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Elaine Viets /エレイン・ヴィエッツ

死ぬまでお買物フェラーリ・バルケッタSHOP TILL YOU DROP (C)2003中村有希訳 東京創元 2006

『クリスチーナは正面のウィンドウからずっと外を見続け、ついに消防車のような真っ赤なジョーの車がラスオラス大通りを飛ばしてくるのを見つけた。「ジョーのフェラーリよ!」初めてデートにいくティーンエイジャーのように興奮して叫んだ。南フロリダで男が大金を稼ぐと、30メートルのヨットかフェラーリを買うと相場が決まっている。
フェラーリ・バルケッタよ」特別な意味があるという口ぶりだった。ヘレンが答を返せずにいると、付け加えた。「世界中で480台しかないの」
「どうして店の前まで車で来たのかしら。すぐそこに有料駐車場があるのに」
「彼はパーキングメーターが好きなの」クリスチーナはかばうように言った。
 つまり、ケチなのね。ヘレンは胸に書きとめた。フェラーリを運転してるくせに、駐車場に払う5ドルを惜しむなんて。
 クリスチーナが走っていってボタンを押すと、ジョーは緑の扉を開けて入ってきた。携帯電話を笏のように握り、征服者の王さながらの態度で。黒のヒューゴ・ボスに身を包んだジョーは、高校生の悪がきがそのまま大人になったようなに見えた。角ばった顔はしかめつらで、肩は牡牛のようにいかつく、歩調はやけに攻撃的だった。』
--COMMENT--
 南フロリダへ身を隠してやってきたわけありヘレンのコージー・フロリダ・ミステリ第一作。高級ブティック"ジュリアナズ"が舞台になるので、店長も顧客も超整形美女ばかり、続々とでてくるファッション・ブランドはほとんど分かりませんが、軽快なストーリーはこび、けなげなヒロインの頑張り、ユーモアたっぷりの会話、味のある登場者たちなど、処女作品けっこう楽しませてくれました。
 出てくる新旧取り混ぜたクルマも全部は数えきれないほど沢山!、たぶん女性作家のミステリのなかでは断トツかも。いかに日々の生活とライフスタイルにクルマが密接に係わっているのかうかがえます。引用は、店長が首っ丈のカレの車550バルケッタがどしょっぱなから驚かせてくれます。そのジョーが迎えに差し向けたのが"黒のメルセデス・ロングリムジン"、ヘレンの下宿のしがないカナダ人の"へこんだビュイック"、親しい友だちの"真新しい緑色のレンジローヴァー"、下宿の女友だちの"緑色のキア"、ヘレンがぶっ壊す"元夫のランドクルーザー"、店の得意客の"黒のランドロヴァーと赤のポルシェ"、下宿のオーナーの"半ブロックほどの長さのある古ぼけた白いキャディラック"、最後にバルケッタが追突する"老婦人の亡夫の形見でキズ一つなかった1983年型リンカーン"等々。(2008.12.4 #573)

死体にもカバーをキャディラックMurder Between the Covers (C)2003中村有希訳 東京創元 2007

『ふたりはマージョリーの巨大な白いキャディラックの中だった。雨はあがり、いまは夜9時近い。I-95号線は狂ったような遊園地のバンパーカート場と化していた。車は車線を右に左にうねうね走り、気分次第でブレーキを踏む。「80年代になんかの記事で、I-95号線の交通妨害で逮捕された連中の二割がクワルード(睡眠薬)でラリってたって読んだことがある」マージョリーは言った。
「ああ、それでこういう運転の車ばっかりなのね。よくわかったわ」
「どうだかね。あたしゃ、クワルードはもうすたれたと思うよ。いまは何をやってるんだか」
 パームビーチ郡にはいると、武器輸送車サイズのSUVが車間距離をつめてぴったりとキャディラックのうしろからついてくる。バックミラーのなかに見えるSUVのラジエーターグリルがにんまりといやらしく笑っている。SUVがマージョリーをどかそうとハイビームをつけたので、キャディラックの中は明るく照らし出された。
「あたしゃ、こういうことされるのは気に食わないね」と言うなり、マージョリーはブレーキを思いっきり踏み込んだ。SUVは派手にクラクションを鳴らし、マージョリーの前に出た。
「よっしゃ」マージョリーは自分の車のハイビームをつけた。「あのひよっこに、てめえの薬をのませてやろうじゃないか」
マージョリーはオキーチョビー大通りに出るまで、SUVの尻にぴったりと張り付き、ずっとハイビームで照らしつづけた。彼女がようやくハイウェイをおりたとき、ヘレンはほっとした。2ブロックほど進んで、ようやくヘレンはまた喋れるようになった。--中略--
 ふたりは橋をわたり、パームビーチに入った。街はまるで蒸気でクリーニングされ、ディズニーによってデザインされたかのようだった。あまりにきちんと整いすぎていてヘレンは落ち着かなかった。』
--COMMENT--
 ヘレンの崖っぷちシリーズ…原書では"Dead-End Job Sireis"、うまいサブタイトルですね…第2作は、働きはじめた書店のきらわれものオーナーが殺され、アパートの友だちが容疑者となってしまう。アメリカの書店の変な客筋とか内幕がとっても面白いし、引用にでてくるアパートのオーナー、マージョリーとのやりとりもけっさく。
 引用にでてくる<武器輸送車サイズのSUV>は、そう、ハマーH2あたりでしょうね。前作でも登場したフェラーリにはよほど執着があるようで、人気作家がフェラーリを買う話しがでたとき主人公はわざわざ車種を尋ねテスタロッサだとバルケッタより20万ドルもお安いですよね…なんて嫌味を言わせたりする。友だちサラのレンジローバー、アパートの友だちペギー(飼っている気性の強いインコも準主役)のキア、書店の夜勤支配人のホンダなどは前作から続けての登場。逃亡生活前のヘレンは、シルバーのレクサスに乗るほど高収入だったことも本作で明かされる。(2008.12.11 #574)


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