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VACHSS, ANDREW /アンドリュー・バックス

ブロッサムリンカーン、プリマス・バラクーダほかBLOSSAOM (C)1990佐々田雅子訳 早川 1992

『紫色の車のロックをはずしてみた。ドアの内側は、窓の下枠のところまで透明なプラスティックの厚板で覆われている。クッションを薄くしたバケットシートに腰を落とし、キイをひねった。エンジンがバリバリうなり始めた。ピストル型の握りがついたシフトレヴァーをドライブに入れると、車はブレーキに逆らって今にもつんめりそうになった。
 リンカーンが先に発進した。おれはその後を追った。
 車は古いプリマス・バラクーダだった。1970年代のポニーカーだ。やたらと長いフードに、小さなトランク、床の上にクッションを敷いただけの後部座席。おれはガソリンをゆっくり送り込んで、感覚をつかんだ。フロントガラスは縞模様のようなむらがあって、先が見にくかった。
 ブロードウェイの信号で、栗色のムスタングが並んで止まった。馬鹿でかい後輪から始まる傾斜が、地面をこすりつけそうな鼻先へ連なっている。そいつはエンジンをやたらとふかした。月並みな挑戦のポーズだ。信号が青になると、ムスタングは一気に抜け出した。おれは試しにアクセルを踏み込んでみた。バラクーダは一声吠えて飛び出すと、あっという間に差を詰めた。すぐにスピードをゆるめた。排気管が弾け、続いて泡立つような音を立てるのが聞こえた。おれはそのまま素早く横町に曲がり込んだ。』

--COMMENT--
 対幼児犯罪を主題とした社会派探偵ともいうべきバーク・シリーズの最新作。家族の絆を意識的に打ち出してきているとろなど、ヴァックスの作風がかなり変わってきたが、いきのよい現代アメリカ風俗を存分に楽しめる。
 いつもながら車が沢山、詳しく出てくるが、上記の引用部分はちょっと陳腐な観がしないでもない。他のところで、クラック売買組織のボスがニッサン・マキシマ、カワサキ・ニンジャを持っているなんというのも出てくる。(92/09)

鷹の羽音プリマスFOOTSTEPS OF THE HAWK (C)1995佐々田雅子訳 早川 1997

『マックスはたしかに受け取ったというしるしにうなずいた。レンジローヴァーが走り去る音が聞こえた。マックスはおれより先に動き出していた−マックスには音は聞こえない。だが、古い桟橋の腐った板の上をでかい車が走る振動を、おれが感じる以上に強く感じているのだろう。マックスは倉庫の扉まですべるように進んで、外をうかがった。
 マックスがもう一度うなずくのを見て、おれはあとについて表に出た。
 おれの古いプリマスはウェスト・ストリートの反対側に停めてあった。いつもと変わらない様子だった−そこにうっちゃられているようにも見えた。ロックを外して二人で乗り込んだ。エンジンをかけ、走り出し銀行に向かった。』

--COMMENT--
 バーク・シリーズ第8作。ニューヨークの暗部を扱ったハードボイルド、それも猟奇的な連続殺人事件の犯人を追うというストーリーでいまいち面白さには欠けるなぁ。とりあえず、プリマスの出てくる部分を記録として書き抜いておこう。(2006.8.8 #427)

グッド・パンジイインプレッサ22B-STiDead and Gone (C)2000菊地よしみ訳 早川 2003

『「なんなんだこれは?」
翌朝、おれはメタリックブルーのクーペに乗り込みながら訊いた。エアスクープとスポイラーと張り出したフェンダーをつけ、男性ホルモンで盛り上げた上腕みたいな、ふくれたタイヤをはいたけんか腰の車だった。
「この相棒は、スバルだ」
「おれの見たことのあるスバルとは違うな」
「アメリカ中の誰も見たことがないタイプさ。ヴァンクーヴァーはスバルの荷揚げ港なんだ―スバルは日本からここに送られてくる。こいつは、インプレッサ22B-STi、認定されたラリーカー。日本でしか売られていない―こっちの排ガス規制に合わないわけだ。とにかく、数百台しか生産されなかったし、たちまち売り切れちまった」
 バイロンの運転するインプレッサは、短すぎる皮ひもにつながれたピットブルみたいなうなり声を上げて、交通量さほど多くない街中をすべるように進んでいった。』
--COMMENT--
 探偵なのかニューヨーク裏社会の粛清請負人なのかよく分からないバークものシリーズ第12作。誘拐された子どもの引渡し役で出かけたものの何故かバーク自身が標的になってしまう。冗長な筋運び、マッチョすぎる登場人物たち、奇想天涯な結着…と、どうも当方の好みのミステリではないが、車について引用のようなマニアックな場面がたっぷり出てくるのだけは楽しめる。
 バークの"くすんだ灰色の下塗りままで両サイドに錆びのいっぱい浮いている1970年型プリマス"、誘拐犯側の"黒のリンカーン・ナヴィゲーター"、バークの仲間の"ブリティッシュ・レーシング・グリーンの1967年型ローバー2000TC"―ただし普段はトヨタ小型車に乗っている、シカゴの刑事のニッサン、バークの協力者バイロンの"レストアしたてのジャガーEタイプ・クーペ"と"スパイ用の目立たないダークグリーンのクライスラー・セダン"、街中でインプレッサに刺激されてシグナル・グランプリを挑んできた"キャンディ・アップル色の車高を下げたホンダ・アコード"、メキシコ人の"カー・オーディオ・チューンされた63年型シヴォレー・インパラSSクーペ"と"特注の56年パッカード・カリビアン・ハードトップ"、組織のボスをおびき出すために使うフォード・エクスカージョン… 女性元検事の車について"タンゴ・ダンサーの脚が傷だらけの古いアウディ"という訳があったが何とも意味不明、訳者もわからないまま放置したのかしらね?(2007.4.26 #474)


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