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WINSLOW, DON /ドン・ウィンズロウ

仏陀の鏡への道ポルシェ911The Trail to Buddha's Mirror (c)1992東京創元社,1997

『クロウのポルシェ911−もちろん、黒塗が、日の出の直前に駐車場へすべり込んできた。川っぷちの濡れた草むらで縮みこまって震えていたニールは、急ぎ足で道路を横切って助手席へ飛び乗った。
「車を出して。それから、ヒーターをつけてほしいな」
クロウがギアをつなぎ、ヒーターのスイッチをいれて、ニールの黒装束と黒い顔にちらっと目をやる。
「きみみたいな凡俗の徒がおいらのまねをしたくなる気持ちもわかるけど、そいつはちょっとやりすぎなんじゃねえの」
「クロウ、逃亡者をかくまうことにつて、どう思う?」
「公安と揉めてんのかい、ニールちゃん?」
「警察が、多分ぼくを捜している。」
クロウが特大のにやにや笑いを顔に浮かべて、ギアをハイに切り替えた。「クロウの巣に避難してきた掟破りの逃亡者か! 60年代は終わったなんて、誰がいったんだ! おい、何してる、ニールちゃん?」
ニールは車の床にしゃがみこんでいた。「隠れているんだよ。少なくとも金門橋を渡ってしまうまではね」
「ぐっと来るぜ」』
--COMMENT--
 元ストリート・キッドのみなしご探偵ニール・ケアリー・シリーズ、第2作。『98このミス』では11位になっていたけど、ストーリーにムダが多くて、読むのにリズムがとりにくい作品。上記はニールが狙撃されかかって逃げ出して、知り合いの彫刻家のポルシェに拾ってもらうシーン。(98/01)

ボビーZの気怠く優雅な人生ハムヴィーThe Death and Life of Bobby Z (C)1997東江一紀訳、角川,1999

『カウボーイの名は、ビル・ジョンソン。牧場の作業主任だ。ブライアンは実際に、牛や馬を飼ってはいるが、牧畜が本業というわけではない。ティムがそのことを知ったのは、ジョンソンといっしょにベットフォード・トラックの助手席に乗って、でこぼこの山道を国境めざして走っているときだった。
 このドライブの始まりは、外側の囲い地の車庫だった。幌付きの大型ベットフォード四台にガソリンをいれて、出発の準備が整う。先頭を務めるのは、ハムヴィー。そのハムヴィーだけライトをつけて、羊の通り道とおぼしい道を一列縦隊で進む。国境を見おろす尾根の頂き近くに着いたのが十時ごろ。
 ジョンソンが四台のトラックを停止させ、前方のハムヴィーに合図を送る。四輪駆動のハムヴィーは、力強く尾根をのぼっていく。ジョンソンは携帯用無線機と赤外線双眼鏡を取って、それを首にかける。
「散歩に行きますか?」ティムに尋ねる。』
--COMMENT--
 五作のニール・ケアリー・シリーズを完結させ、新しい主人公ティム・カーニーが登場。新しいといっても、やっぱりどじだで気のいい非行少年あがりなので、ニールと似たキャラクターかしら。ラグーナビーチの伝説的サーファーで麻薬組織のボスに似ていたがために、替え玉にさせられてあらゆる犯罪組織から狙われてしまうが・・。そのサーファーの六歳の息子を連れてメキシコ国境の砂漠を突破していくシーンなどけっこう冒険ものの味付けもされ、ストーリー全体のスピード感、スリルあふれる展開のエンターテイメント性は高い。
 引用したところに出てくる[ハムヴィー] は「ジープに似たディーゼル式軍用車」とワケの不明な注釈がついていたので、WWWでサーチしました。HMMWVは High Mobility Multi-purpose Wheeled Vehicle のことで、米軍制式兵器車両のAM General Hummerでした。[4x4web] [Hummer Four Wheel Drives] 1996年に登場したトヨタ・メガクルーザーの元祖となるもの。他には、偽装牧場にあったトヨタ小型四輪駆動車、ティムが逃亡するとき入手する「廃車寸前のライムグリーンのダッジ」、同じく「出所のあやしい八九年式Z28改造車」(これはダットサンでしょうね)、麻薬捜査官のメルセデス510SLなども登場する。(1999/12/13)

