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Rob Ryan /ロブ・ライアン

暁への疾走ブガッティEARLY ONE MORNING (C)2002鈴木恵訳 文春 2006

『ウィリアムズは目で見る前に彼を感じた。トンネルにはいると、ごつごつとした岩肌にブガッティの過給器の悲鳴がキーンと反響し、つづいてもっと低い、ほとんど超低周波のような、カラッチオラのメルセデスのエンジン音が聞こえてきた。のんびりしたような7.1リッター・エンジンは、15メートルに一度しか点火しないように聞こえるが、途方もないトルクを生み出している。
 トンネルをでると、ブガッティの悲鳴が小さくなり、メルセデスSSKが背後に迫ってくるのがわかった。大排気量エンジンの低い囁きが耳をうつ。震えるミラーに目をやると、カラッチオラがじろじりと探りをいれてくるのが見えた。
 二台は加速しながらシケインへの坂を下り、カラッチオラはついにブガッティの端正なテールに接触しそうなところまで迫った。海岸沿いを走りながら、口をあけた観衆をちらりと見やるが、喚声は荒々しいエンジン音にさえぎられて聞こえない。タバコ屋コーナーの手前でブレーキをかけ、計器の針がぶれるなか、ギアを落としてその左カーブを曲がると、ふたたびアクセルを踏み込んで、ガスワークスまでずっと、その威勢のいいちぽけなブガッティを悩ませる。そのとき、マシンがスリップするのがわかった。タイヤが路面をすべり、グリップを求めてあがき、リア・アクスルが激しくふれる。トラブルだ。
 路面電車の線路をがたがたと乗り越え、こんどは登りにはいる。ブガッティが路面の油膜ですべり、左右にぶれるのが見えた。カラッチオラは右につっこんだ。そのイギリス人がどう進路を立て直してくるかに賭けたのだ。ブガッティの過給器がボンネットのから煙と炎を噴き出しているのを見て、相手をとらえたのを知り、サン・デポートに向かってトップをきって坂を駆け上がった。』

--COMMENT--
 二次大戦当時、フランスでレジスタンスを支援する名ドライバーたちがいたという史実に基づいて仕立てられたミステリということで手にした。上の引用のように、1929年のモナコ・グランプリ(この年から始まった)で主人公のウィリアムズとカラッチオラが激しいトップ争いをする場面など多くのカー・シーンが楽しめる。
 ブガッティのレース車はフレンチ・ブルーだったのだが、英国籍のウィリアムズがドライブしたT35Bはブリティッシュ・グリーンに塗装されていた顛末まで書き込まれている。表紙はブガッティ・タイプ57SCアトランティック。
 この手のセミ・ドキュメントものは、どこまでが事実でどこからフィクションなのか気になりだすととまらないという悪癖が頭をもたげてしまう。(2006.10.4 #440)
Ref.ヒストリック・カー、クラシック・カーを中心としたミニチュア・モデルの緑龍館 別館


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