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CHARLES WILLEFORD /チャールズ・ウィルフォード

炎に消えた名画シボレー・コンバーチブルThe Burnt Orange Heresy (c)1971浜野アキオ訳 扶桑社 2004

『車を路上に駐車すると、シボレー…7年もののコンバーチブル…のズック地のトップを引き上げ、板石のパティオの向こうにある化粧漆喰塗りの外階段を見つめる。
 午後1時半頃、出かける支度が整った。わたしはベレニスの先に立って階段を降り、フロリダのぎらぎら照りつける強烈な陽光のなかへと進み出る。湿度は90パーセント近くまで上昇しているが、気温はまだ30度に達していない。さらに南の方角では怪しげな雲が広がっていたが、パームビーチの空は青く澄み切っていた。湿度が100パーセントに達すると原理的には雨が降るはずなのだが、サウスフロリダの場合、必ずしもそうはならない。ではあるのだが、わたしたちは暗雲の広がるボイントンビーチ目指して車を走らせていたし、キャンバス地のトップは下ろさないことにした。模造革のシートは焼け付くように熱く、車内にいると汗がだらだら噴き出した。
 ウエストパームに入る橋を渡り終えたとたん、ベレニスは鮮やかなオレンジ色の屋根を指さして言った。「ハワードジョンソンに寄っていきましょうよ」』
--COMMENT--
 フロリダミステリ作家で見逃していたウィルフォードの最新翻訳第6作は、若手美術評論家がそれまで世の中に姿を表さなかった老画家へのインタビューという千載一隅のチャンスを得たことから事件を起こす。パルプ・マガジンとは思えない格調の高そうなモダンアート論が延々と展開され…ほとんど飛ばして読んだけど(-_-;)、悪事にはかならず綻びがどこかに仕込まれているだろうと読み進むが意外な結末に驚き。肩肘を張らないで読める楽しいミステリ。
 引用は主人公と助手役の愛人が老画家のところに向かうシーンで、コンバーチブル・トップのことが何度も出てくるので何やら伏線の一つかなとは誰でも思ってしまうほど頻出だが、まぁほどほどの使われ方。読んでのお楽しみに。他には画廊の女性経営者の白いポンティアックなど。 (2012.4.18 #731)

あぶない部長刑事プレリュードSIDESWIPE (c)1987浜野アキオ訳 扶桑社 1989

『そうかい。コリンズはここに住んでいて、おれが乗り込んだとき、ウェスト・パーム・ビーチまでしかいかないといった。やつは1984年型プレリュードに乗ってた」
「それは日本車だ。日本車に乗るやつはアメリカ人じゃないね。ホンダのフットペダルは小さすぎる。フォードにはゆったり脚をおさめる余裕がある。フォードはどんな点においてもホンダに負けていない」
「おれは車のことを文句いってるんじゃないよ、おっさん。太陽の下で3時間もたちっぱなしのあとでは、羊を積んだピックアップの後ろでも喜んで乗った。とにかく、コリンズは家へ帰るところだった。おれはまた3時間かそこらのハイウェイに立つことを考えだし、そして考えれば考えるほど、冗談じゃないって気になった。そこで、コリンズの車を拝借し、自分でマイアミまで運転していくことにしたんだ」
 スタンリーは目を見開いた。「彼の車を盗んだのか。親切にただで乗せてもらったあとで?」』
--COMMENT--
 ホウク・モウズリー・シリーズ3作目は、<燃え尽き症候群>に陥った部長刑事ホウクと、フォードの自動車工だった引退生活をする老人の孤独の二人のストーリーが同時に進む。からむ犯罪者を含めていきいきとした人物描写、洒落た会話、克明に描かれる普通のアメリカ人の生活ぶりなど当方の好みの作風。同シリーズは4作しかないが、残りをじっくり楽しめそう。
 引用は老人と犯罪者が監獄で出会ったときの会話。25年前だと日本車への風当たりが強くて、こんなやりとりが普通だったのだろう。登場車は今まで読んだ中で最多で、当時の華々しい米車が目白押し。
 白昼強盗が逃走した赤いカマロかニッサン、プエルトリコ人が新聞配達する白いトヨタ、部長刑事のポンティアック・ルマン、老人夫妻のフォード・エスコート、家政婦のクジラ色のワーゲン、部長刑事の父親のクライスラー・ニューヨーカー、ガソリンスタンドで料金を踏み倒した奴の青いエレクトラ、リヴィエラビーチ警察署長の黒いビュイック・リヴィエラ、老人がマイアミの足にする茶色のホンダ・シヴィック、非具象画家?のモリス・マイナー、ショッピングセンター襲撃のために盗むネイビーブルーのニューヨーカーとダークブルーのリンカーン・タウンカー等。 (2012.4.20 #732)

