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Swarup, VIKAS /ヴィカース・スワループ

6人の容疑者ニッサン・ノマドAF30Six Suspects (C)2008子安亜弥訳 武田ランダムハウスジャパン 2010

『「おーい! 誰かいるかい?」と俺は大声で叫んだ。でも自分の声のこだまが聞こえただけだ。もっと奥まで行ってみると、チェーンソーと山刀と斧と鉈があって、床には油のしみが残っていた。しみのあとを辿っていった俺は、倉庫の隅に信じられないものをみつけた。ニッサン・ノマドAF30のフォークリフトだ。しかもタンクにはちゃんとディーゼル燃料が入っている。ためしにエンジンをかけてみたら、なんと動いた!
 どん底だった俺の気持ちは、水槽に投げ込んだとうもろこしの穂軸みたいに一気に浮かび上がった。二分後には「ヤッホー!」と雄たけびをあげながら、砂利道をドライブしていた。俺はフォークリフトのあらゆるスピード記録を破りながら進んだ。シスコ・ロデオの間抜けども、この走りっぷりを見せてやりたかった。速度制限10.6マイルのフォークリフトが、どうやってエンジンから火も噴かずに時速20マイルで走れるのか、これでわかるだろう。−中略−
 5分もしないうちにパキスタン軍の番兵に出くわした。50人の兵士たちがわらわらフォークリフトの周りに集まってきて、俺にライフルを向けながら降りるように命令した。
「わかった、わかった。このとおり降参だよ」俺は両手をあげてフォークリフトから降りた。そして次の瞬間には、気絶して地面に倒れこんでいた。』
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 アカデミー作品賞受賞<スラムドッグ$ミリオネア>の原作『ぼくと1ルピーの神様』を書いたインド生まれ(現在は外交官として大阪に赴任中)の著者による2作目。
 悪名高いヤクザな若い実業家が自分のパーティ会場で射殺され、容疑者となった銃をもつ6人がいかにしてその場に居合わせることになったかがオムニバスで語られる。たまにガンジーの魂が乗り移るという悪徳元官僚、貧しい出自ながらボリウッド大物女優、離島からきて部落の守り神を探す若者、携帯電話泥棒をしている若者、インドの美人と文通で婚約したといってアメリカから渡ってきた若者、そして射殺された男の父親の州内務大臣らの悪事、ロマンス、冒険…が壮絶・混沌としたインド社会を背に景生き生きと語られる。エンターテイメントながら、読者の心をうつストーリーもちゃんと仕込まれていてインド・ミステリーも今後が楽しみ。
 引用は、アメリカ・ウォールマートのフォークリフト運転手だった若者(それもグーグル創始者と同じ名前!)が婚約者に会うためインドに渡りもう散々な目に遭ううち、アルカイダに誘拐され殺される寸前にお得意フォークリフトを発見し逃亡するシーン。インドらしく雑多な車が以下のようにたくさん登場。
殺された男が17歳のときに遊びまわっていたBMW5シリーズ、リタイアした州事務次官の"運転手付ヒュンダイ・ソナタ"、いい召使が稀少となっている…と同じく稀少な韓国車デウ・マティス(大宇のコンパクト・ハッチバック)の部品、妻を寝取った若者が夫に殺されかけたガレージにあったシルバーのトヨタ・カローラ(ほとんど脈絡なし)、初めて携帯を盗んだ車が白いオペル・アストラ、次に盗んだ車が赤いマルチ・エスティーム(スズキ・カルタスエスティームをベースにしたもの)から、窃盗現場を目撃した女ののったフォード・アイコン、州内務大臣の娘が使う"AK47ライフルを持ったボディーガードが乗るメルセデスSLK350"、女優の身代わりが乗るシルバーのメルセデスE500などなど。(2011.3.19 #679)

ぼくと1ルピーの神様コンテッサQ and A (C)2005子安亜弥訳 ランダムハウス講談社 2006

『僕たちは一軒の大邸宅の前に出る。大きな鉄の扉の横に、「スワプナ・パレス」と彫られた真鍮のプレートがかかっている。男の子は扉を開けて中に入る。大きくカーブした車寄せと、広い芝生の庭が見える。庭にはブランコと噴水まである。庭師が二人、芝の上で仕事に精を出している。車寄せにとめられた古いコンテッサを、制服姿の運転手が洗車している。
 男の子は僕の手を引いたまま車寄せを通り、凝った装飾の玄関まで歩いていってドアベルをならす。誰もとがめようとしないところをみると、男の子はこの屋敷の住人と一応知り合いではあるらしい。』
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 著者の処女作は、クイズ番組でみごと全問正解し史上最高額の賞金を勝ちとったムンバイのスラムに暮らす少年ラムの流転の物語。貧困、格差、暴力、孤児、売春など壮絶なインドの現実が全面に語られるなかで、たった一枚のコインがクイズの出題と少年を幸運に結びつけていく。シドニィ・シェルダンの"Adventure of a Quarter"からのヒントがあったようにも思えるが、コインそのものについての仕掛けが最後に明かされ、ただ幸運の…というより、どんな逆境にもへこたれずに生き抜く、インドのたくましさ・多様性がひしひしと伝わる。
 引用は、タージマハルのアグラに流れてきてたどり着くお屋敷のシーン。Hindustan Motors(HM) of Indiaが1922年から2002年まで生産したラクジャリーカーがHindustan Contessa。そのお屋敷のメイドが妹の婚礼持参金として用意するトヨタ・カローラビなども出てくる。(2011.3.31 #681)


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