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Shames, Laurence/ローレンス・シェイムズ

サンダーバード、キャディラックSUNBURN (c)1995北沢あかね訳 講談社1996

『信号が変わると、ジョーイは轟音とともに飛び出し、モペットや道路脇の酒場からあふれてくる酔っぱらい、さらにはスピーカーをガンガン響かせた高性能ジープの間を縫うように進んだ。前方に目をこらしたが、サンダーバードの姿は見えない。左手では、月光がメキシコ湾にキラキラ反射している。右手からはキーウェストの歓楽街のどぎついネオンが目に襲いかかってくる。
背中を丸め、巧みにハンドルをさばいた。そして、カウキー水道の手前、島の東端で再びサンダーバードの姿を捕らえた。150ヤードほど先だろうが、間にはびっしり車がならんでいる。うなっているキャディラックのエンジンからさらにスピードを駆り出し、道路が狭くなる前に兄を捕らえようと必死になった。ボカチカからは二車線になってしまうのだ。旧式のバンを追い越すために埃っぽい路肩に乗り上げると、巨大なタイヤが砂利に驚いて飛び退のき、ヴィンセントがドアにぶつかって跳ね返った。
安っぽい歓楽街は後方に去り、道路の両側はのっぺりと薄暗い。メキシコ湾と大西洋の断片が、浚渫された石灰石の廃棄場所とマングローブのしげみの間からチラチラ光っている。幽霊のようなペリカンが月光の中を急降下し、水に潜っては素早く出てくる。』
--COMMENT--
 先月刊行された『ハヤカワ・ミステリ総解説目録』ミステリ賞受賞リストから見つけた英国推理作家協会のユーモア・ミステリのためのラスト・ラフ賞作品。ラスト・ラフってLast Laughなんでしょうね。初めて読む作家のものですが、これがなんと大当たり! 当然、会話はユーモアたっぷりだし、舞台となるフロリダ・キーウェストの描き方が素敵だし、こんなに木々や花、動物などを詩的に語っている小説は今までになかった。
 引用文は、殺人を犯そうとする兄を止めるために、父親と弟が追跡するシーンだが、マフィアのゴッドファーザーである父の車は、1973年型エルドラルド・コンバーティブルなんですね。派手な立ち回りもないのだが、全体にオフビートでしっとりした大人のためのミステリといったところ。こんな作品なら、てっきり『このミス1997』ベスト30に入っていたかなと調べ直しましたがハズレでした。シェイムズの他の作品を探そうと! なお、訳者は早大文学部のOG。(1998/11)

争奪サンダーバード、キャディラックFLORIDA STRAITS (c)1992北沢あかね訳 講談社1995

『州間高速自動車道95号線を南下する長い道のりの間にジョーイ・ゴールドマンの1973年型キャディラックのエルドラド・コンバーティブルは5クオートのオイルを消費し、230ガロンのガソリンを食い、ノースカロライナ州ランバートンと書かれた給水塔の近くまで来たところで、後ろ右側のタイヤをパンクさせた。スペアタイヤに交換しながらジョーイは爪を割ってしまい、それからは一日中何とか形を整えようと爪をかじっていた。自動運転にしておけば、それくらいのことはできるのだ。
 最初にヤシの木を見たところで、サンドラは笑い出した。そのヤシの木はフロリダとの州境からわずか北側にあるランプのトイレの前にたった一本そびえ立っていたもので、ジョージア州にもヤシの木はあると宣言しているかのようだった。
「何がそんなにおかしんだ?」
「トロピカーナよ。オレンジジュースのパッケージの女の子みたいじゃない!」』
・・おまけの一章・・
『夕方は、キーウエストの厳しい基準からみても、美しかった。特に印象的というわけでもない、いつもどおりのゆっくりとした夕日が西の空を淡い黄色に染め、天頂はパールグレーを背景にしたラベンダー色、そして東の空はと言えば、宝石箱の内側のような柔らかな深みのあるブルーだ。気温は唇と同じぐらいの温度、かすかに感じられるそよ風が生け垣からジャスミンの香りを運んでくる。
コンパウンドはゆったりした満足感そのもの包まれていた。
ウェンディは浴槽にあごまで浸かって座り、マーシャがその肩のこりをほぐそうとマッサージしている。ミュージシャンのルークと郵便配達のルーシーは静かなブルーのプールの端に座って、足をぶらぶらさせながら一つのウォークマンにつないだお揃いのヘッドホンに耳を傾けている。裸の大家のスティーブは真昼にくらべれば肌寒い夕暮れに備えて今はタオルをかけラウンジチェアでうとうとしている。クローンに関するペーパーバックが太鼓腹の上で寝息にあわせて上下していた。』
--COMMENT--
 『絆』で好きになったシェイムズの処女作を探してきて読んだわけだが、期待は裏切られず、ますますお気に入りで、くせになりそう。マフィアの父兄から離れるため、ニューヨークを捨てキーウェストに向かうのが前段の引用。後段は、落ちつくことになったコンパウンド(複合住宅)のプールサイドでキーズの雰囲気と同居者を描写したところ。こんな文章を読むと、一度はキーウェストを訪ねてみたくなりますね。シェイムズ自身が余程キーズが好きなんですよ、きっと。主人公のキャラクターも、回りの人たちへの愛情も素敵でしゃれているし、降りかかるトラブルにどう対処するか最後までハラハラ・ドキドキ保証です。(1998/12/20)

