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Steven Womack / スティーヴン・ウォマック

殴られてもブルースフォード・エスコートDead Folk's Blues (C)1991大谷豪見訳 早川 1995

『まず事務所の留守番電話がどうなっているかを確かめてから、一刻も早くレイチェルに会いにいきたい。ギャラティン・ロードの先で、タコベルの駐車場からでてきた車に、緑の葉巻をくわえた老人の運転する、さび付いた青のキャディラック・クーペ・ドゥヴィルが突っ込んだ。その事故現場を20分かかって通り抜けると、こんどは葬儀場からくりだしてきた車列にぶつかった。ロニーのトレーラーハウスから10ブロックほど進んだころには、汗ぐっしょりになり、フォード・エスコートのエンジンはオーバーヒートしていた。
 七番街にある3階建てパーキングビルの中を10分走り回った。月ぎめの料金を支払ったおかげで、あいている区画を探す権利のあるビルだ。3階まであがってようやく、ネコの額ほどの隙間が見つかった。その狭苦しいスペースにエスコートを割り込ませ、2台の車の間から這うようにして外へ出る。汗をかき、排ガスで目の前がふらふらしながら、コンクリートの急勾配の道をおりて表通りにたどり着いた。
 七番街とチャーチ通りの交差点までくると、東西南北どの方向も車が数珠つなぎになっていた。真夏の猛暑のなか、警笛が鳴り響き、汗が噴き出し、エンジンがもうもうと白煙を吐き出している。南部名産、火炎・渋滞地獄。』
--COMMENT--
 新聞記者をクビになってやむなく私立探偵をやっているハリーのシリーズ第一作、舞台はなんとナッシュヴィルと探偵物としては初めてのロケーションです。昔の恋人レイチェルから調査をたのまれたが、その夫の外科医が殺されてしまい容疑がかけられるがほとんどアマチュア探偵の当人が、何度も襲われながらも犯人を追及する。ユーモアいっぱいの会話、へらず口、ダウンタウンのB級グルメ、愉快な仲間たちなど、なかなか楽しませてくれる。
 新聞記者のとき乗っていた月々400ドル返済しなければならないホンダを手放し、ローン不払いで回収した85年型エスコートが引用に出てくる車。病院の外科レジデントのダットサン300Z、女性検視官の"黒のポルシェ911カレラ"、ハリーの同期生の弁護士のBMWなど、他に登場するのは高級車ばかり…(2007.5.28 #480)

