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THOMAS, ROSS ロス・トーマス

五百万ドルの迷宮メルセデス、たくさんの日本車OUT ON THE RIM, (c)1987早川書房,1988

『ぶかぶかのチノクロスの散歩用半ズボンに紐のないニューバランス・ジョッギングシューズをはき、上半身裸のアザガイ・オヴァビイは、四つともドアを開け放した車庫の前に立って、水が届くのを待ちながらロス・アンジェルス国際空港へ行くのにどの車を使おうか、と考えていた。
 メルセデス560SECセダンポルシェ911カブリオレ、七人乗りのオールズモビル・ステイションワゴン、腰の高い四輪駆動のフォード・ピックアップがある。
 メルセデスに決めかけた時、長い砂利道を上ってくるトラックの音が聞こえた。彼がその方を向いてみると、ピータビルト・トラクターが広壮な家の角を回り、エア・ブレーキのシューという音を発してガクガクと停まった。そのトラクターに、卸値で一ガロンが二セントのかなり純粋な水が一万ガロン入っているタンクが繋いである。
若いメキシコ人の運転手、ルイス・ガルファイスがタバコに火を付けて、確かめるような感じで何秒かオヴァビイを見おろしていた。そのうちに、顔と名前が合ったときにたまに人がやるように、納得した様子で頷いた。
「お宅の水だ、セニョル・アザガイ」』
--COMMENT--
 テロ対策専門家のブース・ストーリングスのところに舞い込んだフィリッピン・ゲリラ指導者の買収工作の仕事をめぐる海千山千のプロたちの虚々実々のコンゲーム。スピーディな展開としゃれた会話を楽しめる。
 上記はロス・アンジェルスであるが、主な舞台がフィリッピンなので続々登場する車がなんとほとんど日本車であり、トヨタ、スバル、ホンダ・アコード、マツダ、ニッサン・マキシマと数え切れないほどでてくる。それと風刺的に描かれた日本人ビジネスマンも何回か登場してきてロス・トーマスが日本に特別な思い(偏見?)があるんじゃないかと思わせるほど。(94/12)

神が忘れた町たくさん、たくさんTHE FOURTH DURANGO, (c)1989早川書房,1990

『6月の最後のあの金曜日午後2時27分。ケリー・ヴァインズはロンポック市の境界線に達した。そこから4年前のメルセデス450SELのセダンで、オーシャン・アヴェニューを西に走った。途中フルサービスの<ウノカル>ガソリンスタンドに寄った。ガロンにつき20セント増しで払うと、満タンにして、窓を拭き、オイルとタイヤを点検してくれる。 』
--COMMENT--
上の引用は、一番初めに出てくるクルマのものでありますが、そのうちちょこちょこ出て来るのでずいぶんサービスしているなーと思っていたら、なんと全ての登場人物毎にクルマが必ず説明されており、もうなんとも徹底しているんですね。
 あまり多すぎて、多分全部は紹介できませんが、それなりに個性的な車がその人物毎にあてがあれており、ストーリーのほうも吸い込まれるような中身の濃いもので、わたしの気に入りになりました。
「青のメルセデス」      現在は弁護士資格を剥奪されている主人公の車
「ピンクのフォード・ヴァン」 女カメラマンのもの
「ランド・ローヴァー」    セスナパイロットの手配したもの
「プレリュード」       警官のクルマ
「BMW325i」      通りすがりの株式仲買人
「アストン・マーティン」   女市長の妹
「黒いマーキュリー・セダン」 ワシントンの司法省検事補代理
「白いロールス・ロイス」   市長の妹の主人
「アキュラ・レジェンド・クーペ」 同上
「黒いキャデラック」     主犯
「1947年式クライスラー・タウン・アンド・カントリー」
「1940年式ビュイック・センチュリー・コンッバーティブル」
               7月4日の独立記念日のパレードに登場
「灰色のヴォルヴォ・セダン」 女市長

