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R.D.Wingfield /R.D.ウィングフィールド

フロスト日和ヴォクソール・キャバリエA TOUCH of FROST (c)1987芹澤恵訳 東京創元社 1997

『グリックマンは、額に当てていたハンカチを慎重にたたみ、ポケットにしまった。「フロスト警部、わたしという人間を見くびってもらっちゃ困る。店に押し入られ、大切な売り物を、全部合わせせりゃ3万ポンドになろうかという極上の品物ばかりを盗まれたら、そんなに簡単に、わたしは盗んだ相手の顔を忘れたりはしない」
「ひょっとして、犯人の車のナンバーを覚えてる、なんてことはないよな?」
あまり期待を持ちすぎないよう自らを戒めながら、フロストは言った。
「冗談じゃない。覚えてるとも。くそ車の種類も、くそナンバーも、しっかり覚えている。赤のヴォクソール・キャバリエ、ナンバーはCBZ2303。あれは、コンパクトでなかなかいい車だ−うちのかみさんの弟も乗ってる」
なんという僥倖、とフロストは思った。昨夜ジャガーがナンバープレートを落っことしていってくれたかと思えば、今日は今日で、武装強盗の被害者が犯人の素顔を目撃し、おまけに逃走車のナンバーまで覚えているとは、フロストはさっそくサットン巡査に、無線で司令室を呼びだし、逃走車の特徴とナンバーを全パトロールに緊急手配するように伝えてほしいと言った。 』
--COMMENT--
イギリスのデントン市を舞台とする人間味豊かなジャック・フロスト警部シリーズ第2作。前作「クリスマスのフロスト」は"このミス95"で4位になりかなり面白いと思っていたが、今回はなんと1位になっていました。文庫で700ページと、かなり読みごたえがあります。上記は、強盗に押し入られた質屋の主人とのやりとりですが、犯人の車が赤のヴォクソールとは、随分派手目な気がします。フロストが普段使っている車はコルチナで、これも、随所に登場する。(98/02)

夜のフロストベントレーNIGHTf FROST (C)1992芹澤恵訳 東京創元社 2001

『署の駐車場には、あちらに1台こちらに1台といった具合に、わずかな台数の車両がまばらに停まっているだけだった。署長専用の駐車スペースに収まったマレットのジャガーは、ギルモア部長刑事のフォードをせせ笑うかのように、ブルーの車体をひけらかしている。だが、そのジャガーも、漆黒の車体を鈍く光らせたベントレーのまえには、いかんせん見劣りがした。
 フロストはそちらにぶらぶらと近づいていって、色つきガラスを嵌めたウィンドウ越しに車内を覗き込んだ。クリーム色の皮革張りのシート、光沢がでるまで磨きこまれた胡桃材のダッシュボード、そこにほどこされた凝った装飾。耳元で鍵をじゃらじゃらいわせる音がした。コリアー巡査だった。
「おれの新しい車が届いたんなら、そう言ってくれればよかったのに」とフロストは言った。
コリアーはにやりと笑った。「これはノールズ議員の車ですよ、警部。議員はタクシーで帰ったんで、自宅まで車を届けるようにマレット署長に言い付かったとこなんです」
「あのでぶちん野郎は、こんな豪勢な車を乗りまわせるほど稼いでいるってことか?」
フロストは、ベントレーのまわりをぐるりと一周しながら、ノールズの愛車が賞賛に値することを、負け惜しみと紙一重の表現で認めた。』
--COMMENT--
 腰帯曰く《下品なジョークを心の糧に、雨にも負けず風邪にも負けず、名物警部フロストは今夜も大奮闘》…のごとく、3作目も、絶不調か絶好調か??のフロストを楽しめた。それにしても、文庫750ページにわたってでてくる下卑たジョークにはホント、忍耐力が必要だね。
今回も、フロストの《廃車寸前のフォード・コルティナ》は捜査に大活躍するけど、最後には事故られてしまって、引用部分にでてくるように地元議員のベントレーを恨めしく眺めることになる。ほかに、お年寄り連続殺人の容疑者の《グレイのヴォクソール・アトラス・ヴァン》も登場し、さすが英国ミステリーらしいラインアップだ。(2004.1.15)