カリフォルニアの炎マスタングCalifornia Fire and Life (C)1999東江一紀訳、角川,2001

『ジャックは南へと、マスタングを駆る。
カリフォルニア火災生命への出口を過ぎ、自分のコンドミニアムへの出口を過ぎ、ひといきにオルテガ街道まで達して、東に折れる。
 オルテガを東に走ると、道はつづら折の連続で、後部座席にラブラドル犬をのせていたら、犬は間違いなく車酔いで吐くだろう。そして、クリーヴランド国有林の一番標高の高い地点を越えると、石だらけの荒野が広がり、やがて突然、エルシノア湖岸の町に向かう急勾配の下り坂が出現する。まるで、湖へまっしぐらに落ちていくような…。
 運転ミスの許されない道路だ。このつづら折で、バナナの皮にハンドルをとられでもしようものなら、たちまち空飛ぶ栗ねずみロッキー君となり、宇宙の迷い人となる。四輪駆動のスポーツカーだろうと、いや、たとえ18輪のトレーラートラックだろうと、空を飛んでいるかぎり、車輪は役立たない。こういうカーブで、遠心力と求心力を取り違えた場合、必要となるのはむしろ翼かパラシュートだ。』
--COMMENT--
『ボビーZの・・』に続く、新しいキャラクターというか、非シリーズ。火災生命査定人ジャック・ウェイドが、不審な火災事故の原因解明に取り組む。ジャックは、父親譲りの筋金入りのサーファーだし、引用した部分のような、カリフォルニアの海岸の情景がたくさん出てくるのが楽しめる。
サーフボードを磨くシーンに、その板が“ホビーキャット”製と記されていて、以前、ホビーキャットの16フィートのカタマランヨットにのっていたので、懐かしい。(同じメーカと思うけど・・) マスタング(本の前のほうに"66年型"となっている)で、モナーク・ベイとかラグナビーチを走り回るシーンも多い。ただ、ミステリの筋運びのほうは、饒舌すぎるし、ややこしすぎますね。(2002/3/5)

ウォータースライドをのぼれラレードA Long Walk Up the Water Slide (C)1994東江一紀訳 創元 2005

『ふたりはライフルと散弾銃に弾を込め、車庫に使われている小屋までそれを運んで、スティーヴの真新しいラレードの前部座席に並べた。ニールがその車をバックで外に出し、ジープから荷物を移して、カレンがジープを小屋に入れる。
「スティーヴとペギーが帰ってくる前に戻れると思う?」と、カレン。
「そう願いたいね」
今度はニールがハンドルを握った。南へ走り出し、全長80キロの未舗装路の山道を目指す。"孤独の高み"の中でも一番孤独な道路で、リース川渓谷をまっすぐに下り、西に折れてショショーネ山脈を越え、砂漠へとまた下っていくのだ。今まで何度も、日中にここを走ったが、一台もほかの車の姿をみたことがない。まして夜に見ることはないだろう。
「どこに向かってるん?」ポリーがきいた。
「着いてのお楽しみ」ニールは答えた。』
--COMMENT--
ニール・ケアリー・シリーズ第四作(完結5作目は後日談のような内容だそう)は、人気TV番組ホストがらみのレイプ事件の被害者女性ポリーを保護することになったニールとカレン。  ポリーを追うというか、群がる輩は明かされているのに、ニールだけ分かっておらずどたばたするので、まぁイライラしてしまうし、粗っぽい筋立てはいまいち。
 ネヴァダの砂漠地帯で使われるラレードは、ジープ・グランドチェロキーのシリーズのうち、最もスポーティなV型8気筒4.7Lパワーテックエンジン車。Jeep Japan ただ"ジープ"といっている場合は、普通のチェロキーを指すらしい。
ほかに、落ちぶれた調査員が使うレンタカー"赤いサンバード"(Pontiacのコンパクト Sunbird、1994年からは Sunfire)が登場する。(2005/11/2 #381)