黄昏にマックの店でキャディラック・コンバーティブルTWILIGHT AT MAC'S PLACE, (c)1990早川,1992

『ヴァージニア州フォールズ・チャーチのダーク自動車修理工場の中には“外国車、国産車、古ければ古いほどよし。リデル・ダーク経営”と札が下がっていた。エリカ・マコークルは明らかに感心して、その札の文句を声に出して読んだ。グランヴィル・ヘイズンは細長い修理工場の中を眺め回していた。
 1940年代のパッカードと、アヴァンティと、1948年のビュイック・ロードマスターと、古い古いシトロエンのセダンと、ハンバー・スーパー・スパインと新車と見まがうTR3があった。
 ステドファスト・ヘインズが息子に残していったキャデラックが工場の裏手から、リデル・ダークによって、運転されてきた。1976年型の最後のエルドラド・コンバーティブルで、光沢のある黒塗りの車体、新しく見える黒のカンバス地のトップ、黒革の座席、ヘインズが千ポンドにものぼると思ったぎらぎらのクローム。長さは一ブロック分位あるのではないかと思われた。』
--COMMENT--
 CIAの汚れ仕事をさせられきた男が、CIAを相手に仕掛けるゲームをその息子が引き継ぐという、プロどうしの騙し合いをあつかう複雑なコン・ゲーム小説。
 ロス・トーマス作品は多く翻訳されているが、こんなにクルマに拘っているのは初めてと思います。
 父親が息子に遺したキャデラック・コンバーティブルが結局ストーリーの鍵を握る一部になっているほか、父親の友達のメルセデス280SL、ジープ・ワゴニア、カトラスなどがいきいきとしたカー・シーンを繰り広げている。(92/12)

欺かれた男レクサス・クーペAH, TREACHERY, (c)1994早川,1996

『どんより曇った肌寒い日で、気温は十六、七度だった。そこでアルトフォードは、ダークグレイの厚いタートルネックのセーター、注文仕立ての淡いグレイのフランネルのスラックス、素足に青いスニーカーといったいでたちで現れた。パーティンはレクサス・クーペの助手席のドアのかたわらに立っていた。少佐を待つ少尉といったところ。パーティンは青いスーツに新しい白いシャツ、昨日とは違うもう一本のネクタイ姿。彼が助手席のドアを開けると、アルトフォードは首を振った。「あたしが運転するわ」彼女は車の前部をまわりこんでいき、運転席にすべりこんだ。
  ミリセント・アルトフォードは機敏で強引なドライヴァーだった。車はオリンピック・ブルヴァールを西進していった。リンカーン・ブルヴァールを渡ると、サンタモニカ・フリーウェイと合流してマクルア・トンネルに飛び込み、パシフィック・コースト・ハイウェイに抜けでた。この州道一号線は、途中何ヶ所か途切れてはいるが、はるか北のオレゴン州境まで続いている。
「遠回りになるけれど、景色のいいルートをとっているのよ」”ルート”を”アウト”と韻をふむように発音して、アルトフォードは説明した。』
--COMMENT--
ロス・トーマスは1995年12月、肺癌のため亡くなったので本書が最後の長編となった。策謀と欲望の世界を洗練されたタッチで描く独特の作風である。
 ロサンジェルスが舞台だとやはり、車はレクサスが似合う。私が目にしたサスペンスものでは、初の登場になる。P.21では”トヨタ・レクサスの黒いクーペ”と、わざわざトヨタと、メーカ名を添えている。P.163には81年型のホンダ・シヴィック、ほかにBMWなどそれぞれ役どころにマッチした登場をしている。(97/02)

暗殺のジャムセッションコルヴェットCast a Yellow Shadow (c)1967真崎義博訳 早川 2009

『2時15分ごろ、私たちは私のアパートメントまで歩いていき、地下の駐車場から私の車をだした。パディロがトリップメーターに目をやった。
「あんまり使ってないな」
「日曜日には長距離ドライブをしてる」
「だったら、150マイルは出る車が必要だ」
「おれもそう思ったよ」
二十番通りを進んで左折し、マサチューセッツ・アヴェニューに入った。コスモス・クラブを過ぎ、シェリダン・サークルを回り、イラン大使館を過ぎた。貿易使節団は4階建ての家をオフィスに改装した幅の狭い建物にあった。左右には南アメリカの小国が大使館として使っている似たような家がある。駐車禁止ゾーンにキャディラックがとまり、私のコルヴェットの駐車スペースを探すのに15分もかかってしまった。--中略--
 磨き上げられた真鍮のプレートに、”貿易使節団”とあったので、ベルを鳴らして待った。すぐに黒いスーツ姿の痩せた男がドアを開け、どうぞと言った。
「ミスタ・パディロとミスタ・マッコークルですね?」』
--COMMENT--
 ついに刊行された、エドガー受賞の名作『冷戦交換ゲーム』の続篇は、ワシントンに戻ってレストラン・バーをやっていたマックのところに転がり込んできた冷戦ドイツ時代の仲間と、誘拐された妻を取り戻すストーリー。薫り高き1960年代ハードボイルド…この頃の流行りの謀略と裏切のサスペンスが、なんとも懐かしい。スマートで男っぽい会話、際立った登場人物、早いストーリー展開など現在でも十分通用するなぁ。
 引用は、主人公マックのコルヴェット・スティングレイ。誘拐された妻の居場所を追うため自動車電話(1967年にサービスされていたんですかね?)を搭載した数台の車の追跡劇が見もの。そのうちの一台は"DCのプレートをつけた新しいグリーンのシボレー"。(2009.11.9 #615)

