区立図書館を考える走り書き通信4号
                                      2004/2/1
                                      鈴木由美子
 久しぶりに通信をお届けします。
 中野区は、他区が驚くほど急速に、広範囲な民間委託を推進しています。区立図書館も1月中には委託先事業者が内定するはずです。

〔陳情書提出へ〕

 私は、公共図書館業務の営利企業への委託がもたらす数々のマイナス面が、いやというほど耳に入る場所にいます。また役所主導で作られる「NPOまがい団体」が奉仕者集団として位置づけられ、タダか最低貸金以下の報酬で、労働者としての諸権利なしで働かされる状況に批判を持っています。
 ただし現在の区政は、98年に野党側に移った一党と少数の無所属区議を除き、大多数が区長の与党という意識でいる翼賛体制。正面から委託反対の陳情など出せば、すぐに不採択という結論が出され、むしろ、安易な委託を促進することになります。
 2003年10月6日付で出した陳情書には「正規・非常勤・アルバイトを含め図書館の仕事に習熟した職員を区立各図書館に数多く配置してほしい」「図書館業務の民間委託を実施した自治体で判明している委託のマイナス面を中野区に持ちこまないように」「減少した資料購入予算の回復を」「地域館配置の維持を」の4項を書きました。陳情者は、私と、 「中野の図書館を考える会」でずっと一緒の下山田しづ子さん(元東京工業大助手)との二人です。
 狙いは、陳情が不採択にされず長期間審査され、質疑の膨大なやりとりの中で委託の問題点が浮かび上がり、理事者側が姿勢を正していくこと。陳情は、いまも継続中です。

〔文教委員会の陳情審査から〕

 文教委員会に所属する区議さんたちが口々に指摘されたのは、2004年4月に図書館委託開始という日程だけが先に決められ、区の理事者側は図書館運営の内実については準備不足、サービスの向上をうたいながら、実現させる手だてについてはほとんど説得力がないということでした。
 理事者側が強調したのは、委託の先行区では、委託当初、人の入れ替わりなど不安定な時期もあったが今は現場が落ちついているという点。これをK区の現場職員に聞いたら、「ウッソー! 今でもひどいトラブル続きですよ」という反応でしたが、管理職同士の調査では、区政の方針を讃える答えしか得られないのでしょう。
 委託の経済的側面での説明では、区側は、議員の質問をごまかしはぐらかすことに終始しました。非常勤職員の雇用継続よりも民間委託料のほうが高くつく点を質問されているのに、正規職員の配置を減らすことによって各館で減る費用のほうを、わざと答える。
 一時間1800円台1900円台の委託料のうち800円〜900円台しか働き手に渡らない、間接経費の高さを指摘されると、人を雇うには社保などの費用がかかるという答弁。委託先の雇うパートタイマーの大部分は、社保の要る年収130万になど達しないのだから、これも誠実な答えとはいいがたい。
 また、非常勤職員訴訟の和解内容との関連で、非常勤職員制度の継続が難しいという点も語られました。理事者側が遵法を前面に出して雇いどめを打ち出している今は、別な制度を作らないと非正規職員の直接雇用は難しいと改めて思いました。
 ただ議員から問われて、理事者側から、図書館の非常勤職員の功績は大きいという発言がくりかえし出た点はよかったと思います。
 また「NPOだから安く使おうとは思ってはいない」「委託の相手方として一般企業と同じ条件でやっていくことになるだろう」という発言が理事者の側から出ていいます。他の役所がつくるNPOまがい組織で、労働法のワク外の、タダ働きや一時間500円程度のワンコイン待遇が広がっているわけですが、中野区立図書館としては、人のそういう使い方はしないと解釈できる答弁でした。
 同じ中野区でも、区民センター部の管轄領域では、人件費ゼロでNPOに仕事させている現実があります。NPOとは、タダ働きしたがる面々による勤労奉仕団だという「役所の常識、社会の非常識」が中野区にも侵入していたのですね。
 図書館という分野で、働き手が自活できる報酬を縛られるNPO委託が実現するのか、それが長く続くのかどうか、目は離せません。
 しかし「経営権の侵害はできない」という理由で、雇用条件などがお粗末な委託先に区からは細かい指示ができない問題も、浮かび上がりました。
 区側は、図書館の仕事の能力のある人で良く勤める人を雇用する事業者に委託すると語り、行き届いた仕様書で仕事の質を確保すると言う。その一方で、待遇や賃金には区は口を出せないのだと強調する。
 コンビニ以下の賃金で、適性の乏しい人が短期間でコロコロ変わる危険性には、何の歯止めもかかっていない。なおかつ中野は、他区に多い窓口委託ではなく、図書館業務全般にわたる委託なので、安易な委託のマイナス面に区民がさらされることは不可避であろうと思います。残念ですが、これが現実です。
 この文教委員会には、中野区立図書館の非常勤職員さんやアルバイト職員さん、区外からは板橋区高島平で図書館つくり運動をしていた男性や、都立図書館を定年退職したばかりの女性などが傍聴にきてくださいました。
 図書館業務委託をめぐる区議会での論議については「平成15年10月16日と17日、12月2日の文教委員会議事録」をお読みください。区議会ホームページに掲載されています。

