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KOONTZ, DEAN R./ディーン・クーンツ

心の昏き川フォード・エクスプローラーDark Rivers of the Heart (c)1994白石朗訳 文芸春秋 1997

『頭にひとりの女を思い描き、心に深い不安をいだきながら、スペンサー・グランドは光のぎらつく夜闇をぬって車を走らせ、あの赤い扉をさがしもとめていた。その横には、警戒を怠らぬ犬が無言でひかえている。ランドクーザーのルーフを雨粒が叩いていた。
 雷鳴も響かず、稲妻も光らず、風も吹かないまま、この気の滅入るような二月の日の夕暮れ時に、太平洋から嵐が近づいてきていた。小雨というには強いが、土砂降りほどではない雨足が、この都会のエネルギーを根こそぎ洗い流してしまっていた。いまロサンゼルスとその近郊は、鋭い直線も、せっぱつまった雰囲気も、そして意気さえも失ったメトロポリスと化している。
 サンタモニカにはいり、右手に海岸と黒々とした海をのぞむ場所で、スペンサーは赤信号でランドクルーザーをとめた。
 雑種でラブラドルレトリバーほど大きくはないロッキーは、前方の道路を真剣に見つめていた。こうして、ランドクーザー … フォード・エクスプローラーに乗せられているとき、ロッキーは横の窓から背後に流れていく景色をながめることもあるが、おおむね前方で待ちかまえているものに関心をむけていた。』
--COMMENT--
 このストーリーの出だしを引用していますが、すでに不気味な雰囲気が伝わってきます。SF的でもあり、サイコ・スリラー、ハイテク・スリラー、モダンホラーなどいろんな要素を備えたサスペンス。あまり好みのジャンルではないのですが、筋が気になって、上下1000ページを必死に読んで疲れましたね。始めランドクルーザーになっていたので、てっきりトヨタかと思ったら、エクスプローラーのことを指していて、こんな言い方にであうのは初めて。多分、日本でジープといえば当時の四輪駆動車すべて指したようなもんで、ランドクルーザーが一般名詞化したのでしょうね。(1999/6/19)

生存者ホンダ、スバルSOLE SURVIVOR, (c)1997天馬龍行訳,アカデミー出版、1998

『ジョーは男たちのしつこさを考えて、ひたすら逃げた。だが、それまでのところ、迫ってくる追ってはいなかった。おそらく出口はもうパトカーで固められているだろうと期待したが、彼が開いている門から猛スピードで出るときも警察官の姿はなかった。
ジョーはそのままヴェンチュラー・フリーウェーを走り続け、サンフェルナンド・バレーのちょっとした人混みのなかに逃げ込んだ。
信号で止まっていたとき、土曜日を待ちかねたような、クラシック・カー・クラブの行列が通り過ぎていった。ジョーは緊張で震えながらも、一台一台を懐かしそうに眺めた。時代を象徴する41年型ビュイックのロードマスター、カエデの板を側面にあしらった47年型フォードのスポーツマン・ウッディ、アールデコ調のスタイルにクロームメッキのスピードラインをいれた32年型フォードのロードスター。車の芸術としての証である。』
--COMMENT--
 シドニー・シェルダンなど"超訳"で大宣伝しているアカデミー出版の本を初めて読んでみました。読みやすさは看板どうりで、上下600ページがあっと言うまに読み終わってしまい、あっけなかった。訳出もあっというまにしたような荒っぽさ(おっと、失礼) 久しぶりのクーンツだったが、こんなSFっぽいサスペンスも書いているんですね。エンターテイメント作品としてみれば、こんなものかと思うが、なんせさらさらしているだけで印象が薄い。主人公ジョーの車はホンダで、あとでその車を捨てて中古屋で買うのがスバルでした。(1999/5/15)

サイレント・アイズシェヴィのステーションワゴン、ほかFrom the Corner of His Eye, (C)2000田中一江訳 講談社 2005

『クリスマスの前日、カリフォルニア沿岸の一帯は、朝はまぶしいような晴天だったのに、午後になると雲が厚くなりだした。とはいっても、屋根からソリでおりられるような雪にはならないだろう。
 クーラーボックスにペカンナッツのシナモン風味のカスタードパイをつめ、明るい色の紙とラメのはいったリボンでプレゼント用のラッピングをして準備万端。アグネス・ランピオンは、困っている人としてリストされている人たちだけでなく、お金に困っていない友人たちのところにもパイを配達した。大切な人の顔をみて抱きしめあい、キスを交わし、おたがい笑顔で「メリー・クリスマス」のあいさつをするたびに、すべてのプレゼントを配り終わったあとに待っている悲しい仕事を思ってアグネスは心を引きしめた。
 バーティは、母親の運転するグリーンのシェヴィのステーションワゴンに同乗したが、ケーキやパイやプレゼントの数が多すぎて、一台では積みきれなかったため、うしろからエドムが運転する黄色と白の54年型フォード・カントリー・スクワイァがついてくる。
 この車二台の行進をアグネスはクリスマス・キャラヴァンと名づけ、これがバーティには魔法と冒険という感じがして気に入った。彼は何回も座席でふりむいては膝立ちになって後ろから来る伯父のエドムに一生懸命手をふった。』
--COMMENT--
 クーンツを読み出したらもう止まれない…の通り、異次元を感じることのできる神童と彼を囲むおかしな家族、次々と殺人をくりかえす異常性格者など多彩な登場人物がどうなっていくのか?、まったく予想できないストーリーを追って、上下1200ページをあっという間に読んでしまう。凄い!!
 妻を事故にみせかけて殺す男のシェビィ・サバーバン、アグネスの夫の"グリーンでピカピカのポンティアック"、同じく異空間をのぞける刑事の"無骨で垢抜けない、1961年型スチュードベイカーのラーク・リーガル"、男がサンフランシスコで乗るシボレー・インパラのコンバーティブルと黒のダッジ・チャージャー440マグナム、特殊な才能をもつもう一人の女の子の父親になる医師の"白いビュイック"などが登場する。
 また、バーティが好んで読むSF作家ロバート・ハイラインの本(『宇宙の戦士』など)を借り出す図書館も登場する。異常性格者のジュニアの聖典としてでてくるシーザー・ゼッド博士の代表作『あなたは幸せになる権利がある』はどうもフィクションらしい。国内Webではヒットしない…。(2005.11.20 #384)

