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Walters, Minette /ミネット・ウォルターズ

女彫刻家フォード・コルティナ・ワゴンTHE SCULPTRESS (c)1993東京創元社 1995

『ハルは背後のレストランのほうに目をやり、それからいきなりドアにかけてあるジャケットに手を伸ばした。「行くよ」とロズに言う。
「だけど、ノーという言う気はないからね。その家は極楽みたいだし、おふくろの教えで二番目にまともなのは、女が何か欲しがったら絶対に邪魔だてするな、なんだ」 ハルはドアをひいて鍵をかけた。
「で、一番目にまともなのは?」 ハルはロズの肩にさりげなく腕をまわし−あんな寂しげな表情をするほど彼女は孤独なのだろうか。そう思うとハルの胸は痛んだ−路地を彼女と進んでいった。「幸福は笑いごとではない」
 ロズはしわがれた声で笑った。「どういう意味?」
「幸福の追及は真剣な考慮に値する、という意味さ。それが人生の究極の目標だ。楽しくなければ、生きていてなんの意味がある?」
「アーニング・ブラウニーは、栄えある来世に向かって苦しむのは魂によいことだと言っているけど」
「なるほど」彼は機嫌よく言った。「じゃ、ぼくの車で行こうか。きみの理論を実地にためすいい機会になる」ハルはロズを古ぼけたフォード・コルティナ・ワゴンのところへ連れていき、助手席のドアを、蝶番をキーといわせて半分がた開けた。
「なんの理論」優雅とは言いかねる身のこなしですきまへ体を押し入れながらロズは聞いた。
ハルがドアを閉めて、つぶやいた。「いまにわかるさ」
 彼らは三十分の余裕を残して現地に着いた。
ロズの頭がジャケットのなかから、亀のように、合わせた襟口をゆっくりと押し開くようにして現われ、するどい目が彼を串刺しにした。
「このぽんこつは車検を受けているの?」尖った声で言う。
「もちろん受けているさ」ハルはハンドルをピシャリと打った。「申し分ない状態だよ。窓ガラスが一、二枚欠けているだけで。しばらく乗ってたらそれにも慣れる」
「一、二枚? わたしには、フロントガラスを除いては一枚もないように見えるけど。わたしきっと肺炎に罹っているは」』

--COMMENT--
女性フリーライターのロズが、母妹殺しのを自供した女容疑者の心理に迫るサイコミステリー。 各種各様の登場人物のキャラクターが深く描写されていて、しゃれた会話が加わり、ぎりぎりの最後の一行まで読ませる、たっぷり奥行のある作品でしたね。以前から気になっていたのだけどようやく読めてよかった!(97/12)


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