女刑事の死フォルクスワーゲンBriarpatch (c)1984藤本和子訳 早川 1995

『人生の再評価をこころみた長い午前中は憂鬱で退屈だったが、その間にも彼は自分の財政状態について考えることは賢明にもさけた。あいかわらず、惨憺たるものだったから。保険には全然はいっていないし、株や債券もないし、年金にもはいっていないし、不動産もない。
おもな資産はリグス・ナショナル銀行のデュポンサークル支店にある無利子の当座預金の5123ドルと、払いが終わったばかりの1982年型のコンヴァーティブルのフォルクスワーゲン。ワーゲンは気恥ずかしいような黄色で、アパートの地下に停めてあるが、そのスポーティな特性には、ディルはいまでは当惑を憶えている。そのような、これまでとは違う自分の態度はやはり、駆け足でやってくる人間的円熟のしるしだ、と彼は考えた。』
--COMMENT--
 ロス・トーマスの代表作と言われる本作(アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長篇賞)は、上院の調査監視委員会で秘密捜査をするディルが生まれ故郷で刑事だった妹の爆死の犯人を探し出すために上院議員を巻き込んだワナを仕掛ける。クールな語り口、鮮烈なサスペンス、ハードボイルドな味わいなど、久しぶりに感銘を受けました。
 他作と同じくもうたくさんの車が登場する。引用部分の主人公のワーゲンは、多分ゴルフGTiあたりでしょうか…この回想シーンだけに登場。仕掛けれれた爆薬で死ぬ妹のホンダ・アコード、主人公が帰郷してレンタルする大型フォード、ディルが武器売人と話すために連れ込まれたダッジの青いワゴン車、妹の葬儀に警察が差し向けた1977年型キャディラック・リムジンなど。
 原題は、一般名詞としてはBriar Patchであり、「いばらのしげみ」ということになる。(2009.12.19 #616)

冷戦交換ゲームリンカーン・コンチネンタルTHE COLD WAR SWAP (c)1966丸本聡明訳 早川 1985

『「…ところで、いい話があるんだ。ベルリンである男に会ったが、1940年製のリンカーン・コンチネンタルのある場所を知っていた。そいつはコペンハーゲンにあるそうだ。戦争が始まるちょっと前に輸出されたもので、戦争中、持ち主はナチスに見つからぬよう隠していたんだ。ヒルデが俺のことを非難しないように取り計らってくれたら、その資金を都合してやってもいいがね」
 カールはクラシック・カーときたら目がなかった。あらゆる車の雑誌を講読していた。1936年製の窓の三つついたフォードのクーペを持っていた。これまでに自分の手でラッカーを11回も塗り替えたという。エンジンはオールズモビルのやつをとりつけてあり、短距離で私のポルシェを軽々と抑えた。もし私が金鉱をやるといっても、彼はこれほどまでに喜びはしなかったであろう。』
--COMMENT--
 ロス・トーマスのデビュー作で退役軍人マッコークル(マック)・シリーズの第一作となる。タイトルどおり、冷戦時代の東西ドイツを舞台に米人亡命事件に巻き込まれるコンゲーム・サスペンス。迫真のディテールと、どこまで騙され騙すのか終わりのないストーリーは圧巻であった。
 引用部分は、<マックの店>で起きた殺人事件に因果を含めて、クラシックカー好きバーテンダーにおいしい話をしているシーン。1936年フォードが出てくるが、窓が三つだとクーペではなくセダンだったような気がする。他に、レンタカーのメルセデス220、東ドイツのトラバントやヴァルトブルグ、逃走用のシボレー・インパラ・ハードトップなど、けっこう華やかな車たちが出てくる。
 訳者あとがきには、協力者として『オートスポーツ』誌久保正明編集長の名前ものっており、多様な車をクルマを登場させる作品なので注釈などでアドバイスを得たのであろう。私もT社広報時代に、そのときは『ドライバー』誌編集長もおやめになってフリーになられていた久保氏とおつきあいがあって懐かしく思い出した。(2009.12.22 #617)