フロスト気質フォード・エスコートHard Frost (C)1995芹澤恵訳 東京創元社 2008

『戸口のところからリズ・モードが顔をのぞかせた。「仕度出来ました、警部?」
「ああ、できた」フロストは頷いた。「いつでも出られるよ」
 ふたりはフロストの車に乗り込み、出発した。道中、助手席に座ったフロストが身を固くして縮こまっている横で、リズ・モードは今回もまたモナコ・グランプリに出場中のレーシング・ドライヴァー顔負けの運転を披露した。行く手にジグザグ・コースが待ち受けていようと、かまわずひたすら突き進んだ。リズがステアリングを切るたびに、車内から見える太陽が、ちょうどタイプライターのキャリッジのように、フロントガラスのうえを右に左に忙しなく動いた。左手前方、遠くの野原に、その区域を割り振られた捜査班の連中と思われる、ひと固まりの人影が見えた気がしたが、瞬きする間にその光景は背後に流れ去っていた。少し先では道は急角度で曲がっていた。その急カーブをリズはタイヤを軋らせて曲がりこみ……曲がったとたん、フロストの身体は前方に投げ出された。リズが猛然とブレーキを踏み込んだからだった。
「ちょっと、何よ、馬鹿じゃないの」リズは罵声を張り上げた。通りは縦列に停められた車の列に占領されており、その最後尾の車に危うく激突するところだったのだ。
「ちょっと待った!」フロストはこわばった指先でぎこちなくシートベルトを外すと、車外に這い出た。』
--COMMENT--
 6年ぶりにようやく訳出されたジャック・フロスト警部シリーズ4作目は、ハロウィーンの夜に少年の遺体が発見されたのを手始めに、誘拐、幼児刺傷、母小殺害、こそ泥の他殺体…と、もう事件が続発するなか、相変わらずの下世話ジョークを連発しながらもフロストが新任女性部長刑事を伴って必死の捜査を続ける。
 上下巻あわせて900ページも長編だが、主人公を助けるデントン警察署の刑事たち、そういけすかない警察署長も含めて個性豊かな登場人物たちがばっちり描かれていて、読み進めるのが勿体無いぐらい楽しめる。ウィングフィールドは2007年に79歳で他界しており、こんな面白いシリーズも未訳はあと2点しかないのが残念。
 抜き書きにでてくるフロストの車は、3作目までのコルティナからフォード・エスコートに替わったが"泥がこびりついて、古びてガタのきかけた…"は同じ。新任女性部長刑事のじゃじゃ馬レーサーなみのドライビングが他にも登場していて、さすがフロストも後半ではリズに運転させない。また、逃走する黒いポルシェを全パトロールに緊急手配する場面でフロストは「運転者ならびに同乗者の身柄拘束が優先だが、無謀なカーチェイスは必要ない…公道はブランズ・ハッチのサーキットじゃないんだから!」なんて言う。さすがあちらはレース好きが多いなぁ。
 ほかには、検屍官の愛車ロールス・ロイス、前科者の"メタリック・ブロンズのトヨタ"、警部代行の"黒いヴォクソール"、スーパーの経営者の"パールグレイのロールス・ロイスとダークグリーンのニッサン"、会計士のオースティン・メトロ、会計士の知人の"茶色のルノー"など多数。
 蛇足ながら、本シリーズ訳者芹澤恵さんの訳出の読みやすさ、ストーリーのイメージぴったりの表現、クラシックな日本語・漢字を駆使しながら違和感がなさ(「二進も三進も」ほか…)などとても好ましく感心しました。(2008.11.2 #570)


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