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RICE, CRAIG /クレイグ・ライス

時計は三時に止まるタクシー8 FACES AT 3 (C)1939小鷹信光訳 創元 1992

『「なあ、ジェイク。彼女を訪ねてみるよ」
「歩いてか」
「馬が見えるっていうのか」
「ここいらの人間はタクシーも知らんのか。ここはお上品過ぎて、目抜き通りもないのか」ディックが前方、風雨に傷みつけられた並木の向こうを指差した。ジェイクは深々と吐息をついた。
まさにそのとき、通りのはずれから一台のタクシーがいきなり姿を現した。ふたりは盛んに手を振り口笛を吹いた。タクシーは車道をスリップしながら横切ってきて、半回転し、一本の木を辛くもかわし、ふたりの前で車体をふるわせて停まった。
「今日はスリップしやすくてね」そう言う運転手の顔には血の気がなかった。
ふたりは乗り込み、音高くドアを閉めた。「メイプル・ドライブの1216番地」
運転手は好奇心まるだしでふたりを見つめた。「あんた方は弁護士さんかい?」
「いや」ジェイクが答えた。「だけど、なろうかと思ったことは…」
「じゃ、新聞記者かね」
「今度もはずれ」ジェイクが先を続けた」「でも、昔は…」
「そんなに知りたいんなら、教えてやる」ディックがいきりたって言った。「ぼくはバンド・リーダーで、こっちはマネージャー。ほかになにか知りたいことは?」
運転手はニッと笑った。「あの家ではバンドには用はないと思いますがね」そう陽気に言うと車を発進させた。』
--COMMENT--
 ユーモア・ミステリ作家らしいと聞いて手にしたところ、なるほど、都会派のしゃれて突拍子もない会話などかなりのもの。読み終わってから著者が<『タイム』誌の表紙を飾る最初のミステリー作家であり、きわだった純アメリカ探偵小説ジャンルのただ一人の女性…>なのだと知り驚きましたね!!
 上記の引用は、バンドリーダーのディックが駆け落ちあいてのホリーと待ち合わせたのに、約束の時間になっても現れず彼女の自宅に向かおうとする。その頃、彼女は殺人被疑者として警察に捕まっており、タクシーの運ちゃんの方がそれを知っていた…物語の冒頭のところ。
 私の生まれるより前の作品だが、古さを感じさせない。同行しているマネージャーのジェイクと、ヘレン(富豪の娘で酒豪で黄色いコンバーティブルを乗り回すスピード狂)、弁護士のマローンが主役のシリーズ作品の第一作。
ウィリアム・ルールマンの序文によると、以下のような一節が紹介されていた。
… 車は、灰色の湖に浮きつ沈みつする大きな薄汚れた氷の塊をながめながら、ガラスのようにつるつるで滑りやすい道路を湖岸沿いに走っていく …
 私は見つけられなかったが、軽快なリズム感のある素敵な文として楽しめる。(2006.4.2 #407)

セントラル・パーク事件ロードスターThe Sunday Pigeon Murders (C)1942羽田詩津子訳 早川 2006

『誰かが大きくクラクションを鳴らした。ビンゴは階段の下でくるりと振り返った。家の前にグレーのロードスターが停まっていて、ジューン・ローガンがステアリングの前にすわり、彼に向かって勢いよく手を振っていた。歩道をつっきて彼女に近づいていくと、厳しい顔つきでいった。「何だ?」
「乗って、あなとも相棒も」その声には妙に切羽詰った響きがあった。「相談したいことがあるの。ぜひとも話さなくちゃいけないことがあるのよ」
「ここには二度と戻ってこないとと思っていたわ」ジューン・ローガンはいった。彼女のロードスターは、リバーサイド・ドライブに猛スピードで曲がりこんだ。
「ねえ、聞いてくれ」ビンゴはいいかけた。
「お願いだから街から出て、今すぐ」
彼女は車を右車線に移動させると、いくぶんスピードをゆるめた。』
--COMMENT--
 本書は、1957年にハヤカワ・ミステリで刊行された作品を改訳、文庫化したもの。3作ある"ビンゴとハンサム・シリーズ"の第一作。
 共同経営者の失踪にかけられた保険金を横取りしようと企む面々のなかで、セントラルパークでしがない記念写真屋をやっているビンゴとハンサムが事件に巻き込まれていく。60年前のニューヨークのほのぼのとした街と人や、上品でユーモアあふれるタッチが楽しい。主役の二人に加え、登場する女性たちがみな美人でかっこうよい…他にも、ダークブルーのビュイック・セダンに乗って登場するブロンド嬢がでてくる。(2006.6.5 #417)