砂漠で溺れるわけにはいかないムスタングWhile Drowning in the Desert (C)1996東江一紀訳 創元 2006

『男はネイサンを助手席に座らせてから、後部座席に乗り込み、銃をずっとネイサンに向けたまま、ぼくに運転を命じた。
ぼくはハンドルの前に座った。「オッケー、走らせろ」
「これ、マニュアル車じゃないですか」ぼくは言った。
「んだっち」
「マニュアル車なんて運転できませんよ」
「撃たれたくねぇなら、走らせろ」
「この坊やのいうことを信じたほうがいいぞ」と、ネイサン。「うそをつけるほど賢うはない」
どうすべきか、男が考え込む。脳みそのうごめく音が聞こえてきそうな長考だった。
やがて言う。「走らせねぇなら、撃つ」
ぼくはイグニッションにさしたキーを回した。金属と金属のが激しくこすれあうような、すさまじい音がする。エンジンのきしりか、男の悲鳴か。「こりゃ、1965年型のムスタングなんだぁ! すげぇ高い車なんだぁぁ!」
「じきに、そう高くなくなると思うけど」ぼくは言った。』
--COMMENT--
 ニール・ケアリー・シリーズ第五作は、ラスベガスから往年のコメディアンの老人を連れ戻すというだけで、とくにストーリーの展開があるわけでもなく、これで完結なのかしら?と思わせるようなシンプルさっぱり。 ただ、この老コメディアンのトークはめちゃ面白いし、引用のところのようなユーモアが全ページで楽しめる。
 後段で、ニールの婚約者もマニュアルのランドローヴァーを運転させられるシーンがあり彼女のせりふも痛快。
『…自慢じゃないけど、私は人を雇うお金もない貧乏牧場で生まれ育ったから、トラクターが動かなくなるたび、父親が自力で修理して生き返らせる作業を、約三百三十回!!手伝ってきた。それも、ただレンチをもって傍に突っ立っているだけの手伝いじゃなくてね。
 マニュアル車を運転できるかですって? ネヴァダ州中部でマニュアル車の運転ができない人間は、わたしの知る限り、ニール・ケアリーただ一人。そのニールにも、私が教えてやったけど、まるっきり才能なし、教えるだけ無駄だったけど。…』 (2007.9.17 #508)

フランキー・マシーンの冬トヨタ・カムリThe Winter of Frankie Machine (C)2006東江一紀訳 角川 2010

『優等生のジル。子どものころから、利発でちゃらちゃらしたところがなかった。
「デザートは?」主菜を食べ終えて、フランクは尋ねる。
「わたしは何も欲しくない」ジルは言い、父親の腹部に視線を据える。「パパも、食べないほうがいいわね」
「これは歳のせいだ」
「食べ物のせいよ。揚げ菓子太りでしょ」
「レストランの仕事をしてるからな」
「パパがしてない仕事なんて、あるの」
「豆腐には関わっていない」フランクはウェイターを呼び、勘定をすませる。おれがいくつも事業をやっていることを、ありがたく思えよ、と胸のうちで言う。そのおかげで、おまえは大学に入れたし、医学の道に進むこともできる。
 ただし、医学部の学費については、これから算段しなくちゃならないが…
 ジルのトヨタ・カムリのところまでいっしょに歩いていく。大学入試のときに、フランクが買い与えた車だ。安全で、燃費がよく、妥当な額の保険つき。手入れがいいので、今でも新車同然だ。未来の腫瘍学者は、オイルのチェックのしかたもスパークプラグの替え方も心得ている。ジル・マシアーノをだまそうとしたメカニックには天罰が下るだろう。』
--COMMENT--
 マフィアの世界から足を洗って堅気の商売をやっているフランクが突然何者かに狙われる。執拗に迫る敵を相手に、今は62歳の主人公が自分の家族と生活を守ろうとする。サンディエゴを舞台にする主人公の暮らしぶりはとても素敵に描かれている。若干多すぎる過去のマフィアの抗争の回想を除けば淀みなく展開するストーリーはさすが。おすすめ南カルフォルニア(SoCal)クライム・ノベルだ。
 引用は、大学入学許可のおりた娘ジルと昼食をともにするシーン。フランクの仕事用のトヨタ・ピックアップとベンツ、マフィアの派手な黄色のハムヴィー…"HMMWV" High Mobility Multipurpose Wheeled Vehicleは本来軍用車を示すが民生用のハマーの愛称としても使われる、ストリップ・クラブ経営者のロールスロイスをはじめとする5台のヴィンテージ・カー、フランクとカーチェイスを繰ひろげるシルバーのレクサスと黒のエンヴォイ、逃走用に徴用する96年式セリカなど。けっこうトヨタ車の出現が多いですね。(2010.11.21 #664)