約束レクサスTropical Depression (c)1996北沢あかね訳 講談社 1997

『マレー・ゼメルマン、またの名をブラ・キングが、その朝車のエンジンをかけた時には確たる考えがあったわけではなかった。いつものように仕事に行こうか、それともガレージの扉を閉めたままエンジンをアイドリングさせ続けて死ぬまで座っていようか。ここ数カ月、鬱状態が続いていた。乾燥したアプリコットがしなびて種にへばりつくように、心は憂鬱とという芯のまわりでしなびてしまっていた。おかげでそのどちらしか道がないような気がした。
 だから座っていた。冬の間は使わない園芸用の道具を、穏やかな目でフロントグラス越しに見ていた。熊手や鋸が春を待つようにフックからぶら下がっている。つまらない女としか言い様のない二番目の妻のゴルフバッグは革ひもで吊され、媚びるような角度でこちらを見ている。レクサスのエンジンが喉を鳴らすように静かにうなり、ほとんど無臭の排気ガスが冷え冷えした空気の中で青みがかった白に変わった。いつもと変わらぬ呼吸をしながら、べつに自殺すると決めたわけではないと言い聞かせた。何を決めたわけでもない、動くに動けず、ただ麻痺したように座っていた。心を乱されることもなく、うっかるすると潔さと混同しそうな無関心に捕らわれていた。』
--COMMENT--
 シェイムズ4作目を続けて読めるなんて今年は幸先よさそう。ニューヨークで財をなした主人公が、鬱病から生きる手がかりを見失い、ある朝突然、仕事も妻も家も捨てキーウエストに向かって走り出す。上記は、まさにこのストーリーの冒頭部分。成功者の証としてのレクサスがぴったり(私事ながら、レクサスには特別な思いがあります。米国プレス発表のため1989年正月にデトロイトショーに出張しました。そういえばちょうど10年になるんですね。レクサスLS400を開発した鈴木さん<トヨタの名物主査だったな>と私だけでえらい苦労しました)。
 こんな出だしで、どんな話になるのかやきもきしましたが、インディアンのある部族の最後の一人と出会い、とことん肩入れしてしまう痛快なフロリダ・ミステリーに仕上がっている。なんとも言えないゆったりとした情感が魅力。(1999/01/14)

灼熱BMWVirgin Heat (c)1997北沢あかね訳 講談社 2001

『パクられた時にも、彼女のことを考えていたのだろうか。思い出せない。ショックとあっという間の出来事だったという以外、頭には何も残っていなかった。
 盗んだばかりのBMWをジャージーシティの波止場に届けるところだった。そこで車は表向きはタバコと医療品が積載されているはずの船にこっそり積み込まれる。BMWは、ジャガーやベンツやアウディといったほかの車とともに、湾岸戦争前のクウェートに向かい、無税で陸揚げされると、新しい製造番号を刻印されて、多額のオイルマネー、いわば本来の持ち主がガソリン代として払った金で再び買われていくのだ。
 ところが、この車はクウェートどころか、ウィホーケンまでも行き着けなかった。リンカーン・トンネルの料金所で待ち伏せされたのだ。FBIの乗った中古のプリモスに前後を塞がれた。総勢8人の捜査官の鈍く光るピストルがサル・マタッチの頭を狙った。徴収係までが彼に銃を構えた。それがサル・マタッチの運のつきだった。』
--COMMENT--
 読みもらしていたキーウェストものの5作目(邦訳は4点目)。マフィアのボスの娘が以前手下だった初恋の男に再会しにいく…だけのストーリーで、不自然な設定がどうも目につくは、翻訳のまずさに辟易としてしまうは、これまで大気に入りだったのにザンネン。
 引用は、その手下が窃盗車を運ぶときにどじったシーン、キーウェストに逃亡してから乗るのが"図体のでかい旧式のオールズモビル"だ。(2007.12.17 #525)


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