〔区議さんから私への抗議について〕

 昨年10月に私が出した通信に、一部の区議が、非常勤職員によるNPOに委託されると励ましていると書いた件で、小林是綱さんを呼ぶ会合を発案した区議さんから抗議を受けました。
「私は、特定のNPOに図書館業務が委託されるという予断を与えるような言動を一切取ったことがない。逆に、NPOを作っている人たちには、自分たちに委託が来るなんて思ってはいけない、そんな甘いものじゃないよ、と警告するような発言ばかりしてきた。また私は水面下の動きなどというものには一切かかわっていない」という内容でしたので、その言葉をお伝えします。
 率直なお電話をいただいたことをありがたく思いますが、これだけを記すと、区議さんの言葉に違和感を覚える方がいらっしゃるかもしれません。
 これもNPO論議と同じく、基礎知識を整理する必要があります。
 区立図書館を支えてくれた非常勤の方々が職場を失わないように、という思いは、立場の違う人々に共通のものでした。
 しかし、民間委託先の候補である事業者の一つとしてNPOが名乗りをあげる段階になれば、営利企業も含めた各事業者を全部横並びにして、区の担当者が公平に選定せねばなりません。特定の事業者を優遇することはできないのです。
 区政において公的な立場を持つ人が、特定の事業者への委託を保証するような発言をすれば、それは不正な行為になります。意図は善意であれ、鈴木宗男氏がムネオハウス建設を地元選挙区の業者へ誘導したのと同じく、不正なのです。区長や部課長、区議、そして区職労も、そういう関与はできないはずです。
 ちなみに、もみじ山の中央図書館には、プロボーザル方式によって約10社が設計案を出し、選定をまかされた委員会の委員−杉並区立中央図書館長だった佐藤政孝さんたち−が岡田新一設計事務所の案を選びました。委員会で佐藤氏が主張したことは、中野区の部課長はここに至るまでに充分発言しているのだから、専門の委員全員が一つの選定案で合意するまでは黙っていてほしいという点でした)
 事業者の選定は平等公正に実施されるという原則が理解されておらず、非常勤職員によるNPO形成すなわち「雇用の継続にかわる手段」とみる人々が、区正規職員の中にもいました。昨年9月、是綱さんの会の2回目を運営した区職労役員は、最初に「もはや雇い止めが不可避なので代替手段としてNPOを」という意味の発言をしていました。10月の中野まつりにおいて、二つのNPOが内容を発表しただけで、これであの人たちの職場が確保できて安心だ、という勘違いをする区職員もおられました。
 もともと、一年前に図書館の非常勤職員に対し「あなたたちでNPO作って委託受ければ」と言った田中区長の言葉が軽率だったのです。区長がそう言えば、聞く側は、委託先として内定されたという印象を抱いて当然です。「NPO作って、受託を希望する他の事業者と競いあう道もありますよ」と言うべきだったでしょう。
 そこに端を発してか、区長を支持する勢力から「危ない橋を渡る」言動がいろいろ出てきた。そしてまた、この議論に参加する人々の多くが「雇用を継続するための労働運動と、NPO委託を混同、直結してはいけない」「NPOを形成しても自動的に受託できるものではない」という常識を持ち合わせていなかった。
 その混沌の中で、普通名詞としてのNPO委託を推進する発言が、固有名詞を持つNPOへの委託を保証したと聞き取られた。単なる思いやりからの激励が、公的な立場にある人からの内々の約束として受けとめられた場面もあったことでしょう。そしてそれは、栄養士など別の職種の非常勤切り捨てをめぐって、繰り返されているのかもしれません。
 区で働く人々と、区で暮らす人々が、民間委託についての知識を持ったうえで、建設的な議論ができるように。
 今回のコミュニケーションギャップを、そこへ役立てていくことを願います。
 ついでに私個人の思いも少し。私は、図書館現場を離れた知人の転職先を、日本図書館協会の幹部に頼んだことがあります。「あと数ヵ月早ければ、その人を推薦して、正規採用で送りこめたのに!」と叫ばれた言葉が耳から離れません。一般に転職希望者は、求職活動を1ヵ月でも早く始め、年齢と同じ回数だけ応募して一ヶ所で採用が決まれば幸運というのが現実です。求人数は少ない時代ですが、首都圏には公共だけでなく大学・学校・専門図書館も多数あるため、司書たちが好条件で中途採用される姿をみてきました。
 雇い止めになる中野の非常勤職員の中には、こういう機会の持てそうな人々もいます。 NPO形成に誘導したりして、時間だけ奪って委託されずに終わったら、その人の人生にどれほどダメージを与えることか。他の町で図書館NPO結成が検討され、中野に名乗りをあげてくる可能性があった時期には、とくに強い不安を抱いていました。
 在野の一市民である私には、相変わらず「水面下の動さ」はわからず、雇い止めになる方々に、図書館人としての未来が開けるようにと祈るだけです。
 この通信発行を、委託先が内定する一月が過ぎるまで遅らせたのも「区議会への陳情以外の発信を避けたほうがいい、区議や区職労関係者の言動に触れた内容を書けば何がわざわいして悪い結果を招くかわからない」という気持ちからでした。