マイアミ・ブルースポンティアック・ルマンMIAMI BLUES (c)1984沢万里子訳 創元 1987

『「フェアじゃない…それが口ぐせなのか。おまえさんはもう二十歳だ」
「だから、フェアとかアンフェアとかいったことは忘れた方がいい。たとえ天気の話をするときでも、フェア…晴れなんかなんの意味もないんだ」
「でも、たとえば─」
「いや、たとえばも何もない。おったまげた、これがおまえさんの車か」
 スーザンは1982年型の白いトランザムの運転席側ドアをあけた。フードで写し絵の赤い火の鳥が翼を広げ、流れる赤い炎が四つのフェンダー全部に描かれている。
「取り上げられずにすむなら、あたしのものになるのね。あたしとマーティンがある程度お金を貯めて初めて買ったものがこの車だった。マーティンはすっかり有頂天になったわ。でも、実際に運転したのはほんの二、三度。マーティンが望んだのは、オキーチョビーに帰ったときに友達をあっといわせるような車だった。ほら、本物のレザーのシートよ。黒のなめし革。運転してみる、ジュニア?」
「やめてこう。運転できるが、あまりうまくない。カリフォルニアの免許証を三枚もっていても、本人でないことがすぐばれちまう。それに、どこで曲がるのかいちいち教えてもらわなきゃならない」 』
--COMMENT--
 ホウク・モウズリー・シリーズ第一作は、ホウクというよりマイアミにながれついた犯罪者フレディと偽装結婚する女のつかのまの家庭生活と破綻が主題になっていて、もの悲しい結末が何ともいえず味わい深い。エルモア・レナードを彷彿させる作品。
 引用は、女の車を初めて目にするシーン。フレディが空港から乗ったキューバ人運転主のタクシーが衝突しそうになるトヨタ車、殺人課部長刑事のホウクの"あちこちへんこでいる1974年型ポンティアック・ルマン"、女のアパートの住人のビュック・スカイラーク、コロンビアの麻薬組織の紫色のキャディラック、セブン・イレブンの強盗のシヴォレー・インパラ、フレディが襲うコインショップ前に駐車していたトヨタ半トントラック※バカ売れしていたハイラックスのダブルキャブか、ホウクたちが捜査の打ち上げに寄ったコンビニにあった黄色いノヴァなどなど。この頃トヨタ車は車名が浸透しておらず、ただ全部トヨタと呼ばれることが多かった。(2012.4.25 #733)

マイアミ・ポリスホンダ・シヴィックNEW HOPE FOR THE DEAD (c)1985沢万里子訳 創元 1988

『エリタは両親や近所の人たちに姿を見られたくないといい、そこでホウクはサンチェス家の一ブロック手前で車をとめ、あとは家まで歩いた。その家はホウクが思っていたよりずと大きかった。コンクリート・ブロックと化粧漆喰の3寝室の家で、白い砂利の平らな屋根にガレージつきだった。前庭の芝は刈られたばかりで、玄関ポーチの両側に青いヒエンソウの花壇があった。エリタの茶色のホンダ・シヴィックが車道にとまっていた。父親はおそらく自分の車をガレージに入れてのだろう。彼の家、彼のルールなのだ。
ホウクは白い柵の門をあけると、庭に据えられたサンタ・バーバラの聖堂をしげしげと眺めた。聖堂は魚卵石の小石とモルタルで出来ていた。実物大とはいかないサンタ・バーバラ石膏像の、足元の窪みにデイジーとシダが生けられた花瓶が置かれていた。 』
--COMMENT--
 ホウク・モウズリー・シリーズ第二作は、新しくパートナーとなったキューバ人のエリタ刑事と組んで、過去の迷宮入り事件の再捜査をするなか、別れた妻がよこした娘二人の面倒を見ることになった。ホウクがかいがいしく娘たちに接したり、問題をかかえるエリタを助けたり、転居を迫られ抱えていた事件の容疑者と示談して貸家を確保したりと、したたかな面もみせる。
 引用は家から追い出されたエリカの実家を訪ねるシーン。このようなディテールの描写がうまい。他の登場車には、変死したヤク中毒者のエスコート、さびれた下宿屋主人の1967年型ビュイック、ボーリング場事件の容疑者の1982年型プリマス、麻薬ギャングの幌をたたんだグリーンのエルドラド等。(2012.4.29 #734)