善良な男1939年式フォード・クーペTHE GOOD GUY (C)2007中原裕子訳 早川 2008

『キッチンに車がとめてあった。キッチンと、車二台分のガレージのあいだの壁が取り払われているのだ。ガレージにも同じ床板が一面に張りめぐらされ、光沢のある白いさね継ぎの天井も同様につづいていた。
「ガレージの中にキッチンがあるんですね」ティムはいった。
「その逆。キッチンの中にガレージがあるの」
「どんな違いがあるんだか」
「大きな違いよ、わたしはコーヒーをのむけど、あなたも飲む? クリームとお砂糖は?」
「ブラックでお願いします。どうして車がキッチンにあるんです?」
「食事をしながら見られるのが好きなの。素敵な車でしょう? 1939年式フォード・クーペ、これまでにつくられた車の中で最高にきれいな車」
マグにコーヒーを注ぎながら、リンダはいった。「これはクラシックカーじゃないのよ、ホットロッドよ。」<中略>
リンダはフォードのところへ移動した。「これが私の生きがい」
「車が生きがいですか?」
「これはホープマシンなの。みんながもっと簡単に希望を見つけられた時代に連れ戻してくれるタイムマシン。
床に置いた油受けに、クロム磨きの瓶とボロ布がのっていた。バンパーもグリルも、ドアの取っ手も水銀のようにぴかぴかだった。』
--COMMENT--
 クーンツの好きなコンセプションである<平凡な男が事件に巻き込まれ桁外れの力を発揮する…>という路線の作品で、レンガ職人のティムが殺し屋と間違えられターゲットとなった女性リンダを異常性格の殺し屋から守ろうとする。アメリカ社会と、個人の生き方などについて警句を含めたしゃれた会話が随所にでてきて楽しかったものの、物語の発端なり、なぜターゲットとなったかの理由、最後で明かされるティムの壮絶な過去などいまひとつ不自然だったり唐突ではある。
 抜き書きは、その女性の家を訪ねたときのシーン、これほど拘っているのに車体色が書き込まれていないので視覚的なイメージがわきにくい。ほかに、主人公のフォード・エクスプローラー、殺し屋の目立たない白いシボレー(後で濃紺のシボレーに替える)、ティムの仲間ピートのマーキュリー・マウンテニア、殺し屋が侵入する若いカップルの家のレクサス、ターゲットの女性の知人のホンダ・アコードなど。(2008.8.18 #561)

一年でいちばん暗い夕暮れにThe Darkest Evening of the Year (C)2007松本依子訳 早川 2010

『フォード・エクスペディションのハンドルを握って、エイミー・レッドウィングはさながら不死であり、どんなにスピードをだしても平気であるかのように運転していた。
 気まぐれにそよ風が吹く夜半過ぎの通りを、金色のプラタナスの葉が舞っている。そこを突っ切っていくと、さわやかな秋がフロントグラスを引っ掻いた。
 過去は鎖、日々は輪で、どこか暗いところにある過去のリングボルトのどれかに結びついており、あすは昨日の奴隷だという人がいる。
 エイミーは自分の素性を知らなかった。二歳のときに捨てられ、両親の記憶はない。教会に置き去りにされ、名前がブラウスにピンでとめられていた。信者席で眠っているところを修道女が見つけた。』
--COMMENT--
 ドッグ・レスキューに情熱を注ぐ主人公エイミーが、恋人の建築家ブライアンとともに一頭のゴールデン・レトリーバーを助けるところから物語が始まり、過去の同伴者から付狙われることになる。帯いわく<宿命的な対決に黄金の犬がもたらす奇跡とは? 巨匠クーンツが犬への深い思いを込めて贈るサスペンスフル・ドッグ・ストーリー!>だそうだがホラーものはどうも苦手である。
 引用は本書のプロローグの部分で、レトリーバーを救出に向かうシーン。ほかに、因縁の邪悪者のレクサスSUVとメルセデス・クーペ、エイミーの協力者の1967年型マスタング、調査員の"みすぼらしいシボレー"などが登場する。(2010.7.4 #639)


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