ママ、死体を発見すトレーラーMother Finds a Body (C)1942水野恵訳 論創社 2006

『「わたしたちはトレーラーで移動中だった。信じられないかもしれないけど、途中で5回もパンクしたのよ! 牽引車を待つあいだに、ママはさっきの歌をうたいはじめた。そして気がつくと、両手一杯に四葉のクローバーを持っていたの」
「タイヤが5回もパンクするなんて、ちっともラッキーじゃないと思うけど」ビフはじっと森を見ている。母の姿はすでにない。
「それがラッキーだったたのよ。最後にパンクした場所はオハイオ州、アクロンの近くで、タイヤの生産地だった。ママは髪をふわふわにふくらませ、鼻に白粉をはたいて、ある会社の社長を訪ねたの。どうやってそんな偉い人に会えたのかは今もってわからない。でも、ママはああいう人だから、とにかく、その社長に説明したらしいわ。自分たちはヴォードヴィルの旅芸人で、マチネーに出演するためにスプリングフィールドへ行かなきゃならないだって。そのあとちょっと泣いてみせた。そしたら十分後に技師がやってきて、真新しいタイヤを5本、車に取り付けてくれたのよ。「お金はいりません」彼はわたしたちに言ったわ。「社長は気の毒な方を助けられたことを喜んでいます」って
 ビフは形ばかりの返事をした。熱心に耳を傾けていたとは思えない。』
--COMMENT--
 クレイグ・ライスがジプシー・ローズ・リー名義で発表したとされる旅芸人シリーズの2作目。いかにもライス風のどたばたスクリューボール・コメディのタッチが楽しめる。
 このトレーラーには、引用の部分の語り手のジプシー・ローズ・リーと結婚したばかりの夫ビフ、リーのはちゃめちゃ母親、それに同僚数名など、かなりの人数が乗っていて、この車上がほとんどの舞台になる。(2007.9.19 #509)

マローン御難黄色いコンヴァーティブルKNOCKED FOR A LOOP (C)1957山本やよい訳 早川 2003

『ジェークはひとっ跳びで階段を駆け下り、コンヴァーティブルにすべりこみ、爆音をあげてイースト・ウォルトン・プレースを走り出した。ああ、もうやってられない。黄色いコンヴァーティブルに乗った赤毛の男を警察が探し回るってわけだ。晴れた日の消防パレードみたいに目立つに決まっている!
 まあ、ジタバタしてもしかたない。人生で何度も何度も出会う災難のひとゆに過ぎない。おまわりを出し抜いてやったことは前にもある。今度もそうすればいい。ここにヘレンがいれば、大喜びするだろうに!
 車のスピードをすこし落とした。このまま家に戻って、コンバーティブルをもとの場所におき、エレベーター係に秘密厳守を誓わせてから急いでベッドにもぐりこんでいればいい。』
--COMMENT--
 弁護士マローン・シリーズ第10作は、主人公が勝手に子どもの誘拐事件の交渉人にさせられたり、事務所で死体が発見されたりと、よくわけのわからない不可解な展開。おしゃれなドタバタってところでしょうか。誘拐された…とされる生意気な女の子が面白い。
 登場車は、シリーズ最初の『時計は三時に止まる』から相変わらずの<黄色いコンバーティブル>だが車名はでていない。(2007.9.20 #510)


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