危険なやつらギャラクシーTHE SHARK-INFESTED CUSTARD (c)1993浜野アキオ訳 扶桑社 1996

『ハンクとは、サウスサイド・ドライブインの向かいのバーガークィーンで落ち合うことを決めた。ハンクは自分のギャラクシーに、残りはドンのマークWに乗っていく。
 セブン・イレブンに立ち寄って、缶ビールの6本入りパックを二つ買ったため、われわれはハンクより5分遅れでバーガークィーンに到着した。ハンクはドンから缶ビールを一つ受け取り、フロントシートの下に隠すと、車をスタートさせてハイウェイを横切っていく。7時41分だった。』
--COMMENT--
 著者が亡くなってから刊行された遺作。同じ独身者アパートに住む仲の良い4人のごく普通の青年たちが犯罪者に陥っていく怖いというか、独特でペダンティックな作品。オフビート…イカレすぎて、当方にはちょいとついていけませんでした。マイアミの雰囲気とはだいぶずれがある。
 引用は、ドライブイン・シアターでハンクが女性をひっかけられるかの賭けをして出かけるシーン。<ギャラクシー>はもちろんフォード、<マークW>はフォード・リンカーン…センテンスのリズムを大切にするせいかメイクとかディヴィジョンなしの車名だけだ。
他には、元警官のヴェガ(シヴォレー)、ヒッターのワイルドキャット(GMビュイック)、ブティックの女の銀白色のポルシェなど。(2012.5.4 #735)

部長刑事奮闘すプリマスThe Way We Die Now (c)1988沢万里子訳 扶桑社 1992

『翌朝ホウクは警察の駐車場に覆面パトカーのプリマスを停めた。車から降りるときに煙草を地面に投げ捨て、踏みつけた。3台向こうで、スレイター警部がちょうど自分のリンカーン・コンチネンタルに乗り込むところだった。彼は片手を上げ、ホウクのところにやってきた。まるで背中に銃を突きつけられているかのように背筋をぴんと伸ばしていた。
「車の中で煙草をすっていたのか、モウズリー部長刑事」
ホウクはうなずいた。
「25ドルの罰金だ」
「おいおいスレイター警部、おれは一人で車に乗っていたんだ。おれの煙はだれにも迷惑をかけちゃいない」
「新署長はそうみない。例の規則が掲示され、パトロール車両だけでなく覆面車にも適用されるんだ。きみに罰金を科さなきゃならない。ヘンダーソン指揮官がつぎの給料からその分を差し引く。部長刑事なんだから、若い連中の手本になってもらわないとな」』
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 ホウク・モウズリー部長刑事シリーズ5作目は、農場で働くハイチ人の変死事件を捜査するため農場に潜入、さんざんいたぶられたり…ご苦労さま。ホウクや同僚、家族がいきいきと描かれていて楽しい。
 引用部分は、新署長の発案になる公用車内禁煙に手こずるシーン。ホウクのおんぼろ73年型ポンティアック・ルマン、元パートナー女性刑事のホンダ・シヴィック、別件事件のガレージ開閉コントロラーが盗まれた白いメルセデス、自宅近くに引っ越してきた男の”新車のような小型のヘンリー・J”、ホテルマンの3年もののシェヴィ・ワゴン、同僚ゴンザレスの”黒光りするマーキュリー・リンクス”など。
 本書は中野や新宿の図書館にはなく、渋谷区本町図書館の保管庫所蔵になっていたほどの、20年前刊行。やはり図書館所蔵じゃないとなかなか入手できないでしょうね。途中当方の入院などで貸出期間をオーバーし、館員さんに頼み込んで再貸し出ししてようやくまとめができた。(tablet入力 2012.6.25 #743)


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