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SMITH, APRIL /エイプリル・スミス

特別任務バラクーダNORTH OF MONTANA (c)1994入江真佐子訳 早川 1996

『ロサンジェルスには一年に七日だけ、あまりにすばらしいので、生きていて、そしてまた走るようになったコンヴァーティブルを持っていて、よかったと思うような日がある。
 雨かあるいはサンタアナから吹く激しい風が盆地の塵を一掃してくれた後に、そういう日はやってくる。そんな日には、八十年前には一年中ここで映画の撮影ができた理由がよくわかる−毎朝目が覚めると世界はすでに砂漠の澄明さで輝いていたからだ。純粋で溢れんばかりに満ち満ちていた自然光のおかげで、遠くの果樹園のオレンジや、俳優達のアップのニュアンスひとつひとつまでをはっきり、そしてくっきりと見ることができたのだ。
 今日はそんな七日間の一日だった。私は公用車をやめてバラクーダに乗った。屋根をオープンにして高速をとばせるからだ。内陸に目をやると六十マイルも向こうにある雪を頂いた山頂が見える。西に向かって車を走らせていると、サンタモニカ・マウンテンズの山肌ひとつひとつが見えるし、センチュリー・シティに建つ高層ビルのすべての窓がまさらのように光り輝いている。空には、生まれ変わったように輝く大都市の上にところどころ影を投げかけている、厚い暗雲と白い雲がまざりあった珍しい風景が広がっている。』

--COMMENT--
 図書館の書棚で偶然目にとまった本だが、読むにつれ、けっこう惹き込まれてしまうほど気に入りました。ボクの好きなミステリ3条件である"ユーモアのある会話"、"主人公のライフスタイル"、"土地への愛着"をしっかり満足させていました。それにしても作者のデビュー作とは驚き!
 ロサンゼルスのFBI女性捜査官アナ・グレイに命じられる特別任務に自分のキャリアを賭けて挑むなかで、家族・夫婦の関係、子供の頃の想いなどが交錯する−−まあ、女性作家らしいストーリー展開ですが、一方、女性作家で、これだけ車にこだわって書き込まれた作品は初めてですね。上記引用部分などバラクーダのシーンに最高に似合っています。車に言及しているところを以下に拾ってみましょう。

  • 冒頭で銀行強盗を幸運にも逮捕するとき出てくるのが、FBIの"公用車"−当然フォードであり、"Gライド"という言い方もされていて、多分Government Ride の略かしら。
  • 主人公のマリーナ・デル・レイにある家具つきアパートにマッチするのが、プリモス・バラクーダ・コンバーティブルでなんと、1970年のモデルだそう、とてつもなくマニアックな設定。苦労して修理をつづけるシーンもある。
  • ノース・ハリウッドで、『若者が二人、大型のラジカセをさげて笑いながら大声で喋り、巻いてあった庭用のホースを1975年型ダッジ・ダートの方向に向けていた。その車は塗装のほとんどがはげ落ちていた。二人はこの深刻な水不足の時期に、貴重な市の水を三十分も使って車を洗おうというのだ。私の首が緊張で硬くなった』
  • モンタナ通りの北(これが原題)で『ここは、幅の広い芝生のグリーンベルトに植わった、先の赤いディコの木の下を、昼日中からジョッガーが走るような新興高級住宅地だ。泥の跡ひとつないメルセデスや、BMW、トヨタ・ランド・クルーザーなどと一緒にフォードを走らせているとばかみたいに見える。私は分岐点をモンタナ通りへと進み、ゴルフコースを通り過ぎるカーブを曲がった。すでに花々と冷たい水を撒いたあとの芝や、マツ、ユーカリの匂いがした』 
  • 周辺調査に出向くボストンで『私はローガン空港から高速に入る車線で、レンタカーのトーラスのワイパーが溶けかかった雪を半月型に拭き取るのを見ていた。・・』なんということもないが、しっとりしたフィーリングがよく伝わります。
  • 証人になるはずの女性がはねられた車がダットサンZ。
  • 豪雨のサンタモニカ・キャニオンで『私はその間ずっとさっきのレンジ・ローバーを罵り続けていた。四万五千ドルもする車に乗っているのに、わざわざ自分の進路からはずれてまで、人の車に泥をかけていくような奴はウエストサイドの住民にちがいない。』
  • 電気工事屋の男の車が、トヨタ4×4。日本名ハイラックスサーフ。
  • 強制捜査にあって自殺する医師の車が、ブロンズ色のアキュラ。
    (98/06)

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