〔原点に帰って〕

 時代は急激に進みます。2003年の地方自治法改正で導入された指定管理者制度(公務の大部分を民間企業に委託できる規制緩和)は、一部のエリート以外の公務員は不要になる未来を予測させるものでした。中野区が保育園委託でいち早くこの制度を利用したために、指定管理者制度といえば「ああ、保育園で何かモメてるアレね」という感覚でいる人が多いのですが、行政の広い領域に及ぶ問題です。
 中野区役所の中でも聡明な人々は、もはや公務員の立場は安定したものではなくなったと察知していました。正規の公務員の間で、定年へ逃げきれそうな世代と職業生活前半にいる世代、またエリートと非エリートの利害が、激しく対立することになるでしょう。
 市場原理になじみにくい教育・文化行政、ハンディキャップのある人とともに生きるための行政にも「民間活力」と称するものが入ってくる。私は長く民間で仕事をしてきた者として、民間事業者の優れた面はわかるのですが、現在の委託は、民間の有害な面を導入する傾向がある。「経営権の侵害」という言葉に逃げないで委託先に雇用された人の待遇や仕事内容に自治体から(つまりタックスペイヤーである住民から)条件を出す方策が要ります。国全体としては「一家の大黒柱所得と自活不能な家計補助所得」の二本立てから「自活でき共働きすれば家庭が築ける」所得の一本立てへと、労働を再篇成する方策などを考えていかねばなりません。
 民主主義社会を発展させるためには、市民誰もが図書館サービスを利用できる条件がいる。そこには市民に役立つ働き手がいる。その原点を忘れずまた議論を続けましょう。


※ この文書は、著者の許諾を得て当連絡会が掲載しています。印刷資料からOCR読込をしているため、変換ミスが残っている場合があります。お気づきの際は、「中野の図書館を守る連絡会」へご連絡ください。
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