モルディダ・マンモーガン2+2THE MORDIDA MAN (c)1981山本やよい訳 早川 1989

『ダンジーはローマ行きの便の座席をキャンセルし、そのあいだにデルフト・サイダーが車をとりにいった。車は幌屋根のクラシックなモーガン2+2だった。ダンジーはスーツケースをうしろの席において、助手席に乗った。
「年寄りだけど信頼できるは」彼女がいった。「車のことよ」
 がたぴし揺れながら猛スピードでM4を走る間、二人はほとんど無言だった。雨はバケツをぶちまけたような勢いで降り続いていて幌から漏れてきたし、フロントウィンドーに流れるさまは、灰色のゼラチンを幾重にもかさねたかのようだった。モーガンの磨り減ったワイパーがせっせと雨水を払っていたが、あまり効果はなかった。15分ほどして、ダンジーがいった。「ワイパーを新しくたほうがいいな」
「たぶん」
「ついでにショック・アブソーバーも」
 5分後、彼女がいった。「今考えてたんだけど、ダンジーってどこの名前かしら」
「さあねえ、スコットランドあたりかな」』
--COMMENT--
 元下院議員のダンジーがホワイトハウスから頼まれた、リビアに拉致された米国大統領の兄の救出に奔走する。登場人物が多いのはいつもの如くでさらに、ストーリーもなかなか先がに進まず、本作半ばで読了ギブアップ。
 引用は、ロンドンの空港に出迎えてくれたCIA女性職員に送ってもらう場面。ミステリに登場する車としてモーガン2+2は珍しいし、当方のコレクションでは初めて。原題の"MORDIDA"は普通の辞書にはないが、贈収賄というような意味らしい。(2010.1.6 #619)

クラシックな殺し屋たちデューセンバーグTHE BACKUP MEN (C)1971筒井正明訳 立風書房 1976

『「おふたりにご相談申し上げたいと思っていたんですが」
「どこかの物置から、また骨董品なみのやつを見つけてきたのか?」
「信じられないですよ」
「信じられんもののほうが断りやすくていいよ」
「それはですね」カールは乱れた長い頭髪をうしろになでつけた。12年以上もその髪型を変えないところみると、さしずめそのスタイルの開拓者は彼なのだろう。
「デューセンバーグのことなんです」
「デューセンバーグは君には手が出んよ。誰だって無理だ」
「ロールストンの車体で、1934年型のSJなんです」
「調子はどうなんだい?」わたしは思わず興味をそそられた。
「ゴキゲンですよ」
 街の情報屋カールはクラシックカーのマニアで、わたしがコペンハーゲンで見つけてやった1939年型のリンカーン・コンチネンタルから始めて、次々にクラシックカーを買い替えていった。車をしばらく手もとにおき、相場があがるにつれて適当な利ざやを稼いだ。わたしにはそんな趣味の持ち合わせはなかったが、かれが目をつけた車が500台しかないことがわかっていたし、この車にかけるかれの執念が痛いほどわかったので、つい、 「いくらいるんだい?」と訊いてしまった。』
--COMMENT--
 マック・シリーズ第三作は、膨大な石油埋蔵量が明らかになった中東のさる国の新国王を守る仕事を頼まれたパディロにマッコークルも加わって殺し屋たちとの騙しあいを演ずる。こぎみよく物語が展開するし、交わされる会話もとても楽しい。
 引用(※訳書では『デューゼンベルク』となっていた車名表記を直している)はバーテンダーから儲け話の元手借用を頼まれるシーンで、もともとクラシック・カー好きな主人公マックもまんざらじゃない一面をのぞかせている。モデルJとモデルSJは、絶頂期にあったと同時に同社破綻による最終モデルともなった。1929年から1937年までの生産台数は470台〜480台だった(Ref.トヨタ博物館)。
『むかしはクラブ・クーペと呼ばれていた…』”という車名はないクルマも登場する。"Clube Coupe"を米国Yahooで調べると、1937-51 Ford,1948 Plymouth,1949 Mercuryなどがヒットして、フォード車を示すようだ。他にも、サンフランシスコの社交界誌編集長だった女性に贈られたピアス・アローも出てきて、ゴージャスなクルマがたっぷり。
 本書は都内では4館(墨田、足立。渋谷、都)にしか所蔵がない貴重な本で、わたしが借り出した渋谷区図書館のものは、保存書庫扱いでキズ・シミがついてかなり痛みの激しい資料であった。早晩廃棄されてしまいそう。現在はミステリを刊行していない立風書房のもの(7点)はとくに入手が難しくなる。(2010.1.15 #620)


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