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Ross, Ann b. /アン・B・ロス

ミス・ジュリア、真夏の出来事外車のクーペMiss Julia Speaks Her Mind (C)1999栗木さつき訳 集英 2006

『「ちょっと運転してくるわ」リリアンに言った。「この家をでて、考え事をしないと」
「ええ、ばってん、気をつけんばですよ」と、リリアン。「ここでん、あそこでん、どこでん、あなたは腕のよかドライバーじゃなかですけんね」
 返事をする価値もないので、返事はしなかった。わたしはガレージから新車をだし、純粋なドライブをはじめた。それは、わたしにとって新しい経験だった。とくに行くあてもなければ、ウェスリィ・ロイドが帰宅するまでに戻る必要もない。そこで、町の外にでると、郡の端から端までつづく二車線の道路を通り、車のすくなそうな道を探し走りつづけた。
 ゆっくりと運転し、畑や果樹園をながめ、なだらかに起伏する山沿いに缶詰工場や簡素な農家を見つけたりした。まだ行ったことのない地域へと車を走らせると、フレンチ・ブロード川やブライヤ小川沿いに小さな村が見えた。農場のトラックの後ろをのろのろと走っていると、トラクターの通ったあとに赤土が舞い上がるのが見えた。こうして、郡をぐるりと回るようにして走ってはいたものの、州間自動車道は避けた。この精神状態でハイウェーに入ったら最後、戻ってこられないような気がしたからだ。
 もちろん、州間自動車道を運転した経験もあまりない。どこかに行くときは、かならずウェスリィ・ロイドがハンドルを握っていたからだ。運転は彼の仕事だった。私の仕事は、地図をたたむことだけ。』
--COMMENT--
 銀行家の夫に先立たれた67歳のミス・ジュリア(昔はオールド・ミスと言ったけど、近頃は怒られそうだ)が南部の田舎町でくりひろげるユーモアとウィットたっぷりのローカル・コメディ…ということで初の和訳本だった。だんなが亡くなっただけで、それ以外には殺人事件なんかは起こらず、ミステリーというほどのスリルはないものの、登場人物の面白さ、トークの面白さは、私のお好み。
 引用部分は、夫の隠し子が突然現れておたおたしてしまい、殆ど運転したこともないジュリアがドライブに出かけるシーン、だんだんと自立意識が高まってくることがうまく伝わってくる。夫が帰宅して車内でそのまま死んでしまった"買ったばかりの鉄灰色のビュイック・パークアヴェニュー"、ジュリアはビュイックを売り払って"よくある小さなクーペの外車"を買う…多分、BMW318ぐらいでしょうね。この車に、家政婦のリリアンと隠し子のママを乗せてさらわれた隠し子を取り戻しにいくドライブ道中は、もうけっさくなことと言ったら!!。(2006.6.29 #422)


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