トピックス、複雑すぎ、登場人物多すぎで私にとってはしんどすぎる。
 引用は、被疑者の父親がヴィクを訪ねてくるシーン。オーナーがちょいしょぼいけど、カローラもまだまだ活躍。主人公のマスタング、従妹のニッサン・パスファインダーは近作と同じ。被疑者と仲間が乗り込むトヨタRAV4、殺された女性の家族のスバル、軍事会社の男の"黒の新型レクサス"とジャガーEタイプなど。パレツキーはかなりの日本車好きのようだ。(2010.11.3 #716)


作家著作リストP Lagoon top copyright inserted by FC2 system