夜明けのパトロール89年型のダッジThe Dawn Patrol (C)2008中山宥訳 角川 2011

『折もあろうに、ブーンがおもてに出ると、レッカー車が"ブーン・モービルにフックをかける寸前だった。
"ブーン・モービル"とは、ブーンのライトバン、89年型のダッジ。日差しと風にさらされて、塗装がでたらめなまだら模様になり、ところどころはげている。
 さえない外見に反して、"ブーン・モービル"はサンディエゴの象徴とも言える。ブーンはこのクルマで各地へ出かけて、幾多の伝説的なサーフ・セッションを人々の記憶に刻んできた。改造車に乗った野心あふれる若者あたりは、太平洋岸のハイウェイ沿いを軽く流しながら"ブーン・モービル"が停まっていり駐車場を探し、ブーンが目をつけたその日最高のサーフ・ポイントを知ろうとしたりする。サンディエゴに住む大半の人々も、いずれ"ブーン・モービル"が寿命を終えたときには、カールスパッドのサーフィン博物館に飾られるのだろうと考えている。』
--COMMENT--
 前作の『フランキー・マシーンの冬』に続くサンディエゴが舞台となるが、ブーンが主役になる次作"The Gentlemen's Hour" (2009)も刊行されていて、サーファー探偵・ブーン・シリーズが今後続くようだ。サンディエゴ市警刑事をあっさり辞めサーフィンをしながら合間に私立探偵をやるかっこう良すぎる主人公が、仲間のサーファーの協力を得ながら失踪したストリップダンサーを捜す。サンディエゴの街やサーフィンの歴史や伝説の人物ジョージ・フリースなどの説明がやや冗長といった感じもするが、20年ぶりにくる大波のフィナーレにむけて波乗りの醍醐味が語られるサーフィン賛歌でその向きのマニアには垂涎ものだろう。
 ブーン・モービルは引用の落ちのとおり炎上してしまう。調査を依頼する弁護士補の真新しいBMW、容疑者の一人前科者の"緑色の86年型カローラ"、形成外科医のベンツ、ストリップクラブ経営者のフォード・エクスプローラなど。またサンディエゴへの日系移民が広めたイチゴ生産なんかの話題も取り込んでいた。(2011.9.10 #706)

野蛮なやつらエスカレード、トーラス、サバーバンSAVAGES (C)2010東江一紀訳 角川 2012

『先導車、現金輸送車、後続車。
 エスカレード、トーラス、サバーバン。
 エスカレードがかなり前方、50ヤードほど先を走り、サバーバンはトーラスのあとにぴったりつけている。
 ベンは道路からそう遠くない岩の間にしゃがみ込んでいる。
 手にはおもちゃの飛行機用のリモコン。
 トグル・スイッチがふたつ。
 前の晩からきて、IEDを埋めた。グーグル・アースでこの道路を検索し、格好の狭いヘアピン・カーブがあって、岩が爆風をさえぎり、かつ封じ込めるようになっている地点を選んだのだ。
 非対称闘争。
 今回は自衛のためではなく、純然たる殺戮のための闘いだ。
 輸送隊の面々はかなり気楽に構えていることだろう。平坦な砂漠からのぼってきて、何マイルも先まで対向車はなく、ほかに何も見えないのだ。
 何もなく、何も起こらない場所。
 ベンは待つ。
 手が震える。
 アドレナリンのせいか、それれとも気持ちの揺らぎか?』
--COMMENT--
 南カリフォルニア・シリーズの作品で、ラグーナ・ビーチ…ロスとサンディエゴの中間に位置、を舞台にマリファナの水耕栽培をする二人がメキシコの麻薬カルテルに人質にとられた幼馴染の女の救出に闘いを挑む――となれば普通のクライム・ミステリだが、短いセンテンスとリズムを重視した詩的な文、290章にもなるシナリオ風構成など型破りで異色な仕上がり。本書の前に読んだC.ウィルフォード『危険なやつら』だったので、奇しくもイカレて野蛮なオフ・ビート作品が続いた。
 引用は、麻薬カルテルの現金輸送車を襲撃するシーン、短文と体言止めのシナリオの感じがわかる。他に、麻薬撲滅エージェントDEA捜査官のトヨタ・カムリ、高純度マリファナを生産するベンのムスタング、カルテルのホンダCR-V、カルテルを襲撃するために盗むリンカーンやヴォルボ・ワゴン、音響技師の66年式コルヴェットなど。
 "B4N"とかスラング表記もたくさんでてきてフーンと楽しめるところも多い。"By for Now"だそう。(2012.5.6 #736)


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