lagoon symbol
KEITH,PETERSON /キース・ピーターソン

夏の稲妻ダッジ・ダートThe Rain, (C)1989芹澤恵訳 創元推理文庫,1991

『雷鳴の轟きと空を切り裂く稲妻の閃光をともなって、雨は激しく降っていた。まるで銀色の液体でできたカーテンのように、眼と街の景色のあいだを雨が遮断していた。土砂降りの雨に、何もかもぼんやりかすんでいた。
 ほとんど視界がきかない状態で、わたしは玄関前の階段を下りた。ジャケットの襟を立て、そこに顎を埋め込むようにして、歩道を歩いた。アーヴィング・プレイスの角に出るまでに、ずぶぬれになっていた。髪が頭にぴったりとはりつき、水を吸ったジャケットが肩に重かった。吹きつける雨に逆らって、わたしは通りをすすんだ。顔にかかる雨の飛沫に息がつまった。ようやくダッジ・ダートを停めたところまでたどり着き、格闘のすえにドアを開け、びしょぬれのまま車内に転がり込んだ。運転席に腰を落ち着け、口のなかから雨のしずくを吐き出し、呼吸を整えた。
 雨はポンコツ・ダートの屋根を勢いよく連打している。わたしはエンジンをかけると、煙草をくわえ、火をつけた。フロントガラスは完全に水浸しだった。雨がガラスの上に描き出す不規則な模様以外、何も見えなかった。
・・・・
 わたしは運転に集中した。考え事をしている余裕はなかった。赤信号にひっかかるまでは。車が停まって、頭に浮かんできたのは、、わたしの気に入らないことだった。おしまいだった。これで首は確実だった。月曜日が来るまでには、わたしは新聞業界で仕事ができなくなっているだろう。』
--COMMENT--
『ニューヨーク・スター』紙の硬派の事件記者ジョン・ウェルズのシリーズ第3作、MWA最優秀ペーパーバック受賞作品。ニューヨークの街の情景がしっとりと伝わってくる、よき時代のミステリーの味わいがある。
 パトカーによく使われているような無粋なダッジ・ダートがぴったりの設定だし、互いに片思いの微妙な関係のある女性記者ランシングのクルマは、以前は、ホンダ・アコード、今は赤いスポーツ・カー・・などと出てきたりしていた。 (2003.4.15)


作家著作リストP Lagoon top copyright inserted by FC2 system