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SIMMONS, DAN /ダン・シモンズ

雪嵐リンカーンHARD FREEZE, (C)2002嶋田洋一訳 早川書房,2003

『アンジェリーナがいきなりリンカーンを動かし、前にいた古い車を追い越して、アムハーストから左折してきたホンダにぶつかりそうになりながら、アクセルを踏んで赤信号の交差点に突っ込んだ。別の車が二台、急ブレーキを踏む。リンカーンはアムハースト通りを東に向かって百メートルほど走り、ノッティンガム・テラスで公園通り沿いにふたたび南に折れた。
「まだついてきているよ」後部座席のアーリーンが言った。
 アンジェリーナはうなずいた。住宅地の道路を時速百キロ以上の猛スピードで走りぬけ、いきなりブレーキを踏み込んでスカジャカダ高速道の斜路に入る。百メートル後方では、降りしきる雪にほとんど見えなくなりそうなポンティアックが飛び跳ねながら同じ斜路を上がってきていた。
 さらに何台もの車の前に割り込んでスカジャカダ高速から190号にのりかえ、時速160キロにスピードをあげて川沿いの土手道を疾走する。
・・・
 その通り―アムベッツ・ドライブの旧道は、何時間も除雪されておらず、アンジェリーナはスピードを落とし、黒いリンカーンは雪煙を蹴立てた。右側はエリー湖にむかって川幅を広げるナイアガラ川だが、見えるのは雪と氷ばかりで、左側の誰もいない公園の、白い灰色ばかりの単調な光景と大差ない。ポンティアックがふたたび姿を見せることは無かった。』
--COMMENT--
 元私立探偵ジョー・クルツ・シリーズの2作目でタイトルに惹かれて手にした。スーパーアクション&ハードボイルド…の見本みたいなミステリだったし、そのわりに、バッファローのマフィアの抗争が妙に複雑にからんできたり…、うーん、紹介が難しい。
 ほかに、主役クルツの古いボルボ、ファミリーの長女アンジェリーナのポルシェ・ボクスター、悪徳警官のキャディラック・スポーツ・ユーティリティなど、たくさんのクルマが登場する。('03.9.3)

ダーウィンの剃刀ランドクルーザーほかDarwin's Blade, (C)2000嶋田洋一・渡辺庸子訳 早川書房 2002

『ローレンスとトルーディの仕事場は、エスコンディード市街からそう遠くない新興住宅地にある二人の自宅だった。二人は保険調査の仕事と自分達にとって唯一の息抜き…自動車レース…に関係のないことは、ほとんど何もしなかった。
 ダーウィンは私道の前でランドクルーザーを停めた。私道にはいろいろな車が並んでいる…ローレンスの古いイスズ・トルーパー、トルーディがリースで使っているフォード・コンツアー、張り込み調査に使うスモークガラスのフォード・エコノライン、ほかに2台のレースカー、一台はトレーラー上、もう一台は67年型マスタング・コンバーチブルの横に並んでいる。ほかにホンダのゴールド・ウィングが二台あった。
「これ、全部二人の?」車の神殿を通って母屋へと歩きながらシドが尋ねた。
「もちろん」とダーウィン。「以前は最新型のマスタングを二台持っていたんだが、それを売ってあのレースカーを買ったんだ」
「どういうレースなの?」
「古いマツダRX-7を使ったクラス、ラリーが出るのはカリフォルニア、アリゾナ、メキシコ…とにかく週末を利用して参加できるレースならどこへでもいくよ」』
--COMMENT--
 物理学の博士号を持つ不死身のスーパー保険調査員ダーウィンが、ロシア・マフィアを相手にアクション、アクション…。あまりの格好のよさにちょいとついていけないほど!!  ダーウィンが好んで使う車はアキュラNSXと気張っていて、全編にわたりレーサーぶりが発揮される。途中でマフィアの銃弾に撃ち抜かれ修理をしている間に乗るのが、トヨタ・ランドクルーザーと、ダン・シモンズは相当な日本車びいき。さらに次のような会話もあってなかなかの博識ぶりが披露される。
「何年か前、感動的なサターンのコマーシャルがあったのを覚えているか? テネシー州のサターンの工場労働者が午前3時にそろって起きてきて、日本に荷揚げされる最初のサターンをテレビで見るってやつだ。」ローレンスは嘲るような口調だった。「白人、黒人、ヒスパニック、みんな幸せな顔でテレビ中継を見るんだよ…アメリカの誇りってわけだ。ただし、輸出した車の99%がコンテナにつめられて一年後に返送されてきたときには、誰も中継なんぞしなかったがな。日本人はサターンにそっぽを向いたんだ」
「日本人が好きなのはジープだからね」とトルーディ。ダーウィンはうなずいた。それは間違いない。「それと古い大型のキャディラックだ」
「それはヤクザだけだよ」ローレンスが訂正した。

加えて、主人公は、グライダー〔文中では"Sailplane"〕で検事局の女性捜査官をのせて、敵のヘリと空中戦を繰りひろげてしまうスーパーマンぶり!!! いやー珍しいシーンだけど、ちょいとやりすぎ…とも思うね。出てくる機体は、Grob G 103 Twin Astir (2004.9.17)