火事場でブギフォード・エスコートTorch Town Boogie (C)1993大谷豪見訳 早川 1996

フォードの雑音の多いラジオから、胸をかきむしるようなカントリーソングのメロディが流れてくる。ギャランティン・ロードがダグラス街と交差するあたりの丘を上り詰めると、そのまま古ぼけた消防署のわきを通過した。そこでふと思いついて、ギャラティン・ロードとグリーンウッドの角にある24時間営業のドーナッツ屋<クリスピー・クリーム>の駐車場に車を乗り入れた。
<クリスピー・クリーム>は、ニューヨークの港湾委員会ビルにあるコーヒー店のナッシュビル版である。照明のどぎゆい小さな店で、東ナッシュビルの正真正銘の変人たちが―とりわけ夜中になると―大勢集まってくる。メニューはドーナッツとコーヒーしかなく、フォーマイカ張りのカウンター席から上を見あげると、《ほかほかドーナッツ販売中》と書かれた、赤く点滅するネオンサインのまぶしい光が、濃紺の夜の闇に情け容赦なくそそぎこんでいる。
 ハンドブレーキを引いたとたん、自分が腹ペコだったことに気がついた。そうだ、コーヒーを二杯ものめば、居眠り運転をしてナッシュビルの人口減少に協力したいという、いまの衝動を抑え込めるのではないか。…中略
 あげたてのドーナッツツとコーヒーの匂い、チョコレートの芳醇な香りが、店内の空気にみなぎっている。頭の中が真っ白くなり、いわば戦いに倦み疲れ、精も根もつきはていた。朝がすぐそこまでやってきたいま、ようやく気づいたのだが、おとといの晩から一睡もしていない。
「なんにするの、お兄さん?」女が訊いてきた。
「コーヒーとシュガーシロップ・ドーナッツ二個と、チョコレート・ドーナッツ一個」
「コーヒーの量は?」くらびれた笑顔を見せてやると、お返しに、やつれた顔がほころびかけた。
「そりゃもうたっぷりさ」』
--COMMENT--
 ナッシュビルの素人探偵ハリー・デントン・シリーズ邦訳第二弾は、元妻が婚約していた医師宅への放火・殺人事件を追う。最後は犯人に殺されかけるどたばたながら、変人の仲間に助けてもらいながら泣きと笑いでなんとかゴール―このシリーズでは警察はでてくるものの殆ど事件には関与してこないのが不思議ではあるが。
 おんぼろエスコートがよほどお好みとみえ、前作に引き続き本書でも何度となく登場する―メーターが11万マイルもまわっていて、満タンのたびにオイルが1リットルも減って、寒い朝はエンジンがなかなかかからない…などとこぼしてばかり。終盤に爆破されてしまうのでこのエスコートともお別れになり、さて次作はどんな車になるのかしら?
元妻の赤いアルファ・スパイダー…間違ってもボルボより安い車に乗って事故死しそうにもない女、火災調査員の"車内が不潔のきわみのジープ"など。(2007.6.11 #482)

破れかぶれでステージマツダ・コスモWay Past Dead (C)1995大谷豪見訳 早川 2000

『8年前に製造された愛車のフォード・エスコートだが、残念ながら二、三ヵ月前に起きた事件で炎上、ミセス・ホーキンズ宅の車庫もろとも灰と化してしまったので、このあいだロニーが回収してきた、発売後16年目になるマツダ・コスモを後釜にすえている。クレジット会社のほうで引取りを遠慮した代物だ。ロータリー・エンジン搭載のぽんこつなんて、どうしようもないじゃないかね…というわけで、私が500ドルはたいてその車をもらいうけた。
 それをロニーがきれいに手入れしてくれたお陰で、いまでは快調に走っている―クリーム色の塗装に点々とひろがる錆と、満タンのたびに一リッターもオイルを食うことに目をつぶれば。窓は電動でちゃんと開閉できるし、夏場が近づくにつれてありがたいことに、エアコンから冷たい空気がどんどん流れてくる。これなら、だれひとりマツダ・コスモなんて耳にしたためしがないとしても、まったく問題ではない。そのうちいつか、骨董価値が出てくるのではないだろうか。
 ロータリー・エンジンのチョークをひいて点火すると、シェルビー通りをめざして走り出した。』
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 素人探偵ハリー・シリーズ邦訳第三弾(これが掉尾となるようで残念)は、隣の事務所のミュージシャンが殺人犯として拘束された事件の真犯人探しを頼まれ、断りきれずに引き受ける。一方で、恋人の検視官がいる死体保管所がカルト集団に包囲されてしまうというややこしい展開…両方の現場へ派手な突入をするアクションが見もの。
 車は、引用の文のとおり、超レアなマツダ・コスモ、いろんな場所で、この車は何だ?と聞かれて主人公は自慢げに説明するシーンが何度も出てくる。ほかには、仲間のレポマン・ロニーが趣味で修理している"85年型アコード、68年型マスタング6気筒モデル"、ミュージシャンの"15年ほど前の白のシボレー"、高速でお釜をほられた"トヨタのピックアップ"、音楽事務所マネージャーの"TRUSTNO1というナンバープレートをつけた銀色の90年型ロールスロイス ※意味はトラスト・ノー・ワン…だれも信用するな"など。(2007.6.21 #483)


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