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SMITH, WILBUR/ウィルバー・スミス

無法の裁きマセラッティWILD JUSTICE, (c)1979文春,1992

『三台の車が格納庫の裏で彼らを待っていた.いずれも運転手とボディガード付きだった.その中のマセラッティが目に止まるとピーターは口をゆがめた.
「あんなものは運転しないようにと言っておいたはずだ」ピーターは不機嫌な声をだした. 「ネオンサインで自分の名前を宣伝するのと変わりない」
二人はピーターが彼女の身辺警護体制を立て直ししていたとき、この車について言い争ったことがあった.マセラッティはメタリック・シルバー・グレイ、彼女のお気に入りのカラーの一つ、の塗装で、きらめく金属の矢を思わせるスマートな車だったからだ.
「あなたがマセラッティに乗って.とにかくあなたのために注文したの.誰かが楽しんだほうがいいわ」
 ピーターはパリの入り口、ボン・ヌイイ付近で渋滞に引っかかったが、そのころにはもうマセラッティの怒涛のような出力と加速性能に慣れ、そして、マグダが勧めたようにこの高級車の運転を楽しんでいた.狂気じみたパリ市内の交通の真只中でさえ、ほんのわずかな隙間があれば、滑るようなギアボックスにものを言わせてさっと割り込み、先行車を苦もなく追い越して、また次の隙間へと、車の列を縫い取るようにして突っ走った.この素晴らしい車を自在に操っていると、自分が全能の存在になったような錯覚に襲われた.』
--COMMENT--
75年『虎の眼』、84年『闇の豹』の間のエスピオナージュもの.両作品が、ともにアフリカを舞台にしている冒険ものであるのとは異なり、リチャード・ラドラムばりの世界政治経済をぎゅうじろうとする秘密組織を敵にまわし戦いをいどむストーリー.
 英陸軍小將ピーター自身の車はローヴァーであり、大企業総帥の女傑マグダの好きな車がマセラッティと英国人作家の好みがよくでている.(93/03)

アフリカの牙ランドクルーザー、ホンダバイクELEPHANT SONG, (c)1991福武,1995

『車は急傾斜を下っていき、茶色の水の中につっこんだ。そこから数ヤード進んだところで、水面はタイヤの位置まできたが、川底にはまだ勾配がついていて、車体は依然として下を向いていた。
 エンジンルームに水が入ってきて、熱い金属部分にあたると、湯気が音をたてて立ちのぼった。つづいてヘッドライトも水中に没し、濁流の中に二つの光の筋をつくった。水位はフロントグラスまで達し、波が正面からボンネットの上に押し寄せてきた。ガソリン車なら間違いなくエンストしているが、大排気量のディーゼル・エンジンはなんとか持ちこたえている。水はドアのまわりから車内に侵入し、ふくらはぎまで水につかった。
 ランドクルーザーは車内の空気の浮力で浮き、タイヤは川底をつかめなくなった。そのとき、根こそぎにされた大木がいきなり暗闇からあらわれ、ジョクはさけんだ。  木は車の側面を直撃し、窓をたたき割った。車体はゆっくり回されながら流され、ちょうど一回転したところで、大木の死の抱擁から逃れることができた。
 そのときタイヤがふたたび川底に触れた。車は川の湾曲部まで流され、岸が急に近くなったのだ。エンジンはまだ動いている。こういう非常時もあろうかと思って、吸気孔とフィルターは、前もって屋根の上に移しかえてある。浅瀬まで来ると、タイヤは川底のごとごつした岩をつかんで、ランドクルーザーの巨体を力強く前方へ動かし始めた。』
--COMMENT--
ウィルバー・スミスお得意のアフリカを舞台にした象の密猟、私腹をこやす政治家、現地民とのふれあいなど、なんでもありの大活劇になっている。ちょっと冒険サービスが過剰で、『虎の眼』のころのような”潔いよい孤高の男の魅力”が薄まっているのが残念。トヨタのランドクルーザーが大好きで上記のほか、たくさん車のシーンがある。そのほか、当然のごとくランドローバーやヤマハの90馬力エンジンをのっけたスピードボート(ただし航行中にエンストする・・)、250CCのホンダのオートバイ、おまけにトヨタの販売店まで登場してしまう。(96/01)

秘宝ルノー、ホンダバイクTHE SEVENTH SCROLL (C)1995大澤晶訳 講談社 2001

『庁舎のゲートを出るや否や、カイロ名物の猛烈な交通渋滞に巻き込まれた。すぐ前の超満員のバスが吐き出す青黒い排気ガスをまともにかぶりながら、ルノーはのろのろと進んでいった。この交通問題の解決策は皆無のようだ。駐車場の収容能力が極端に不足しているため、車道は違法駐車の車で三重にも四重にもふさがれている。通行車両はわずかに残った中央付近の車線をおっかなびっくり進むしかない。
 前のバスがブレーキをかけて止まった。ローヤンもしかたなく車をとめ、言い古されたジョークを思い出して苦笑した。車を歩道の縁石にとめて用足しに言ったドライバー。戻ってみたら、ぐるりを車に取り囲まれてどうにも車が出せずに、とうとう愛車と泣き別れする羽目になっただんだとさ。まんざら作り話でもなさそうだ。道路の端に並んでいる車の一部は、もう何週間も動かした形跡がなかった。フロントグラスには泥汚れが厚い層になってはりつき、タイヤもぺしゃんこになっている車も多かった。
 ローヤンはリアミラーに目をやった。後部バンパーの数インチ先にタクシーが一台。その後ろにも、車がびっしり数珠つなぎになっていて、自由に動けるのは二輪車だけだ。今もミラーの司会に一台のバイクが入ってきた。あちこちがへこんだホンダの200CC。色は赤だが、ちょっと見には判別できないほど泥をかぶっている。ドライバーの後ろに同乗者が一人。二人とも排気ガスと粉塵除けの白頭巾の裾で顔の下半分を覆っていた。』
--COMMENT--
とても久しぶりに手にしたウィルバー作品だったし、ナイル西岸の古代墓の秘宝を求める謎解き、犯罪も辞さないコレクターとの戦い、ナイルの大河の川底へどうやってアプローチできるか…、まさに、古きよき本格冒険小説だった。ただ、上下で1,000ページを越す"巨編"を読むのにはかなりの忍耐力も必要だった。
 主人公の女性考古学者のルノーに加えて、後半では、ウィルバー・スミスお得意のトヨタ・ランドクルーザーが大活躍する。(2003.11.27)


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