赤いホンダS2000HARDCASE, (C)2001嶋田洋一訳 早川書房 2002

『クルツが車でチークトワーガに戻る頃には真夜中を過ぎていた。.45口径はホルスターに入れて腰につけ、.38口径は上着の左ポケットに、1キロのブラックジャックは右ポケットに入っている。帰途はずっと制限速度以下で運転した。警察に止められて、銃の所持許可証が8年前に期限切れなっているとわかるのは、あまり面白いことではない。
 モーテル6に滑り込んだとき、彼は明かりの届かない場所に布のループトップを上げたスポーツカーが停まっているのに気づいた。赤いホンダS2000。偶然かもしれないが、クルツは偶然というものを信じていなかった。急いでUターンし、大通りにとって返す。
 S2000は灯をつけ、急加速で追跡してきた。
 5キロ近く走ったあたりで、誰だか知らないが、ホンダの運転席にいるやつはアホだとクルツは結論付けた。あまりにものろいものだから、停止信号やカーブのあとで減速して、追いついてくるのを待ってやなくてはならないほどだったのだ。
 クルツは街灯から離れ、子どもの頃からよく知っている田舎道に乗り入れた。拡大する都市圏もそこまではおよんでおらず、道路にはほかの車の姿はない。クルツはアクセルを踏み込み、スポーツカーが加速して10mから15mくらいうしろについてくるようにしておいてから、舗装された待避所に車をつっこみ、不平の声を上げるビュイックをきれいに180度ターンさせた。ヘッドライトに照らし出されたS2000が5、6メートル先で急停止する。見えているのは運転手の顔だけだ。』
--COMMENT--
 元私立探偵ジョー・クルツ・シリーズの1作目で、殺人罪から11年も刑務所に務めて出所し、バッファローに戻ってきたところから物語が始まる。地元マフィアの内紛調査を買ってでて差し向けられた殺し屋と壮絶な戦いが、派手なアクションで繰りひろげられてけっこう楽しめる。元大学教授のホームレスとか、銃器を調達してくれるなんでも屋などとの付き合いがよく描かれていて、とくに、探偵事務所だったころの秘書アーリーン〔けっこう凄腕だ〕がまた調査を手伝ってくれるあたりが好ましい。
 最初に借りるアーリーンの"何の変哲もないけど、GPSカーナビがついているビュイック"、殺し屋のボスの"KについてひとくさりあるメルセデスSLK"、銃器を調達してくれる老人の"荷台にキャンパーがとりつけられている古いフォード・ピックアップ"、失踪したマフィアの会計士のメルセデスE300、マフィアのボスの娘の"黒いポルシェ・ボクスター"、クルツの昔馴染みの歌手の"紫灰色インフィニティQ45"、クルツが買った"ぼろの88年型ボルボ"など。
 このボルボについての会話がしゃれている。
アーリーンは思わず笑みを浮かべて言った。「あなたのボルボ好きはどうしても理解できないわ」
「安全だからさ」とクルツ。
「それこそあなたの人生に足りないものね」
クルツは顔をしかめた。「退屈で、どこにでもある車だから、尾行に使ってもばれにくいんだ。中国人みたいなものさ。みんなそっくりで見分けがつかない」

 ホンダS2000は、米国Hondaチャネルのコンバーティブル、NSXであれば米国ACURAチャネルのクーペとなる。 (2004.9.29)

重力から逃れてル・バロンPhases of Gravity (C)1989越川芳明訳 早川書房 1998

『ベデカーはそれまで八年間勤めていた航空宇宙会社を辞した。(中略)
ある日の昼過ぎ、川向こうにあるセントチャールズのスリー・フラッグス・レストランでのんびり昼食をとってから、車で西に向かった。セントルイスでの思い出を一掃するのに、三日もかからなかった。
 カンザスシティでミズーリー州からカンザス州に入ったときは、ラッシュアワーだった。信じがたいほどの車の数もベデカーにはちっとも気にならず、革のシートに深々と腰をおろしながら、FMラジオから流れてくるクラシック音楽に耳を傾けていた。最初はクライスラーのル・バロンを売り払って、もっと小さくてスピードの出るコルベットとかマツダのRX-7とかの車―20年ほど前に、宇宙飛行訓練や航空機の実験飛行をしていたころに乗りたかった高性能車―に買い替えるつもりだったが、しかし間際になって、中年男が新しいスポーツカーにのって通り過ぎた青春を追い求めるなんて、情けない話だと感じ、ル・バロンを売らないことにしたのだった。
 いま冷房の効いた車の心地よいシートにゆったり腰をおろしたベデカーは、ヘンデルの「水上の音楽」を聞きながら、カンザスシティの穀物倉庫をあとにし、西に沈みゆく夕日と果てしなくつづく草原に向かっていった。』
--COMMENT--
 以前はSFかな?と思ってパスしていた本書ですが、ダン・シモンズのストーリー・テラーとしての凄さには驚かされます。読み終わって、この本はいったい何だ!!としばらくはボーとしてしまうほど新鮮でした。
 宇宙飛行体験がその後の人生に障害をあたえるという話はよくきくし(ウォルター・ミラー・ジュニア『帰郷』、立花隆『宇宙からの帰還』)、その同じ題材ながら、単なる(大陸)漂流小説、人間の模索・成長小説にとどまらず、仲間の飛行士の墜落事件の謎を追ったりするミステリ要素もたっぷりと織り込まれている。
 それにヘリとかジェットの飛行シーン、引用の車のシーンなども、エンジニア的なたしかな描きこみが堪能できる。NASAの訓練機T-38で飛行限界の18キロ上空に飛ぶ場面などとても美しい。なんと急峻な山頂からハングライダーで飛び出すところもあったが、さすが筆者の経験はないらしく詳しい描写は省略されていた。
 主人公のベデカーが小さな村の開拓者祭に招待されてときの出迎え者のボンヌヴィル、主人公がパレードで乗るムスタング、墜落した元同僚の妻の"白のチェロキー"、その現場で使うトヨタ(車名なし)、サウスダゴダのブラックヒルズでレンタルするホンダ(車名なし)などが登場する。(2007.4.23 #473)


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